第15章1節 ローマ 247年10月 旅立ちから28ヶ月
オスティアの波止場を離れ、テヴェレ川沿いの街道を北東へたどった。踏み固められた土の道が、やがて石畳に変わった。荷を積んだ驢馬の列、車輪の軋む荷車、天秤棒を担いだ物売り。すれ違う旅人の数は、進むごとに増していった。一人一人の顔を見分けることが、途中からできなくなった。人の流れに、自分の足取りが自然と合わせられていくのが分かった。
荷を担ぎ直すたび、腰の環首刀と、帯の後ろの革鞄の位置を確かめた。楼蘭からつづく、いつもの動作だった。陸に上がってからの日差しは、船の上とは違う熱を持って肌に落ちてきた。
道端に、荷を下ろして休む隊商の一団がいた。積み荷の匂いで、油と皮と穀物が混じり合っているのが分かった。呼び売りの声が、あちこちから重なって聞こえてくる。長安の市の喧騒とも、カシュガルの大バザールの喧騒とも違う、もっと途切れない密度の音だった。
道端に立つ石柱が、間隔を置いて次々と現れた。数字と、簡潔な地名らしき文字が刻まれている。里程標だろうと見当をつけた。数字は、進むごとに減っていった。減っていく数字だけが、目的地までの距離を、感情を挟まずに教えてきた。
すれ違う人々の身なりも、これまで通ってきたどの土地よりも入り混じっていた。麻布を体に巻いた者、染めた布を重ねた者、荷を背負った一団を鞭で急かす男。言葉の抑揚も、一様ではなかった。複数の響きが、道の上で重なっては解けていった。
街道の先に、高い弧を描く石造りの橋が、幾重にも連なって見えてきた。一つではなかった。角度の違う何本もの橋が、丘の陰から現れては、また別の丘の向こうへ消えていく。世界史の授業で見た写真が、頭の隅で像を結んだ。教科書の隅に小さく載っていた白黒の写真より、実物ははるかに大きく、はるかに長かった。橋の上を、水が流れているのだと、写真の下の説明文にあった一文を思い出した。高低差だけで水を運ぶ仕組みだと、先生が黒板に線を引きながら話していたことも、遅れて浮かんできた。近づくと、石の継ぎ目に緑の苔が這い、頭上のどこかから、絶え間なく水の流れる音がしていた。
橋のたもとに、文字が刻まれた石柱が立っていた。初めて見る書体だったが、目で追うと、意味の方が勝手に頭へ流れ込んできた。皇帝の名と、この水道を作らせた年とが刻まれているだけの、素っ気ない碑文だった。読み終えて、また足を前へ出した。
橋の下を、街道が抜けていく。人と荷が、途切れることなく通り抜けていった。橋のたもとに、槍を手にした男たちが立っていた。数えると、五、六人はいた。金属の板を何枚も重ねて胸から腹まで覆い、足元には大きな盾が立てかけてある。腰にも、短い剣を差していた。武器も鎧も、一人として欠けている者がいない。誰も彼も、同じ形の装備を、同じ位置に身につけていた。
これまで見てきた武装とは、質が違った。長安で見た魏の兵は、革の札を綴り合わせた鎧に、長柄の矛を構えていた。西域の国々の門番は、国ごとに意匠も材質もまちまちで、揃いの装備という発想自体がなかった。クテシフォンの宮殿を守るサーサーン朝の兵は、鎖を編んだ重い鎧に身を固め、儀仗のような重々しさで立っていた。ここは、そのどれとも違う。金属の板を、規則正しく重ねて留めただけの、簡素だが隙のない形が、何人並んでも寸分違わず続いていた。装備そのものが、個人の裁量ではなく、決まりごととして揃えられている。歩みが、わずかに鈍った。
見張りというより、通行の整理に近い立ち方だった。それでも、視線だけは、しばらくその列から離れなかった。誰も、足を止めさせられなかった。
川沿いには、荷を積んだ平底船が何艘も舫われていた。麻袋や壺を積み替える男たちの声が、水音に混じって響いてくる。倉らしき建物が、川に沿って延々と続いていた。穀物の匂い、魚の匂い、濡れた木の匂いが、風向きの変わるたびに入れ替わった。
石畳の広さが、これまでの都のどれとも違った。轍が、幾筋も交差していた。石を積んだ背の高い建物が、道の両側に隙間なく並んでいる。三階、四階、あるいはもっと上まで。窓から布や籠を吊るす手、階段を上り下りする足音、上階から水を撒く仕草。壁のひび、剥がれた漆喰、洗濯物の並ぶ紐。焼いた油の匂いが、二階の窓から漏れてくる。金物を打つ音が、路地の奥で規則正しく続いていた。人が積み重なって暮らしている、その密度だけで、都市の大きさが分かった。驚きは、なかった。ただ、これまで数えてきた都の連なりの、最後の一つの中に、今、体ごと入り込んでいるという事実だけがあった。
建物の合間、遠くに、白く光る屋根の連なりがいくつか覗いた。神殿らしき輪郭だったが、数が多すぎて、どれがどれなのか見当もつかなかった。柱の並び方も、屋根の形も、一つとして同じものがなかった。目を留めたのは、それだけだった。足は止めず、そのまま通り過ぎた。
日が傾き始めた頃、路地に入り、安宿を探した。一軒目は満室だと手で追い払われ、二軒目は戸口の奥から酒の匂いが外まで漂ってきていて、足を止めずに通り過ぎた。三軒目で、ようやく呼び込みの男に声をかけられた。導かれるまま、狭い階段を上り、板の間に通された。窓は小さく、藁の敷かれた寝台が一つ。壁の漆喰は、あちこち剥げていた。天井の低さに、頭を少しかがめた。一晩の宿代を、指で示された数字で確かめた。頷き、荷を下ろした。
巾着の紐を解き、重さを手のひらで量った。板の間に、銭を一枚ずつ並べていった。アンティオキア、マルタ、シラクサ、それぞれの荷役で得た分が、多少の足しになっていた。刻まれた顔の輪郭がどれも違う、見慣れない銭だった。数え終えて、また一枚ずつ巾着に戻した。潤沢ではない。それでも、少なくとも十数日分の宿代と食費なら、まだ賄えるだけの重さだった。だがこの街の相場がまだ分からない以上、無駄には使えない。巾着を、懐の内側へ押し込んだ。
夜、板の間の隅で、いつもの型をこなした。環首刀を鞘から抜き、刃を確かめてから、また納めた。短刀も同じように。革鞄からレーザーガンを取り出し、引き金に指をあて、元の場所へ戻す。それを何度も繰り返す。
脹脛の張りを、片手で押さえた。四十日あまり、板の上でしか使わなかった足が、石畳の上に対応できていない。船を降りてからの陸路の反動が、まだ体の芯に残っていた。今日はもう歩けない、と体のほうが拒否しているように感じた。
消耗した体で歩き回っても、見落としが増えるだけだ。焦って探すより、まず体を戻す方が早い。手記に、門の形も場所も書かれていない以上、時間はどうせかかる。ならば、最初の一日をどう使うかは、計算のうちだ。明日は探さない。まず休み、宿の周りで話を聞く。それだけを決めて、灯りを消した。窓の外を、荷車の音がまだ通り過ぎていった。




