15話 明かされた正体、見抜かれていた秘密
恐ろしい騒動が収束し、私はユーリの用意してくれた立派な馬車に揺られて、住み慣れた自分の家へと戻ってきた。
叩き壊されていた玄関の扉は、同行してくれた騎士の数人が見事な手際の良さで、あっという間に仮修復してくれた。
男たちによって乱暴に荒らされ、散らかっていた部屋の中も元通りに片付けられ、いつもの穏やかな静けさを取り戻す。
ソファに並んで座る私とユーリの間に、湯気を立てる温かい紅茶がふたつ並んでいた。
だが、互いに心を通わせたあの別れの夜とは違い、私はソファの上で身を固くする。
「……あ、あの。お茶の熱さは、大丈夫ですか? もしよろしければ、もう少し冷ましましょうか……?」
「アイリス。なぜ、そんなにかしこまっているんだ」
カップを持ちながらユーリが、困惑したように綺麗な眉を寄せた。
「だ、だって……ユーリが第一騎士団の団長様だなんて、全然知らなかったんですもの! 私はとんでもない方に『面倒を見てあげます』だの『野菜を切れ』だの言ってしまって……!」
私が青ざめながら両手をバタバタと振ると、ユーリは耐えきれないように吹き出し、それからクスクスと声を上げて笑い始めた。
「君は俺の命を救ってくれた大恩人だ。何も気にすることはない。それに君の作ったスープは、王宮の料理長が作る晩餐よりもずっと美味しかった」
ユーリは笑いを収めると、背筋を伸ばし姿勢を正した。
その空色の瞳が、澄んだ光を宿して私を離さないように見すえる。
「騙すような真似をしてすまなかった。俺の本名は、ユリウス・シェフィールド。王都の治安を預かる第一騎士団の団長であり……シェフィールド公爵家の嫡男だ」
「公爵家……!」
思わずソファから立ち上がりそうになる私を、ユーリは手で制する。
「ここしばらく、王都の裏で流通している違法薬物の密売組織を追っていたんだ。だが、囮捜査の途中でこちらの正体が割れ、乱戦の中で手傷を負ってしまった。追手を撒きながら逃げ込んだ先が……君の家の庭だったというわけだ」
「そういうことだったんですね。だからあんな重傷を……」
「ああ。奴らに逃げられないよう、追っ手の目を盗んで傷を治したかったんだ。それに、騎士団と連携を取るため、どうしても時間も必要だった。君が匿ってくれたおかげで、無事に組織の根城を突き止め、一網打尽にすることができたんだ」
ユーリは静かに説明を終えると、私の目を優しく覗き込んだ。
「だからアイリス、君が俺を恐縮する必要はどこにもない。むしろ俺の方が、君に頭が上がらないくらいなんだからな」
「で、でも……公爵家と私では、身分が違いすぎます。昨日みたいに『ユーリ』だなんて、もう気安く呼べません……!」
私が身を縮こまらせて視線を落とすと、ユーリは不満そうに顔をしかめた。
「それは困る。俺は君と、ただの男と女として対等なままでいたいんだ」
ユーリは膝の上に置かれていた私の手を、自分の両手でそっと包み込んだ。
彼の指先が私の肌に触れると、それだけで沸騰しそうなほどの熱がほとばしる。
「それに……君は身分差……と言ったが、本当は違うだろう?」
「え……?」
「君の洗練された所作。そして父親が差し入れに持ってきた品々の数々は、どれも平民の家庭で容易に用意できるようなものではなかった。それに、君から漂う気品は、隠そうとしても隠しきれるものではない」
ユーリの言葉に、私は返事の言葉を喉の奥に詰まらせた。
彼には最初から、私のおかしな点などすべてお見通しだったのだ。
「君は、上級貴族の令嬢だね?」
「あ、えっと……」
図星を突かれ、私は言葉と視線を泳がせた。
乙女ゲームの悪役令嬢として破滅する運命から逃げ出し、身分を隠してひっそりと暮らしていたこと。
誰にも言えなかった私の最大の秘密だ。
「言いたくないのなら、無理にとは言わない。だが、君がどんな身分であろうと、俺の君への想いが変わることはない」
ユーリの優しくも慈愛のこめられた言葉に背中を押され、私はゆっくりと口を開いた。
「ユーリの言う通り……私の実家は、伯爵家です。色々と理由があって、私は家を出たんです」
「やはりそうか」
「でも! 私はもう実家を出て、ひとりの平民として生きると決めたんです! だから、公爵家であるユーリとは、やっぱり釣り合いが……!」
「……関係ない」
ユーリは私の言葉を、一蹴するように退けた。
包み込まれた手が握り締められ、指一本動かせなくなる。
「君が平民として生きようと、伯爵令嬢であろうと、俺には関係ない。君がどんな過去を持ち、何を恐れて逃げてきたのかは分からないが……これからの君のすべては、俺が貰い受ける」
ユーリは私の手を引いて立ち上がらせると、頬から髪へと愛おしげに手を滑らせた。
彼から漂う優しい香りと、焦がし尽くすような空色の瞳に絡め取られる。
「なぜなら、君は俺の妻になるのだから」
「……えっ?」
呼吸すら忘れるほどの唐突な言葉に、頭の中が真っ白に染まる。
あまりの熱量に心が追いつかず、私はただ、彼の目の前で固まることしかできなかった。





