14話 これから進む道、暗殺計画の露呈
幾重もの結界を通り抜け、ジークに手を引かれて辿り着いた扉を開けた瞬間、私は思わず息を呑んだ。
「ここは……?」
私の唇から、感嘆の吐息がこぼれる。
そこは、城の堅牢な石造りの印象からは想像もつかない、幻想的な庭園だった。
見たこともない植物が銀色の葉を揺らし、水晶のように澄んだ水が、重力を無視するように空中を緩やかに流れては池へと落ちていく。
「神龍の庭と呼ばれている場所だ。……正確には、皇族……つまり龍の契約者以外は、立ち入ることさえ許されない聖域だよ」
「……そんな大切な場所に、私が入って大丈夫なの?」
「大丈夫。龍の契約者が、自身の『番』だと認めた相手なら、この庭が拒むことはない」
ジークは、懐かしそうに、思い出をたどるように辺りを見回した。
「……昔から、この場所の空気が好きだったんだ。十年経っても、変わっていないようで安心したよ」
ジークは懐かしそうに目を細め、一本の巨大な銀樹の下へと私を導いた。
そこには柔らかな草が広がり、二人が座るのを待っているかのようだった。
「……ジーク。これから、どうするつもりなの?」
「エルのしたいことなら、何でも叶えるよ」
「私は、あなたがしたいことを聞きたいの。……私の意見じゃなくて、あなたの本当の気持ちを」
私の問いに、ジークはしばらくの間、無言で空中に浮かぶ水の流れを見つめていた。
アッシュブルーの髪が、庭の光を受けて不思議な光沢を放っている。
「とりあえず、しばらくは静かにしているつもりだよ。ただ、第二皇子が戻ってきたって広まったら、面倒が舞い込んできそうだな」
「……白龍のこともあるものね」
「ああ。だから、表向きは『アストルシアから招いた賓客と、その護衛騎士』のまま、しばらくは羽を伸ばそうと思う。……エルも色々あって疲れただろう。少し、休んでほしい」
ジークの言葉には、私への深い労わりが込められていた。
彼は私の指先を一本ずつなぞるように撫でながら、自身の胸の内を少しずつ、吐露するように語り始めた。
「もし、俺たちがこのまま龍帝国に残るなら……俺は、皇帝になる兄上の支援に回るのも良いかな。今回のことで、かなり世話になったし」
「オーウェン殿下の?」
「ああ。兄上は真面目すぎて、一人で背負い込みすぎる。兄上がこの国を治めるというのなら、俺はその背後で、剣を振るう……いわば、帝国の影の守護者として生きるのが、一番性に合ってるかな」
ジークは自嘲気味に笑った。
最強の龍を従えながら、頂点に立つことを拒み、誰かを守るための剣でありたいと願う。
その欲のなさが、かえって彼の強さを表しているように私には思えた。
「でも……皇位継承権ある限り、契約龍の問題はつきまといそうね。剣聖と呼ばれる実力があるからこそ、契約龍の詮索は避けられないでしょう」
「……そこなんだよね、一番の問題は」
ジークは困ったように眉根を寄せた。
アストルシアの晩餐会で、彼は大勢の貴族たちの前でその実力を見せつけ、さらに龍帝国の第一皇子であるオーウェン殿下が「弟」として彼を呼ぶ姿を晒してしまった。
情報はいずれ、商人や旅人の口を通じて大陸中へと広がるだろう。
「しばらくしたら、ちょっと騒がしくなるかもな。……エル、君までその騒動に巻き込むことになるかもしれない」
「……構わないわ。あなたがすべてを捨てて、あの晩餐会に来てくれた時……私はもう、何が起きてもあなたの隣にいると決めたの。私は、あなたと一緒にいたい。……守りたい。それだけなのよ」
「エル……」
ジークの黄金の瞳が、熱を帯びて揺れた。
彼は私を引き寄せ、額に深い誓いのようなキスを落とした。
「……君は、本当に強いな。……わかった。何が起きても、俺が君を守り抜く。……俺の自由は、君と共に歩むためにあるのだから」
神龍の庭を吹き抜ける風が、銀樹の葉を鳴らし、二人の言葉を祝福するように周囲を舞った。
しばらくの間、二人は寄り添ったまま、未来への不安を希望へと変えていく。
銀樹の葉の間から差し込む光が、重なり合う二人の影を美しく照らし出ていた。
◇
神龍の庭から離宮へと続く、月光の射し込む回廊。
甘やかな余韻に浸りながら、私とジークは手を繋いで歩いていた。
だが、その幸福な時間は唐突に、ジークの体が強張ったことで中断された。
「……っ」
ジークが鋭い動きで、回廊を支える巨大な円柱の影へと滑り込む。
私の口を、彼の大きな手がそっと塞いだ。
(ジーク……?)
視線で問いかける私に対し、ジークの黄金の瞳は剣聖のそれへと一変していた。
彼は無言で、前方の曲がり角の先を指差す。
そこから、数人の気配が影からすべり落ちるように現れた。
深く覆われたローブが石床を擦り、忍びやかで不吉な足音が夜闇に溶ける。
柱の陰から覗き見れば、そこには深々と漆黒のローブを被った男たちが、月明かりを避けるように集まっていた。
「……聞いたか。第二皇子、ルーク様が戻られたという噂を」
「ああ、限られた者しか知らされていないが。十年前に行方不明となったはずの『病弱なひきこもり』が戻ってきたと」
「……もしそれが真実ならば、我らにとっては好機だ。あの『計画』をいよいよ実行に移す時が来た」
「明後日の建国祭、『白の間』で祈る瞬間……暗殺はそのときが良いだろう」
男たちは互いに頷き合うと、影に溶けるようにしてその場を去っていった。
後に残されたのは、凍りついたような沈黙と、夜の静寂だけだった。
男たちの気配が完全に消えるのを待って、ジークは私の口元からゆっくりと手を離した。
彼の顔には、もはや柔らかな光は欠片も残っていない。
「ジーク……今の……!」
「……さすがに、これは見過ごすわけにはいかないな。エル、疲れているところ悪いけど、一緒に来てくれないか?」
ジークは短く息を吐き、城の中心部がある本宮の方角を見据えた。
「あいつらの計画、勢力の全貌をつかむ必要がある。……俺が勝手に判断して、あいつらに何かすれば兄上達の立場を悪くしかねない。……まずは情報収集だな」
「ええ、行きましょう。……あの人達が何を考えているのか、つきとめなきゃ」
「ああ。危険があるかもしれないが……必ず、エルは俺が守る」
ジークは私の手の甲に、誓いのようなキスを落とした。
銀樹の庭での甘い夜は終わり、ここから、龍帝国の存亡を賭けた、兄弟たちの共闘が幕を開けようとしていた。





