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「『愛していない』と言えなくなった日から、私たちの仮面夫婦は終わりを告げた」  作者: 九十九 文


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第4話「三年間、あなたも嘘をついていたんですか」

第4話「三年間、あなたも嘘をついていたんですか」


────────────────────────


 翌朝、二人で馬車に乗った。


 魔女のいる場所は城下を抜けた先の森の中で、片道半日かかると言った。狭い馬車の中に二人きり。いつもより距離が近い。マリアは窓の外を見続けた。視線を向けると、また口が動く。


 しばらく、どちらも話さなかった。


 先に口を開いたのは、レオンハルトだった。


 「昨夜のフェリクスの言葉が、気になっているか」


 「気になっています」とマリアは窓を見たまま答えた。「ただ確かめるのが、怖い」


 レオンハルトは少し間を置いた。「聞くか」


 「……聞いても、いいですか」


 「俺から話す」と彼は言った。


 マリアは窓から視線を外した。向かいに座るレオンハルトは、膝の上で手を組んで、どこか覚悟を決めたような顔をしていた。三年間で見たことのない表情だった。


────────────────────────


 「フェリクスとは幼馴染だ」と彼は言った。「結婚が決まったとき、あいつは言った。没落家の娘が侯爵に嫁ぐのは家格のためで、お前に心はない、と」


 マリアは黙って聞いた。


 「最初は信じなかった。しかしお前は食卓で笑いながら、俺には一度も自分の話をしなかった。俺が何を言っても、丁寧に答えるだけだった。踏み込んでこなかった。だからフェリクスの言った通りかもしれないと、思い始めた」


 「それで、距離を置くようになったんですか」


 「お前が望まないなら、踏み込まない方がいいと思った」


 マリアは少しの間、自分の手を見た。


 「私が話さなかったのは」と、言葉を選びながら言った。「邪魔をしたくなかったからです。政略結婚で迎えられた妻が、夫の生活に入り込むのは違うと思っていた。あなたに心を開いてもらえないのは、愛されていないからだと——そう思っていたから、こちらからも踏み込めなかった」


 馬車が揺れた。


 レオンハルトは目を閉じた。長い沈黙だった。


 「……三年間」と彼は言った。「同じだったのか」


 「同じでした」


 「お前が俺を」


 「愛していました。ずっと」


 呪いかどうかも、もうわからなかった。言わなければならない気がして、言った。


 レオンハルトが目を開けた。その目に何かが滲んでいた。マリアは見たことがなかった、彼のそういう顔を。


 「俺も、だ」と彼は言った。「三年間、お前だけだった。お前が食卓で俺の話を聞く顔が、好きだった。お前が笑うと、こちらを向いていない笑顔でも、見ていたかった。——ただ、お前の邪魔はしたくなかった」


 言葉が、重なった。


 三年間、同じことを思いながら、互いに遠ざかり続けていた。同じ距離を、反対側からそれぞれ、正しいと思って守り続けていた。


 おかしかった。おかしいのに、泣けた。


 マリアは俯いた。涙が出た。声は出なかった。ただ、三年分が、静かにこぼれた。


 レオンハルトが手を伸ばして、マリアの手を取った。不器用な手つきだった。しかし放さなかった。


────────────────────────


 森の手前で馬車を止めて、少し歩いたところに小屋があった。


 扉を叩くと、市場で会った老婆が出てきた。


 イゾルデ、と名乗った。マリアの顔を見て、「来ると思っていたよ」と言って、中に通した。


 「呪いを解きに来ました」とマリアは言った。


 「解けるよ」とイゾルデは答えた。「ただ、一つだけ聞かせておくれ」


 老婆は二人を交互に見た。


 「あの呪いはね、嘘をつこうとする人間にしかかからない。私の瓶をぶつかって壊したのは事故だ。でもあの液体が手についたのは——お前さんが、自分に嘘をつき続けていたからだよ」


 マリアは息を飲んだ。


 「三年間、愛していないふりをしていたわけじゃない。愛していることを、正しくないと思って、なかったことにしようとしていた。——その嘘が、呪いを引き寄せた」


 部屋が静かだった。


 「恨んでいるかい」と老婆が聞いた。


 マリアはしばらく考えた。「恨んでいません」と言おうとして、それが本当に本当だったので、そのまま言えた。「むしろ、感謝しています」


 イゾルデは笑った。皺の深い、穏やかな笑顔だった。


 「そうかい。ならもう、解く必要はないかもしれないね」


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 帰り道の馬車の中、レオンハルトが「フェリクスのことは、俺が片をつける」と言った。


 「三年間、あいつが何をしてきたか、全部記録してある。王宮に提出する」


 「そこまでしなくても」とマリアは言いかけた。


 「する」とレオンハルトは静かに言った。「お前が三年間、不必要に遠くにいた理由の一つはあいつだ。それは、片をつける」


 マリアは窓の外を見た。夕暮れの森が、橙色に染まっていた。


 「ありがとうございます」と言った。今度は、それだけで止まった。


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(第5話へつづく)

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