7話 街へお出かけ、ユーリとの買い物
ユーリが我が家にやってきてから、あっという間に日が過ぎていった。
傷口の経過を確かめるために包帯を解くたび、彼の腕にあった痛ましい痕は順調に薄くなり、肌の赤みも引いていく。
回復が早いのは本当に喜ばしいことなのに、包帯を巻き直す私の胸には、なぜか寂しさが広がっていた。
(傷がすっかり治ってしまったら、この人は出ていってしまうのかな……)
そんな考えが頭をよぎるたび、私は慌てて首を振る。
彼には彼の帰るべき場所があるのだから、快復を喜ぶべきなのだと自分に言い聞かせた。
「……アイリス? どうかしたか?」
「えっ!? あ、いえ! なんでもありませんよ! 包帯、きれいに巻けました」
不思議そうに顔を覗き込んでくるユーリに、私は慌てて笑顔を作ってみせた。
今日はお昼前から買い出しへ出かける予定だ。
食材や日用品が底をつきかけていたので、大きめの買い物袋を準備する。
「それじゃあユーリさん、お留守番をお願いしますね」
「待ってくれ。俺も一緒に行く」
「え!? でも、ユーリさんは追われている身ですし、目立つんじゃ……」
外に出ようとする私を制するように、ユーリは部屋の壁に掛けてあった深めのローブを取ると、すっぽりと頭からフードをかぶった。
輝かしい金髪や整った顔立ちが影になり、これなら遠目には誰だか分からないだろう。
「一人で買い物袋をいくつも抱えて歩かせるわけにはいかない。それに……君と一緒に外の空気を吸いたいんだ」
フードからのぞく青い瞳に見つめられ、私は不覚にも胸を踊らせてしまった。
「う……。じゃあ、遠出はしないで近くの市場だけにしましょうね」
こうして、私たちは二人並んで街へと繰り出すことになった。
さまざまな屋台や店が立ち並ぶ市場は、お昼前ということもあって賑わいを見せている。
いつもなら一人で淡々と済ませる買い物も、すぐ隣に背の高いユーリが寄り添って歩いているだけで、まるで特別なイベントのように思えた。
「食材なら、あの屋台が安くて新鮮なんですよ。店主さんとも顔見知りなんです」
「なるほど。重いものは俺が持つから、好きなだけ買ってくれ」
ユーリは私の手から買い物袋をそっと受け取ると、当たり前のように荷物持ちを引き受けてくれた。
まるで夜会をエスコートするような仕草に、不自然に心が波打つ。
買い出しの最中、甘く香ばしい匂いに誘われて、私はある屋台の前で足を止めた。
そこは焼きたての菓子とカスタードパイを売るお店だった。
「わぁ……美味しそう……」
「甘いものが好きなのか?」
「大好きです! 昔から甘いお菓子には目がなくて。ユーリさんはどうですか?」
「俺は、甘いものよりは辛いものの方が好みだな。スパイスの効いた料理や肉が好きだ」
「へぇ! ユーリさんは辛党なんですね! 次の夕食は香辛料を効かせたスープにしてみようかしら」
「はは、それは楽しみだ」
ユーリは嬉しそうに目元を和らげると、焼き菓子屋の店主にお金を払い、出来立てのカスタードパイを買い取って私に手渡してくれた。
「えっ、いいんですか!?」
「今までのお礼だ。さあ、温かいうちに食べてくれ」
この市場には何度か来ているが、この焼き菓子を見るの初めてだった。
私は彼の好意に甘えて、遠慮なくカスタードパイを頬張った。
「ん……!」
サクサクの生地から溢れ出る甘いクリーム。
焼き立て特有の歯ごたえに、私は笑みがこぼれ落ちそうになる。
「美味しい……! ユーリさんも一口どうですか?」
「いや、君が美味しそうに食べているのを見ているだけで十分だ」
パイを頬張る私の口元を、ユーリが指先でそっと優しくぬぐった。
突然の触れ合いに、パイを喉に詰まらせそうになる。
「っ……! ユ、ユーリさん!?」
「クリームがついていた。……可愛いな」
何気なくささやかれた言葉に、私の顔は一瞬で沸騰する。
当のユーリは、どこか楽しそうに私の反応を眺めている。
(わ、私ばかり動揺して……。何だかズルい……っ)
買い物を終えて帰り道につこうとしたとき、ユーリがふと小さな雑貨屋の露店に足を止めた。
そこには職人が手作りした、可愛らしくも微細な意匠の装飾品が並んでいる。
ユーリは陳列された品々をじっくりと見つめると、小物を一つ手に取った。
それは、透き通るような美しい青い硝子が埋め込まれた、花の形をした髪飾りだった。
彼は店主にお金を支払うと、それを手に私の元に歩み寄った。
「アイリス、少しこちらへ来てくれ」
「はい? どうしました……?」
近づいた私の髪に、ユーリの手先が優しく触れる。
手慣れた手つきで、私の髪にその髪飾りを挿してくれた。
「よく似合っている。君のやわらかな髪色にぴったりだ」
「えっ、これ……私に?」
「いつも世話になっているお礼と……俺から君への、個人的なプレゼントだ」
店の鏡で見せてもらうと、光を反射してキラキラと輝く青い硝子が、私の髪を華やかに彩っていた。
ユーリの瞳と同じ、どこまでも綺麗な空色。
「こんなステキなものを……ありがとうございます、ユーリさん。大切にします!」
「喜んでもらえて良かった。……本当は、もっと価値のある宝飾品を贈りたいところだが、今の俺にはこれが精一杯だからな」
「いいえ! どんな高価な宝石より、ユーリさんが選んでくれたこれが一番嬉しいです!」
湧き上がる嬉しさに、私は心からの笑顔を彼に向けた。
その瞬間、ユーリの顔が固まり、それから困ったように目元を和らげる。
彼は周囲の目を盗むようにして、フードの影から私の耳元へ、そっと唇を寄せて落とした。
「……そんな笑顔を見せられたら、俺の気持ちに抑えがきかなくなる」
「っ……!? ユ、ユーリさん!?」
温かい吐息の感触に、心臓が破裂しそうなほど脈打つ。
真っ赤になったであろう私を見て、ユーリは愛おしそうに私の手を包み込んだ。
指と指が静かに絡み合い、離れないようにしっかりと結ばれる。
「さあ、帰ろうか」
「は、はい……」
寂しさを吹き飛ばすような温もりに包まれながら、私たちは並んで我が家への道を歩いていったのだった。





