13話 密室の危機、颯爽たる救援
湿った匂いのする石床が、頬を通じて冷たさを伝えてくる。
薄暗い部屋へと放り込まれた私はうっすらと目を開けた。
(ここは……そうだ、私さらわれて……!)
室内は薄暗く、天井の高窓からわずかに差し込む光だけが頼りだった。
口をふさいでいた布は外されたものの、手足をきつく縛る縄が肌に食い込んで痛む。
(諦めちゃダメ……。なんとかして逃げないと!)
私は奥歯を噛み締め、壁際まで這い寄り体を起こした。
何とか縄を外そうと力を込めようとした、その時だった。
鍵が回る音が響くと同時に、複数の無遠慮な靴音とともに、閉ざされていた扉が内側に動く。
「へへっ、まだ威勢よく暴れてやがるぜ」
部屋に入ってきたのは、私を連れ去った男たちのうち二人だった。
一人は腰に太い帯を巻き、もう一人は手に怪しげな小瓶を携えている。
脱出しようとしていた私の姿を目にすると、嘲笑を浮かべて近づいてきた。
「無駄な悪あがきはやめな。その縄は暴れれば暴れるほど締め上がる仕組みになってんだよ」
「わ、私は何も知りません……! 家に帰してください!」
精いっぱいの強がりで、男たちをにらみつける。
そんな私の姿が滑稽とでも言うように、彼らは笑い声を上げる。
「まさか家に帰れると思ってるのか?」
「それにな、お前がいくら口を割らなくても、いいものがあるんだ」
小瓶を掲げた男が、意地の悪い笑みを深める。
透明なガラス越しに見えるのは、不気味な紫色を光らせる液体だった。
「これはな、飲めば頭が呆けて、どんな秘密もペラペラ喋りたくなる極上の薬さ。ついでにおれ達の言うことも大人しく聞くようになる。お前みたいな生意気なお嬢様にはおあつらえ向きだろう?」
男たちの瞳に宿る、寒気のするような卑俗な欲望。
私は少しでも男たちの汚濁にまみれた視線から遠ざかろうと、体を引きずるように後退をする。
「……近寄らないで!」
「おい、押さえつけろ!」
私が身をよじって逃げようとした直後、背の高い男が肩をつかんで覆いかぶさってきた。
ドサリと床に押し倒され、骨がきしむほどの力で両腕を拘束される。
もう一人の男が私の真横で膝立ちになり、私のあごを強引につかみ上げた。
「うぐっ……離して……っ!」
「おとなしく飲めば楽になれるぜ。ほら、口を開けな!」
小瓶の栓が抜かれ、頭を揺らすほどに甘く、毒々しい匂いが鼻腔を突く。
口を固く結んで拒もうとするが、男は指に力を込め口を割らせようとしてきた。
ガラスのふちが唇に触れ、紫色の液体がこぼれ落ちてくる。
(ユーリ……っ!)
心の中で彼の名を叫んだ、まさにその瞬間だった。
――ドガアァァンッ!!
耳をふさぎたくなるほどの爆音が、地下室全体を揺らした。
扉が弾け飛び、壁に激突して粉々に砕け散る。
「な、なんだ!?」
塵と煙が吹き荒れ、私を押し倒していた男たちが驚き叫ぶ。
煙の向こうから、ゆっくりと踏み込んでくる人影。
「……汚い手で、彼女に触れるな」
煙が晴れていくにつれて、そこに立つ人物の姿が露わになった。
太陽を編んだかのような金糸の髪。
暗い部屋の中であっても、蒼穹を思わせる空色の瞳。
そこには、怒りを全身から放つユーリの姿があった。
「ユ……ユーリ……!?」
出会った頃の穏やかな雰囲気は、今の彼には微塵もない。
手に握られた銀の剣が、薄暗い地下室の中で青白く煌めいている。
「な、なんだお前は! どこから入ってきやがった!」
「おい、こいつ例の金髪の男だぞ! やっちまえ!」
男たちがうろたえながらも、腰の刃物を抜いてユーリへと飛びかかった。
ユーリが迎え撃つのように、硬い石床を踏み込むのと同時だった。
銀の一閃。
男たちの持っていた薄汚れた刃が、真っ二つに折れ飛んだ。
「ひっ……!?」
「……俺の恩人を傷つけた罪、その体で償え」
凍てついた声とともに、ユーリの蹴りが男の胴体を一瞬で撃ち抜く。
男はくぐもった悲鳴を上げながら吹き飛び、壁に衝突して崩れ落ちた。
もう一人の男も、ユーリの剣の柄であごを砕かれながら、その場にのたうち回るように転がった。
たった数秒の出来事だった。
荒くれ者を瞬く間に制圧したユーリは、一直線に私のもとへと駆け寄ってきた。
「アイリス……! 無事か!?」
ひざまずいたユーリの手が、私を拘束していた太い縄を斬り飛ばす。
自由になって崩れ落ちそうになる私の体を、彼は優しく抱き起こした。
「ユーリ……っ、ユーリ……!」
彼の胸に顔を沈み込むと、清涼な香りが、そして温かな熱が私を包み込んだ。
震えていた体が、彼の腕の中で少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「すまない、遅くなってしまった……! 怖かっただろう、もう大丈夫だ」
耳元でささやかれる、胸が焦がれるほどに愛おしい声。
駆けつけてくれたユーリの腕の中で、私は心の底からの安堵とともに、あふれ出る涙を流し続けた。





