15話 イグニスが語る、暗殺計画の発端
帝都を一望できるその場所は、夜風が強く、人の気配を感じさせない。
「……いた。あそこだ」
ジークが視線を向けた城壁の先に、一人の青年が腰掛けていた。
赤髪を夜風に躍らせ、巨大な大剣を磨いている。
第三皇子、イグニス殿下。
彼の周囲だけは、冷たい夜風の中でも陽炎が立つほどの熱気に包まれていた。
「ん? ル……ジーク兄さん。こんな夜更けに、夜のお散歩?」
イグニスがニカッと、無邪気な笑みを浮かべて振り返る。
「イグニス。……ちょっと、聞きたいことがある」
「改まってどうしたんだよ、兄さん。怖い顔しちゃって」
ジークは私を隣に立たせたまま、イグニスの隣まで歩み寄った。
「最近の城内の空気、どうだ? ……不穏な動きを感じないか」
「不穏な動き? はは、兄さんがそれを聞くの! ジーク兄さんが帰ってきたこと自体が、今この城で一番の混乱だよ」
「そういうことじゃない。……例えば、父上や兄上のやり方に反発してる奴らが、何か企んでる気配はないか?」
ジークの問いに、イグニスは大剣を磨く手を止めた。
ふっと笑みを消し、本質を見定めるような瞳をジークに向ける。
「……なんだ。兄さんも気づいてたのか。さすがだね、十年離れてても鼻は効くんだ」
「イグニス殿下……不穏な動きというのは、具体的にどのようなことなのですか?」
「うーん実はさ。ここ数年かけて、不正を働いてた旧い貴族連中の利権を、片っ端から取り上げたんだよね。オーウェン兄さん達を中心に、容赦なく表舞台から引きずり下ろしたって感じ」
「排除、したということですか?」
「まあそういうことかな? おかげで城の中はピリピリな感じ。あいつら、震えて従ったふりをしているけど、裏で俺にすり寄ってたり、なんか感じ悪いんだよねえ」
ジークが、自分のいない間に起きていた出来事に眉を寄せる。
「そんなことすれば、内部で反発が起きるのは必至だろう。兄上達は、敵が増えるのを分かってやったのか?」
「うーん、そこは分かんない。けど、オーウェン兄さんは『誰かが泥を被らねば、龍帝国の夜明けは来ない』なんて格好いいこと言ってた」
イグニスは大きく伸びをして、夜空を見上げた。
「……で、兄さん。そんなことをわざわざ俺に聞きに来たってことは、何かあったの?」
「確証はない。……だが、建国祭で、何かが……暗殺騒動が起きるかもしれない」
「建国祭かぁ。確かに、あいつらが動くならあの日だろうね。……あ、そういえば兄さん、今年の『白の間』の祈祷、誰がやるか知ってる?」
イグニス殿下の言葉に、ジークの肩がぴくりと揺れ動く。
「……まさか」
「今年はオーウェン兄さんの番だよ。まあ、今姉さん地方に行っていないし、俺はああいう長いの苦手だから……」
「……待って。その白の間というのは、何なのですか?」
聞き慣れない言葉に、私は困惑して二人を見つめる。
「……神龍城の最奥にある、特別な祭壇だ。建国記念祭の当日、皇族の一人がそこで神龍への祈りを捧げることになっているんだが……あそこは、特殊な結界が張られている」
「特殊な、結界?」
「龍の契約者であっても、あの中にいる間は、契約龍との絆が一時的に遮断される。つまり、ただの人間として、祈りを捧げなければならない場所だ。……そういうことか」
「あそこにいる間のオーウェン兄さんは、無敵じゃないからね。無防備な人間が、一人きりで閉じこもる神域。……暗殺するにはもってこいだよ」
風が城壁の上を吹き抜け、回廊の静寂をかき乱す。
ジークの黄金の瞳が、暗闇の中で燃え上がっていた。
「兄上は、暗殺の危険を承知で引き受けたのか? この不穏な空気の中で」
「どうなんだろ。どっちにしろ、オーウェン兄さんは無茶苦茶だとは思うよ」
「……イグニス。お前は、どう動く」
「俺は警備の総指揮だよ。一番周辺がきなくさい、父さんの護衛になるかな。……オーウェン兄さんも気になるけど、規律で白の間には入れない。あそこは祈祷者と限られた護衛以外、立ち入り禁止だから」
イグニスはジークを悪戯っぽく見つめ、ニヤリと不敵に笑った。
「だけどさ。ジーク兄さんは今、ただの護衛騎士だ。この国のルールなんて関係ない、だろう?」
「お前に言われるまでもないさ。……エル。君の力、やっぱり借りることになりそうだ。……俺たちで、あの不器用な兄上を助けに行こう」
「ええ、もちろんよ。龍の力が届かない場所なら、私の魔法が役に立つはずだわ」
「はは、心強いね! ……ジーク兄さん。オーウェン兄さんのこと、頼んだよ」
「……ああ。任せとけ」
ジークと私は、イグニスに背を向け、城壁の階段を下り始めた。
「……ねえ、ジーク。オーウェン殿下は、平気なのかしら」
「平気なわけがない。兄上は、確かに強い。青龍の力があってもなくても、俺を圧倒できるくらいには。だが、あそこは龍の加護がないんだ。毒や呪い、からめ手を使われたら……いくら兄上でも防ぎきれないだろう」
ジークの手が、無意識に剣の柄にかかっていた。
「あいつらが狙うのは、おそらく白の間での祈祷時間。そこが、俺たちの戦場になる」
「時間はあまりないわね。どうするか、計画を立てなきゃ」
「ああ。……兄上を死なせたら、父上にも、何より俺自身に顔向けできないからな」
月明かりの下、私達は急ぎ足で歩みを進める。
帝国の歴史を揺るがす建国記念祭まで、時間は多くないことを肌で感じていた。





