第12話 宇宙船地球号
第12話 宇宙船地球号
静寂が訪れた。
それは戦いの終わりではない。
決断の前の静寂だった。
火星と地球。
二つの惑星は今、セカンドサンの重力圏の中で互いを見つめていた。
少しでも判断を誤れば。
どちらも軌道を失う。
どちらも滅びる。
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火星戦略中枢。
イグナスはモリトの言葉を聞いたまま動かなかった。
全員、生きる。
その言葉は、火星では最も非合理な考え方だった。
だからこそ。
胸の奥に刺さった。
「……理解不能だ」
イグナスは静かに言った。
「だろうな」
通信の向こうでモリトが苦笑する。
「俺もそう思う」
管制室に小さな笑いが起きた。
だが誰も緊張は解いていない。
時間がない。
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「なぜだ」
イグナスが問う。
「なぜ火星を救う」
「簡単だ」
モリトは即答した。
「火星にも人がいるからだ」
その言葉はあまりにも単純だった。
あまりにも。
非合理だった。
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「お前たちは俺たちを排除しようとした」
イグナスが言う。
「そうだな」
「何度も攻撃した」
「そうだな」
「それでもか」
モリトは頷いた。
「それでもだ」
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沈黙。
長い沈黙。
その間にも、軌道は崩れ続けている。
《軌道崩壊まで十五分》
ガイアが告げた。
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火星側でも同じ警報が鳴っていた。
全員が理解している。
もう時間はない。
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イグナスはゆっくりと席を立った。
巨大な窓の向こうに火星が見える。
自分たちの故郷。
生きるために築いた世界。
だが。
その始まりは。
地球だった。
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思い出す。
幼い頃に見た青い海。
教科書でしか知らない森。
祖父が語っていた雨の匂い。
火星には存在しないもの。
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「……非合理だ」
もう一度呟く。
だが。
少しだけ笑った。
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「補佐官」
「はい」
「地球との共同軌道計算を開始しろ」
補佐官の目が見開かれる。
「司令!」
「急げ」
その声に迷いはなかった。
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地球管制室。
《火星勢力より共同計算要求》
モリトは思わず息を吐いた。
「やっとか」
《承認しますか》
「もちろんだ」
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その瞬間。
初めて。
地球と火星の演算能力が一つになった。
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膨大なデータ。
重力。
速度。
質量。
月。
火星。
地球。
セカンドサン。
すべてが繋がる。
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《新規解を確立》
ガイアが告げる。
《成功確率九十七パーセント》
管制室が静まり返る。
誰もそんな数字を見たことがなかった。
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「方法は」
モリトが問う。
《地球と火星を一時的に重力連結》
ホログラムが表示される。
二つの惑星。
そして月。
三つの天体が巨大な重力ネットワークを形成する。
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火星単独では軌道を維持できない。
地球単独では火星を救えない。
だが。
両方なら可能。
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「やるぞ」
モリトが言う。
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「実行」
イグナスも言った。
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その瞬間。
宇宙が揺れた。
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月が動く。
地球が引く。
火星が応える。
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三つの天体が巨大な重力の輪を描く。
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セカンドサンの光が広がる。
黄金色の輝き。
新しい太陽。
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《軌道投入開始》
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地球が曲がる。
火星が曲がる。
そして。
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落ちる。
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いや。
滑り込む。
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セカンドサン第一ハビタブルゾーン。
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人類が目指した席。
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その瞬間。
管制室の誰かが叫んだ。
「入った!」
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《軌道安定化確認》
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《地球、火星、生存可能圏到達》
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歓声が上がる。
泣き出す者もいた。
抱き合う者もいた。
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モリトはその光景を見ながら、ゆっくりと椅子に座った。
力が抜ける。
ようやく終わった。
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《航海終了》
ガイアが告げる。
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モリトは首を振った。
「違う」
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《?》
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「終わりじゃない」
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窓の向こうを見る。
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そこには。
新しい太陽。
新しい空。
新しい未来。
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「ここから始まるんだ」
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火星も。
地球も。
同じ星系で。
同じ未来を生きる。
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もう戦わなくていい。
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宇宙船地球号の旅は終わった。
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だが。
人類の旅は、まだ始まったばかりだった。
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最終話 第二の太陽
セカンドサン到達から五年後。
地球と火星は統合移住計画を開始した。
火星人は地球へ。
地球人は火星へ。
互いの文化を学び。
互いの歴史を知った。
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そして。
誰もが気づいた。
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地球人も。
火星人も。
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結局は。
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同じ人類だった。
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青い惑星と赤い惑星。
二つの故郷を持つ人類は。
第二の太陽の下で。
新しい歴史を歩み始めた。
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人類は、滅びなかった。
人類は、分裂した。
そして。
再び、一つになった。
⸻
完




