表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/20

10話 告げられた刻限、気付かないふりをする胸の痛み

 私はお茶を淹れながら、懸命に自分の乱れる気持ちを落ち着かせようとしていた。

 カップに湯を注ぎ、大きく息をひとつ、ふたつと吐く。

 トレイにお茶のカップをふたつ載せてリビングへ戻ると、ユーリは先ほどと同じ場所で、何か言いたげな表情で待っていた。


「お待たせしました、ユーリさん。熱いので気をつけてくださいね」


 私はいつものように明るい声を作り、小机にカップを置いた。

 向かいの椅子に腰を下ろし、自分のカップを両手で包み込む。

 湯気が立ち上る中、ユーリはカップに手を伸ばさず、じっと私を見つめていた。


「……アイリス」


「はい?」


「話さなければならないことがあるんだ」


 ユーリの凛とした声が、夜の静けさが落ちた部屋に響いた。

 ずっとその予感はしていた。

 分かっていたはずだった。

 けれど、いざその時が訪れると、胸が、喉が締め付けられるような息苦しい心地になる。


「怪我も良くなった。これ以上、君に甘えているわけにはいかない」


 ユーリは一呼吸置き、平静を保ちながら言葉を繋いだ。


「――明日の朝、この家を発とうと思う」


「……っ」


 ついに言われてしまった。

 残された時間は、あと少ししかない。


 嫌だ、行かないで、ずっとここにいてほしい。


 そんな身勝手なわがままが、喉のすぐ裏まで押し寄せてくる。


(だめよ、アイリス……! わがままを言っちゃダメ。彼には追われている事情があって、やるべきことや人生があるんだから……!)


 私は、湧き上がる感情を胸の底へと押し込めた。

 両手で握りしめたカップの温もりにすがりながら、全力で笑顔の形を唇の上に作りあげる。


「……そうですか。明日ですね」


 自分でも驚くほど、声と言葉が軽やかに出せた。


「怪我が無事に治って、本当によかったです。どこへ行かれるのかは分かりませんけれど、これで安心して旅立てますね! 手当てをしたかいがありました」


 春の花が咲くように、明るい笑顔を作ってみせる。

 彼に心配をかけたくない。

 自分を救ってくれた命の恩人が、別れ際に暗い顔をしていたら、彼だってここを出発しにくくなってしまうだろうから。


「……アイリス、君は……」


 ユーリが私の表情を見て、どこか悲しげな声をかけてきた。

 彼を見ていられなくて、私はカップに視線を落としたままだ。


「本当に、感謝している。君が俺を拾ってくれなければ、俺はあの庭で力尽きていたか、追手に捕まっていた。君がくれた温かい食事も、優しい言葉も……俺にとっては、生涯忘れることのない宝物だ」


 ユーリの声はどこまでも優しく、そして切なく私の心に反響する。


「だが、俺の存在は君にとって危険でしかない。追っ手の影がいつこの近くまで及ぶかも分からないんだ。君をこれ以上、危険に巻き込むわけにはいかない」


 ユーリは強がる私の横顔を包みこむように見つめながら、苦渋に満ちた息を吐き出していた。


 彼は、私を守るために去るのだ。

 自分と一緒にいることで私に危険が及ぶのを恐れ、去る決断をしてくれたのだ。

 お互いに、相手の安全と幸せを第一に祈っているからこその結果だ。


「……ユーリさん」


 私は顔を上げ、彼の空色の瞳を見つめ返した。

 瞳の奥から込みあげる熱いものを、なんとか笑顔で押し返す。


「感謝なんて言わないでください。私はただ、自分がしたいと思ったことをしただけです。あなたが無事でいてくれることが、私にとって一番のお返しなんですから」


「アイリス……」


「だから、そんなに難しい顔をしないでください。怪我が治って、本当に良かったです」


 そう言って笑ってみせると、ユーリは苦しそうにまぶたを閉じた。


「……ああ。君と過ごしたこの数日間は、俺の人生で最も穏やかで、大切な時間だったよ」


「そんな風に言っていただけると、鼻が高いです。私にとっても、ユーリさんと過ごした時間は宝物ですから」


 明日の朝には、この部屋にユーリはいない。

 彼が座っていたソファも、一緒に並んだキッチンも、全部私一人だけの空間に戻ってしまうのだ。

 残された時間を数えながら、私は胸の奥の痛みを隠し続けた。

ここまでご愛読ありがとうございます。

ブックマーク・評価などを頂けると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【代表作】→悪役令嬢は全員生存エンドを目指す
◆累計ページビュー15,000pv超え感謝◆

jxf45kdwd5njgrn14c3xe0qckmwv_rbw_8c_b0_4d3o.jpg

あらすじ→「全員生き残るか、一人残らず死ぬか」その二択しかない極限の乙女ゲーム。
前世の記憶を取り戻したルナリアは、自分が"全滅エンド"を招く悪役令嬢だと知る。
導き出した答えは、誰とも関わらず、孤独に生きること。
そう誓った矢先に出会ってしまったのは、攻略対象——公爵令息のグレン。
父の虐待を見抜き、どんなに突き放しても離れない彼に、距離を取ろうとするほど執着されていく。
やがて暴かれる、最初から大切な人を"殺す力"を宿していたという残酷な真実。
それでも彼は、皆の前で誓った。
「生涯をかけて君を幸せにする」と。
虐げられた令嬢×公爵令息。
作品ページはこちら→「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ