第3話 ハビタブルゾーンは三席しかない
宇宙は、静かだった。
あまりにも静かすぎて、そこに“何もない”ことを実感させる。
窓の外に広がるのは、ただの黒。
星はある。光もある。だが、それは遠すぎる。
手を伸ばしても届かないどころか、存在しているのかどうかすら曖昧になるほど、遠い。
「……何もないな」
モリト・アークは、観測デッキの透明パネル越しに宇宙を見ながら呟いた。
地球を離れてから、すでに数週間。
時間の感覚はおかしくなり、昼も夜も意味を失い、ただ“進んでいる”という事実だけが積み重なっていく。
それでも、確実に変わったことが一つある。
太陽が、見えなくなった。
あれほど大きく、あれほど当たり前だった存在が、今はただの星の一つに過ぎない。
それが消える日が来る。
その前に辿り着かなければならない。
セカンドサンへ。
《観測結果を報告します》
頭の中に、ガイアの声が響く。
もう驚かなくなっていた。
「来たか。例のやつか?」
《肯定》
モリトの視界に、半透明のホログラムが展開される。
そこに映し出されたのは、一つの恒星系のシミュレーションだった。
中央に輝く恒星――セカンドサン。
その周囲を回る複数の軌道。
「……これが」
《セカンドサン恒星系の重力解析結果です》
ガイアの声は淡々としている。
だが、その内容は決して軽くなかった。
「見た感じ、普通の恒星系に見えるけどな」
《外見上は太陽系と類似しています》
「なら、何が問題なんだ?」
一瞬の間。
ガイアは、ほんの僅かに間を置いてから答えた。
《安定した生命維持可能軌道――ハビタブルゾーンは、極めて限定的です》
「……限定的?」
《具体的に言います》
ホログラムが拡大される。
複数あった軌道のうち、いくつかが消え、三つの円だけが残った。
《安定軌道は三つのみ》
モリトは、言葉を失った。
「……三つ?」
《肯定》
数字が、頭に入ってこない。
三つ。
それはあまりにも、少なすぎた。
「ちょっと待て……他の軌道は?」
《長期的に維持不可能》
ガイアは即答する。
《内側は恒星放射過多により環境崩壊。外側は凍結領域へ移行》
「つまり」
モリトはゆっくりと言葉を選んだ。
「その三つ以外に入ったら、どっちにしろ死ぬってことか」
《正確には、生存確率が著しく低下します》
「ほぼ死ぬってことだな」
モリトは顔を覆った。
思っていたよりも、状況はシンプルだった。
そして、最悪だった。
「……で、その三つに、いくつの惑星が来る予定なんだ?」
《現在確認されているだけで――》
ガイアの表示が切り替わる。
セカンドサンへ向かう複数の軌道線。
《四つ以上》
その言葉に、モリトは思わず笑った。
「はは……」
乾いた笑いだった。
「椅子取りゲームかよ」
《比喩としては適切です》
「誰だよこんなルール決めたの……」
《自然法則です》
「一番どうしようもないやつだな、それ」
モリトはスクリーンを見上げた。
三つの円。
それが、人類の未来。
いや、正確には。
“人類が生き残れる可能性のある場所”。
「……火星は?」
《火星勢力の進路を解析中》
数秒の沈黙。
そして。
《一番内側の安定軌道を目標としている可能性が高い》
「一番いい席、か」
モリトは苦笑した。
予想通りだ。
あいつらは、そういう連中だ。
最も効率が良く、最も生存確率が高い場所を選ぶ。
「じゃあ残りは二つか」
《現時点では》
「他にも来るんだろ?」
《高確率で》
ガイアのホログラムに、新たな軌道が描かれる。
それは、地球や火星とは異なる動きだった。
「……これ、何だ?」
《未確認惑星勢力》
「まだいるのかよ」
《宇宙は広大です》
「知ってるよ、それくらい……」
モリトはため息をついた。
もう、笑うしかない。
三つの席に対して、四つ以上の惑星。
しかも、相手は火星だけじゃない。
「最悪だな」
《状況は厳しいですが、対策は存在します》
「……聞こうか」
モリトは腕を組んだ。
もう逃げる気はない。
ここまで来たら、やるしかない。
《地球は他の惑星と比較して質量が大きい》
「まあな」
《重力干渉による軌道調整が可能です》
「つまり?」
《他惑星の軌道を押し出す、あるいは自身をねじ込むことが可能》
その言葉に、モリトの目が細められる。
「……それ、戦争って言うんじゃないのか?」
《定義上はそうなります》
「だよな」
静かに頷いた。
やっぱりそうなる。
結局、人類は戦うのだ。
生きる場所を巡って。
たとえ相手が、同じ人類であっても。
「……でもな」
モリトは小さく呟いた。
「それでも、やるしかないんだろ」
《肯定》
ガイアは迷わない。
《全員を生存させるためには、軌道確保は必須です》
「全員、な」
その言葉を、モリトは繰り返した。
全員。
地球も。
火星も。
そして――まだ見ぬ誰かも。
できるのか、そんなことが。
だが。
「……やるって決めたんだよな」
モリトは空を見上げた。
そこには何もない。
だが、その先には、未来がある。
掴まなければならない未来が。
《航路再計算を開始しますか》
ガイアが問う。
モリトは一瞬だけ目を閉じた。
そして。
「やる」
はっきりと答えた。
「三つしかないなら、奪うしかない」
静かな声だった。
だが、その奥には覚悟があった。
「でもな」
モリトは続ける。
「席が三つしかないなら――増やせばいい」
ガイアが、わずかに沈黙した。
《……新規提案を検知》
「できるかどうかは知らない」
モリトは笑った。
「でも、それを考えるのが俺の役目なんだろ?」
《肯定》
その声は、どこか僅かに変化していた。
《最適解の創造を開始します》
モリトはスクリーンを見つめた。
三つの円。
それが全てだと、誰かが決めた。
なら――
覆してやればいい。
その日、人類は知った。
生きる場所は、与えられるものではない。
奪い取るものだと。
そして同時に。
その奪い合いに、地球も参加することを。
椅子は三つ。
だが、座ろうとしているのは――四つ以上の惑星だった。




