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17話 パパの再来、娘さんを私にください

 あの怒涛の事件から、数週間が経った。


 無事に事件が解決したあとも、ユーリは、公爵家や騎士団の公務で忙しい合間を縫っては、ことあるごとにこの隠れ家へと泊まりに来るようになった。


「こんなに頻繁に来て大丈夫なの? ご実家のほうが休まるんじゃ……」


「……ここが一番落ち着くんだ」


 私の作ったスープを嬉しそうに飲み、ソファで二人並んで過ごす時間は、私にとっても何より心安らぐひとときだった。

 二人で並んで朝食を食べ終え、食器の後片付けを済ませた私たちは、リビングのソファで並んで腰を下ろしていた。


「ん……ユーリ、顔が近いわ……」


「いいだろう。こうして二人で過ごせる時間は貴重なんだから」


 ユーリは私の肩に回した腕にそっと力を込め、私の髪に優しく口づけを落としてくる。

 私は照れくささに胸を熱くさせながら、彼の胸元に寄り添った。


「そう言えば、ユーリ。今日は騎士団のお仕事はいいの?」


「ああ。今日はあらかじめ休暇を取ってある。……おそらく今日、あの人がここへ来るだろうからな」


「え? あの人……?」


 首をかしげる私に、ユーリは悪戯っぽい微笑みを向けただけだった。

 彼が何を言おうとしているのか分からず、私が疑問符を浮かべていた、まさにその時だった。


 ――バーンッ!!


 修復されたばかりの玄関の扉が、また壊れんばかりの勢いで盛大に押し開かれた。


「アイリスぅぅぅ――っ! これは、いったいどういうことだぁぁぁ――っ!?」


 怒号のような絶叫とともに飛び込んできたのは、顔を真っ赤に怒らせた私の父だった。

 手に一枚の書状を握りしめ、ワナワナと全身を震わせている。


「パ、パパ!? どうしてここに!?」


 あまりの突然の来襲に、私は驚いて跳ね起きるように立ち上がった。

 父は私を見ると、涙目になりながら握りしめた手紙を突き出してきた。


「今朝、我が伯爵家にシェフィールド公爵家から正式な親書が届いたのだ! 内容を開いてみれば……我が最愛の娘アイリスとの婚約を申し込みたい、だと!? 意味が分からん!」


「ええっ!? も、もう手紙が届いたの!?」


 私が目を丸くしていると、私の隣からすっと立ち上がる気配があった。

 ユーリが優雅な立ち振る舞いで服を整え、父に向かって礼をとったのだ。


「初めまして、伯爵。アイリスの父君にお目にかかれて光栄です」


 突然ソファから現れた見知らぬ美しい青年を目にし、父はピキリと固まった。

 それから血走った目でユーリを指差し、朝の静けさを裂くように大きく声を荒げた。


「だ、誰だ貴様!? なぜ私の天使の隣に、当然のような顔をして立っているのだ!?」


「名乗りが遅れ恐縮です。私はシェフィールド公爵家嫡男、ならびに王立第一騎士団団長を務めております、ユリウスと申します」


 ユーリは澄んだ空色の瞳で、慌てふためく父に凛と名乗り上げた。


「シェフィールド公爵家の……!?」


 父はぽかんと口を開けながら、ユーリの顔を見つめ続けた。

 だが、すぐに事態のからくりに思い至った父の顔が、沸騰したように真っ赤に染まる。


「貴様あぁぁっ! よくも私の知らん間にアイリスに手を出したな!」


「パ、パパ、落ち着いて!」


 激怒のあまり今にも拳を振り上げそうな父を、私は何とか制そうと声を張り上げる。

 だが、ユーリは一切たじろぐことなく、冷静で真面目な表情のまま、父に向かって深く頭を下げた。


「伯爵。言葉足らずで申し訳ありません。ですが、俺はアイリスを心から愛しています。どうか、彼女との婚約を認めていただきたいのです」


「ふざけるな! 認めるものか! 公爵家だろうが何だろうが、お前のような男に我が最愛の娘を渡さん!」


 父は荒い息を吐きながら、リビングに木霊するほどの声で叫んだ。

 するとユーリは、どこまでも冷静に、首を少しだけ傾けて尋ねた。


「伯爵。差し支えなければお伺いしたいのですが……男として、夫として、私に何か足りない点があるでしょうか?」


「な、なんだと……!?」


「我がシェフィールド公爵家は、貴家との家格においても釣り合いは取れております。爵位と騎士団長としての役職、アイリス一人を一生不自由なく養い、守れる力があると自負しております」


「う……ぐぬぬぬ……っ!」


 淡々と、けれど父に向かって事実を並べ立てるユーリ。

 公爵家の嫡男にして第一騎士団長。

 どの面を切り取っても国で最高の条件を備えた男から問われ、父はぐうの音も出なくなった。


「私はアイリス以外の女性に目を奪われたことは一度もなく、生涯彼女一人だけを愛し抜くと誓えます。……これでも、まだ不足でしょうか?」


 父は顔を真っ赤にしたり、真っ青になったりしながら、口をパクパクとさせることしかできない。

 ユーリは父の目を静かに見つめ、力強く言い放った。


「私は、何があってもアイリスを必ず幸せにします。……ですから、どうか彼女との婚約を承諾していただけないでしょうか?」


 ユーリの言葉に背中を押され、私も父の前に踏み出した。


「私も、ユーリのことが大好きなの。身分とか立場とか関係なく、私は彼と一緒にいたい。どうか、私たちの婚約を認めてください」


 私は懸命に言葉を紡ぎ、自身の決意を眼差しで伝えた瞬間。

 父の中で、何かが音を立てて崩れ去った。


「あ……アイリスぅぅぅ――っ! パパを捨てないでくれぇぇぇ――っ!!」


 父は天を仰ぎ、滝のような涙を流しながら叫んだ。

 バサっと後ろを振り向くと、再び扉を蹴破らんばかりの勢いで外へ飛び出していってしまった。


「アイリス――ッ! うわぁぁぁぁ!」


 土ぼこりとともに遠ざかっていく父の悲痛な泣き叫ぶ声。

 残されたリビングには、いつも通りの平穏な静寂が戻ってきた。


「……えっと……」


 私は呆然と扉の向こうを見つめたまま、婚約について返答をもらえなかったことに困惑していた。


「……ふむ。どうやら、婚約を認めてくださったようだな」


 隣でユーリが、満足そうにあごに手を当てて笑みを浮かべた。


「え……? そ、そうかしら……? どう見てもショックを受けて、泣いて逃げ出したようにしか見えなかったけれど……」


「大丈夫だ。愛娘の決意に、反論の余地がなくなっただけだろう」


 ユーリは顔をほころばせながら微笑むと、私の腰を抱き寄せ、耳元の空気を震わせながらささやいた。


「まあ、もしこれでも認めてくれなかったら……俺は君を、どこか遠くへ誘拐するしかなかったからな。承諾してくれて助かったよ」


「ちょっと、ユーリ……! そんなこと冗談でも言わないで!」


「冗談に聞こえたか?」


 くすくすと楽しそうに笑うユーリに抱きしめられながら、私は溜め息をついた。

 けれど、その胸の奥はとろけるような幸せでいっぱいだった。


 それから数日後。

 公爵家に届いたのは、涙で濡れた痕と、プルプルと震える文字で書かれた、伯爵からの『婚約承諾』の返事だったという。

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【代表作】→悪役令嬢は全員生存エンドを目指す
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作品ページはこちら→「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す
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