19話 白の間に乗り込む一歩、イグニスの救援
龍帝国が、一年でもっとも輝く日である建国記念祭。
その喧騒から隔絶された神龍城の窓辺で、私とジークは寄り添いながら、眼下に広がる煌めきの海を眺めていた。
「……すごい。アストルシアの建国祭も壮麗だったけれど、ここは……比べ物にならないわ」
私は窓枠に細い指をかけ、感嘆とも畏怖ともつかない溜め息を漏らした。
視界を埋め尽くすのは、帝都のすべてを飲み込まんとする熱狂の渦。
数万の民衆が打ち鳴らす楽器の音は、地響きとなって城の石壁を震わせている。
「本当は、エルと一緒にあの人混みに混じって、この祭りを楽しみたかったんだけどな……」
「私は、この景色を見られただけで十分。……でも、全てを早く終わらせられたら、後で一緒に回れるといいわね。……二人で、ゆっくりと」
私が振り返り、ジークの胸元にそっと手を添える。
その指先から伝わる温もりと、揺るぎない信頼の眼差し。
それが、これから死地へと向かう心に、どんな言葉よりも活力を与えてくれた。
「ああ、約束だ。……あいつらの馬鹿げた計画をぶち壊して、兄上に説教をした後、最高の景色を見せてやる」
ジークはそう言って、私の額に誓いのキスを落とした。
直後、城の正面広場から、地を揺らすような笛の合奏が鳴り響いた。
「……父上の演説が始まったな。民衆の意識があそこに集中している今が、あいつらにとっての好機だろう」
「ええ。……行きましょう、ジーク」
城内は、祝祭の爆音に包まれながらも、奇妙な空洞化を起こしていた。
警備の騎士たちの多くは広場の演説会場へと回され、オーウェン殿下がいる『白の間』へと続く回廊は静寂に支配されていた。
ジークが先導し、私が魔杖を構えて背後を固める。
一歩ごと神域へ近づくにつれ、大気に混じる魔力の質が変わっていった。
「……ジーク。前方、曲がり角の先。不自然な魔力の気配があるわ」
「ああ。ネズミどもが、扉の前で穴を掘ってやがる」
回廊の突き当たりにある、神々しいまでの白光を放つ巨大な扉。
その前には、漆黒のローブを纏い、呪術的な魔力を練り上げる男たちが十数人、音もなく陣取っていた。
「手間取ってる暇はないんだけどな……」
ジークが抜剣して一歩踏み出そうとした、その瞬間だった。
――ドォォン――ッ!
回廊の窓が外側から粉砕され、爆炎とともに紅蓮の影が滑り込んできた。
「――ひどいな、ル……ジーク兄さん! 俺を放って、こんな面白いことしてるなんて!」
爆煙の中から現れたのは、燃えるような赤髪を逆立てた赤龍の皇子、イグニス殿下だった。
彼の周囲だけは、一気に真夏へと変えるほどの暴力的な熱気が立ち込めている。
「っ、イグニス!? お前なんでこここに……父上の差し金か? こっちに巻き込みたくなかったんだがな」
「父上は好きにしろってさ。だから俺の独断だよ! オーウェン兄さんがピンチなんだろう? 兄さんは昔から、ひとりで格好つけすぎて危なっかしいんだよな」
イグニスは大剣を軽々と肩に担ぎ直し、凍りついている暗殺者の集団へと視線を向けた。
その瞳に、赤くも冷え切った破壊的な闘志が宿る。
「兄さん達は中へ急いでよ。兄さんの剣と、お義姉さんの魔法が必要なはずだ! ここは俺に任せて!」
「わかった……頼んだぞ、イグニス。炎を撒き散らしすぎて、城を燃やすなよ」
「それは保証できないかな! ……お義姉さんも、兄さん達をよろしくね!」
「ええ……ありがとうございます、イグニス殿下。ご武運を!」
私達は、イグニス殿下が作った隙を突き、白光の扉へと飛び込んだ。
背後からは、イグニスの叫びと、空気を焼く激しい爆音が響き渡る。
外界の祝祭、暗殺者を包む業火、そして、扉の向こうに待ち受ける神域。
三つの境界を越え、私とジークはついに、オーウェン殿下が孤独に祈りを捧げる場所へと足を踏み入れた。





