20話 神域の死闘(□※戦闘シーン)
神々しい白光に満ちた、白の間。
その扉を蹴破り、ジークと私は滑り込んだ。
そこは、ただ一点の曇りもない白銀の空間が広がり、中央の祭壇前では、青い正装に身を包んだオーウェン殿下が佇んでいた。
彼は祈祷を止めることなく、けれどはっきりと目を見開き、私達に視線を向けた。
「ジーク、それにエルレイン公爵令嬢。……来るなと言ったはずだ」
オーウェン殿下の声は、平時と変わらず冷静だった。
だが、祭壇にいる彼の姿は、青龍との絆が断たれている影響か、どこか頼りなげに見える。
「兄上、説教は後だ! 今はあいつらを片付けるのが先決だろう!」
ジークが叫ぶのと同時に、部屋の四隅、白壁に擬態していた隠密の術が解けた。
漆黒の装束に身を包んだ刺客たちが、吸い込まれるような速度でオーウェン殿下へと肉薄する。
「エル、兄上の側へ! 障壁を張って、何があってもそこを動くな!」
「わかったわ! ……オーウェン様、失礼します!」
私はジークの指示に従い、祭壇へと駆け寄った。
「エルレイン公爵令嬢、危険だ!」
オーウェン殿下は制止の声を張り上げたが、私はその声を無視して魔杖を構える。
「言ったはずです殿下! 絶対にお守りすると……!」
私が編み上げた多重魔法障壁が、オーウェン殿下と私自身を包み込むように展開された。
これならば、ある程度の攻撃を弾き、敵の足止めができるはずだ。
「っく、貴様ら何者だ!」
三人の刺客が同時にジークへと襲いかかる。
ジークの動きは少しも淀まなかった。
彼は腰の剣を抜き放つと、最短の軌道で敵の刃を弾き飛ばし、その勢いのまま一人を斬り伏せる。
「……俺は剣で飯を食ってきたんだよ。お前らみたいな、雑魚が何匹来ようと同じだ!」
ジークの黄金の双眸が、戦場を支配する剣聖へと変貌する。
次々と現れる刺客。
だが、ジークは彼らの連携を、まるで紙一重で、踊るかのようにかわしていく。
一閃、二閃。
ジークは汚れをぬぐうことをせず、次の獲物へと跳躍する。
「ルーク……!」
「殿下、動かないで! ジークの邪魔をしないことが、今の私たちができる最善です!」
障壁に激突するナイフや魔弾を、私は冷静に弾き返し続ける。
オーウェン殿下は、自分の目の前で繰り広げられる、弟の戦いぶりに絶句しているようだった。
「……あのような剣、私は見たことがない。帝国に伝わる剣術とは、根本から異なる……」
「当然です! 彼は、自分の足で大陸を歩いて、自分の力でその地位を掴み取ったんですから!」
私は誇らしげに言い放ち、さらに魔法障壁の出力を上げた。
刺客たちの数は、予想を遥かに超えていた。
イグニスが入り口で食い止めているはずだが、この場所には隠し通路や転送魔法の座標があらかじめ仕込まれていたらしい。
「……くそっ、キリがないな。兄上、そっちの祈祷はあとどれくらいかかるんだ!?」
「あともう少しだ。この祈祷を中断すれば、建国記念祭の儀式は失敗に終わり、龍帝国の地脈は一時的に乱れる。奴らの狙いはそこにもあるのだろう」
「ったく、どこまでも真面目なんだから。いいよ、だったらその時間、俺が守りきってやる!」
ジークが頬をぬぐいながら、自信をこめて不敵に笑う。
その時、一人の刺客が私の障壁の隙を突き、毒の塗られた細剣を突き出した。
「させるか!!」
ジークは自身を顧みず、剣を投擲してその刺客を倒す。
素手となったジークに、別の刺客が次々襲いかかる。
「ジーク、危ない!」
私が障壁を一部解除し、咄嗟に氷魔法を放った。
敵の足元が氷漬けにされ、その隙にジークは落ちていた剣を奪い取り、再び戦闘態勢に戻る。
「……ありがとう、エル!」
「お礼は後で! 集中して!」
戦場での呼吸の合わせ方は、私達の間では不要だった。
アストルシアで何度も剣を交えたからこそ、言葉がなくても互いの動きが読める。
「……二人とも、私を心配をさせるのが得意だな……」
オーウェン殿下が、微かに、本当に微かに笑みを漏らした。
彼は再び目を閉じ、祈祷の最終段階へと入る。
ジークの剣撃が、最後の一群を薙ぎ払った時。
今までの剣戟が嘘のように、静寂が戻ってきた。
ジークは肩で息をしながら、奪った剣を床に突き立て、私とオーウェン殿下の方を振り返った。
「これで最後か……?」
「ジーク! 怪我はない!?」
私は障壁を解き、彼のもとへ駆け寄ろうとした。
オーウェン殿下の祈祷も、今まさに終わろうとしている。
だが。
部屋の天井、装飾の影に潜んでいた刺客が、一本の不気味な造形の弓を構えていたのを、私だけが視界に捉える。
番えられているのは、物理的な矢ではない。
凝縮された怨念、魂を腐らせる呪詛そのものが形を成した、黒き矢だ。
「殿下!」
殺意の込められた攻撃に気づいた私が叫ぶ。
ジークは、距離がありすぎて間に合わない。
「…………っ!」
その瞬間、私の体が、思考よりも先に動いていた。





