3話 ユーリとの奇妙な生活
「ユーリさん、お腹は空いていませんか?」
手当てを終えて一段落着いたところで、私はキッチンに向かうため立ち上がった。
時刻はちょうど昼時に差し掛かっている。
ソファに体を預けているユーリは、怪我の痛みに耐えながらも、まだどこか警戒を解ききれていない様子でこちらを見ている。
「……いや、別に気を使わなくてもいい」
「そう言われても、空腹のままじゃ傷の治りも遅くなりますよ。それに、私もお腹が空きましたから」
そう言い残して、私は食材を冷やす魔法道具箱から食材を取り出した。
前世の記憶を取り戻してからというもの、私は一人暮らしの利点を活かして料理の腕を磨いてきた。
今のユーリに必要なのは、消化が良くて体を芯から温める食事だろう。
「よし、今日は特製野菜スープにしようかしら」
根菜と葉野菜を切りそろえ、手際よく鍋に入れていく。
コンソメ風の出汁をベースに、隠し味として少しだけハーブを加える。
香ばしい香りが漂い始めると、パンを切り分け、軽く炙って焦げ目をつけた。
コトコトと鍋が音を立てる間、私は鼻歌を歌いながらテーブルを整える。
(誰かのために料理を作るなんて、前世を含めても初めてかも……)
悪役令嬢として実家で過ごしていた頃は、何もかも給仕に任せきりだった。
自分の手で誰かのために温かい食事を用意できることが、なんだか無性に嬉しく思える。
そんな私の様子を、ユーリは不思議そうな目で見つめていた。
立ち上る湯気の向こうで、私の手元や横顔を追う彼の視線を感じる。
「お待たせしました! 温かいうちにどうぞ」
湯気が立つスープの器と、香ばしく焼けたパンを小机に並べた。
ユーリは差し出された器をじっと見つめ、一瞬ためらうような素振りを見せた。
「毒なんて入れていませんから、安心して召し上がってくださいね?」
「違う、疑っているわけではないんだ。ただ……」
ユーリは言葉を途切れさせ、ぽつりと落とした。
「……誰かにこうして心こめて食事を用意してもらうのが、いつ以来か思い出せなくてな」
そう言って静かにスプーンを取り、スープを一口すくい、口へと運ぶ。
「……温かい」
「ふふ、できたてですからね。お味はどうですか?」
ユーリは二口目、三口目とスプーンを動かした。
スープが彼の体に染み渡るにつれ、彼の眉間に刻まれていたしわが、ゆっくりとほどけていく。
「……美味い。こんな味付けは、食べたことがない」
「本当ですか? 良かった! お口に合って嬉しいです」
ユーリの言葉に、私は胸を撫で下ろした。
パンをスープに浸しながら、ユーリは信じられないといった様子で呟いた。
「出された料理がこんなに身にしみるなんて、思いもしなかった。君は本当に不思議な人だな。家事も手慣れているし……」
「ひ、一人暮らしを始める前に色々と練習したのですよ。自分だけで生きていくためには、何でもできないと困りますから」
慌てて誤魔化すと、ユーリはそれ以上追及せず、野菜スープを飲み干してくれた。
「ごちそうさま。……落ち着いたよ」
器を空にしたユーリは、少し照れくさそうに視線を逸らした。
出会った時の張り詰めた雰囲気は薄れ、その表情にはかすかな柔らかさが宿っている。
胃袋をつかむとはよく言ったものだが、温かい食事一つでここまで壁が低くなるとは思わなかった。
「お粗末様でした。おかわりもありますから、遠慮なく言ってくださいね」
片付けのために器を受け取ると、ふとユーリの指先が私の手に触れた。
男性の指先に宿る温もりに、一瞬だけ心臓が高鳴る。
ユーリも驚いたように指を震わせたが、私から目を逸らさず、ぽつりと声を落とした。
「……ありがとう、アイリス」
自分の名前を呼ばれただけなのに、なぜか胸の奥がくすぐったい。
私は照れ隠しに笑ってみせ、急いでキッチンへと向かったのだった。





