第4話 最初の衝突
それは、予兆もなく現れた。
《重力異常を検知》
ガイアの声が、静かに響く。
だが、その内容は静かではなかった。
「……どのくらいだ?」
モリトは即座に端末を操作した。
スクリーンに表示される数値が、一瞬で変化していく。
《進行方向前方、距離三十万キロ圏内にて、重力波の乱れを確認》
「三十万キロ……近いな」
宇宙規模では、ほぼ目の前だ。
《外部質量体の接近を推定》
「やっぱり来たか……」
モリトは小さく息を吐いた。
分かっていたことだ。
三つしかない席。
そこを目指すのは、地球だけじゃない。
当然、途中でぶつかる。
「映像出せるか?」
《可視化を開始》
ホログラムが展開される。
漆黒の宇宙の中に、一つの影が浮かび上がった。
それは――
「……惑星?」
だが、地球ほど大きくはない。
サイズは三分の一程度。
しかし、その周囲に展開されているものが異様だった。
「何だ、あのリング……」
《外部構造体を確認。重力制御装置と推定》
その惑星の周囲には、巨大なリング状の構造物が複数展開されていた。
それが、空間そのものを歪めている。
「つまり、あいつら……」
モリトは唇を噛んだ。
「自分で重力を操作してるってことか」
《肯定》
「やりやがるな……」
感心している場合ではない。
《進路予測》
ホログラムに、二つの軌道線が描かれる。
地球と、未知の惑星。
その線は――
交差していた。
「……正面衝突コースかよ」
《現時点では回避行動なし》
「つまり」
モリトは低く呟く。
「押し出す気だな」
《高確率で》
その瞬間、地球がわずかに揺れた。
足元から伝わる、嫌な感覚。
重力が、ほんの僅かにズレる。
「来たか……!」
警報が鳴り響く。
「重力場の干渉を確認!」
「海面上昇!沿岸部に警告を!」
「都市基盤に歪み発生!」
管制室が一気に慌ただしくなる。
スクリーンには、地球の各地の状況が映し出されていた。
海が揺れている。
山脈が軋んでいる。
大気がざわついている。
惑星が――攻撃されている。
「……ふざけんな」
モリトは歯を食いしばった。
これが、軌道戦争。
弾も、ビームも使わない。
ただ、重力で押す。
それだけで、惑星は壊れる。
《地球の軌道が逸脱し始めています》
「どれくらいだ?」
《このままでは、セカンドサンへの到達角度が大きくずれます》
「つまり、席取り以前に弾かれるってことか……!」
《その通りです》
最悪だ。
戦う前に負ける。
「回避できるか?」
《地球の質量と現在の慣性では、即時回避は困難》
「だろうな……!」
地球は巨大すぎる。
小回りが利かない。
相手はそれを分かってやっている。
「……どうする」
モリトは目を閉じた。
考えろ。
時間はない。
だが、焦っても意味はない。
《提案を提示します》
ガイアの声。
「聞く」
《推進炉出力を最大まで引き上げ、進路を強制修正》
「間に合うか?」
《成功確率、二十三パーセント》
「低すぎるな」
モリトは即座に却下した。
「他は?」
《なし》
「だろうな」
簡単に解決するなら、苦労はしない。
モリトはスクリーンを見た。
迫り来る惑星。
リングが光り、空間が歪む。
あれが、敵。
「……押されてるだけじゃダメだ」
ぽつりと呟いた。
「押し返す」
《方法を提示してください》
「いや」
モリトはゆっくりと首を振った。
「これは“計算”じゃない」
ガイアが一瞬沈黙する。
《……意味を確認します》
「こういう時はな」
モリトは前を見据えた。
「作るんだよ」
思考が、研ぎ澄まされていく。
数値じゃない。
理屈でもない。
イメージだ。
地球の動き。
相手の重力。
空間の歪み。
それらすべてを、一つの“絵”として捉える。
「……右に一度だけ捻る」
《軌道変更量が不足しています》
「分かってる」
モリトは続ける。
「でも、そこから――落とす」
《……重力井戸への落下を意図していますか》
「違う」
モリトは笑った。
「落ちる“フリ”をする」
一瞬。
ガイアの処理が止まった。
《……新規軌道パターンを検出》
「相手は押してくる」
「なら、その力を使う」
モリトは手を伸ばした。
何もない空間に。
だが、その先には確かに“地球”がある。
「こっちからぶつかるんじゃない」
「向こうに、ぶつけさせる」
《理解》
ガイアの声が、わずかに変わる。
《軌道創造プロセスを開始》
その瞬間、地球の動きが変わった。
ほんの僅かに、進路がずれる。
それだけだった。
だが――
敵の重力場に、深く入り込む。
「今だ」
モリトは呟いた。
相手の押す力が、最大になる瞬間。
「落ちろ」
地球が、わずかに沈む。
軌道が崩れる。
だが、それは“演技”だ。
「……そこだ」
次の瞬間。
地球が跳ねた。
相手の重力を反発に変え、軌道を一気に変換する。
進路が逸れる。
だが、それは後ろではない。
前だ。
セカンドサンへ向かう、新しい軌道。
《回避成功》
ガイアが告げる。
同時に、未知の惑星の軌道が大きく乱れた。
リングが軋み、重力制御が崩れる。
そのまま、進路を外れていく。
「……やったか?」
《敵勢力、軌道維持失敗。戦線離脱と推定》
管制室に、ざわめきが広がる。
「回避した……?」
「今の動き……どうやったんだ?」
誰もが理解できていない。
当然だ。
モリト自身も、説明できない。
「……なんとか、な」
小さく呟いた。
《モリト・アーク》
ガイアが呼ぶ。
《あなたは軌道を“計算”していません》
「だろうな」
《あなたは軌道を“創造”しています》
「……それが、俺の仕事らしいからな」
モリトは苦笑した。
手はまだ震えている。
だが、恐怖はなかった。
ただ一つ、確信だけがあった。
「……やれる」
小さく、だが確かに。
「地球は、戦える」
スクリーンの向こうには、再び静かな宇宙が広がっている。
だが、もうそれはただの空間ではない。
戦場だ。
惑星がぶつかり合い、軌道を奪い合う場所。
その中で。
地球もまた、戦う。
生き残るために。
全員を、生かすために。
その日、人類は初めて知った。
惑星は――戦える。




