第13章5節
アンティオキアの城壁が見えてきたのは、正午前だった。これまで通り過ぎてきたどの港町よりも、壁が高く、長く続いていた。門をくぐると、石畳の広い通りが真っ直ぐに奥へ伸びていた。両脇に並ぶ建物は、白い石造りで、二階建て、三階建てのものも珍しくなかった。柱の並ぶ回廊が、通りの両側に長く続いている。クテシフォンで一瞬だけ目にした造りが、ここでは街全体を覆っていた。
行き交う人々の言葉も、また変わっていた。ペルシア語の抑揚が薄れ、聞き慣れない響きの言葉が増えていく。頭の中には、いつも通りそのまま入ってきた。ただ、音の並び方だけが、耳に新しかった。
隊商は、市壁の内側で解散した。荷主から日当を受け取り、頭を下げて別れた。一人になって、まず宿を探した。水路沿いではなく、波止場に近い一角に、小さな宿を見つけた。
荷を下ろすと、すぐに会所を探した。宿の主人に場所を聞き、教えられた通り、波止場に近い広場の脇へ向かった。
会所の中は、メルブのそれよりも活気があった。机に向かう書記が何人もいて、帳面をめくる音と、荷主らしき客の声が絶えず響いていた。順番を待ち、机の一つに近づいた。
「西へ向かう船を探しています。ローマまで」
「ローマなら、寄港を重ねる船になる。ロードス、クレタ、マルタ、シラクサ、オスティアと、あちこちに寄りながら進む」
「船を乗り換えずに行けますか」
「乗り継ぎなしの船も、ないことはない。ただし、その分船賃は上がる。積み荷や乗客を入れ替える手間がない分、船主が高く取る」
書記が、壁に立てかけられた板を指さした。
「そこに、船の札が並んでる。船籍と船主の名がない船には乗るな。聞いたことがあるか。こちらも決まりで仕方なく載せてるんだ」
「はい。聞きました」
短く答えた。板の前に立ち、名を一つずつ目でなぞった。船主の名の下に、往復の実績を示す印がいくつか刻まれている。印の多い名を、頭の中で拾い出した。板の端には、値の違う船が並んでいた。安いものほど、印の数が少なかった。
「この船は」
一つを指さして聞いた。
「古株だ。難破の記録はない。ただし、高い」
「他に、同じくらいの船は」
書記が、二つほど名を挙げた。どちらも、乗り継ぎなしでローマまで行く船だという。それぞれの出港予定日と、寄港地を聞いた。ロードス、クレタ、マルタ、シラクサに寄り、そのままオスティアまで進む。船を替える手間がない分、通常より高い船賃だった。名と日付を、頭の中に留めた。
会所を出て、埠頭を歩いた。大小の船が、何艘も停泊していた。帆を畳んだ船体が、波に合わせてゆっくりと上下していた。木材と、タールと、潮の匂いが混じり合っていた。荷を積み込む男たちの声が、あちこちから聞こえてきた。滑車の軋む音、綱を引く掛け声、荷が甲板に落ちる鈍い音。これまで歩いてきた乾いた道とは、音の種類がまるで違った。
聞いてきた名を頼りに、候補の船を一艘ずつ探した。船体の側面に、船主の名が刻まれた板が打ち付けられている。板の文字と、会所で見た名を、頭の中で照らし合わせた。一艘は、甲板が広く、荷を積む男たちの動きも手慣れていた。船体の継ぎ目を、遠目に確かめた。傷みは見当たらなかった。
日が傾きかけた頃、光が海面に反射して、埠頭全体が薄い金色に染まった。停泊する船の帆柱が、その光の中で黒い線となって並んでいた。しばらく、その眺めを見ていた。
宿に戻り、荷の底から巾着を取り出した。銭を、一枚ずつ卓の上に並べた。クテシフォンでの日当、ユーフラテス沿いでの日当、道中の港町での荷運びの分。于闐、カシュガル、サマルカンド、メルブ——数え切れないほどの街で稼いだ分の、最後の積み重ねだった。すべてを合わせて、指で数えた。
板に刻まれていた船賃の数字と、頭の中で突き合わせた。
足りる。
もう一度、数え直した。同じ答えだった。桁は、変わらなかった。メルブで数えたときとは、違う答えだった。
袋の口を、結んだ。手元に、ほとんど何も残らない額だった。それでも、足りないよりは、はるかによかった。
翌朝、会所へ戻った。昨日聞いた名の中から、印の一番多い船を選んだ。
「この船で」
「良い選択だ。三日後に出る。乗り継ぎなしで、ロードス、クレタ、マルタ、シラクサに寄って、オスティアまで」
「船を替えることは、一度もないんですね」
「ない。この船一隻で、最後まで行く。その分、高くついたがな」
船賃を、その場で払った。書記が帳面に名を書き入れ、小さな木札を渡した。
「これを、乗船のときに見せろ。船主が確かめる」
「出港は、朝ですか」
「夜明け前だ。日の出前に、桟橋にいろ。遅れた者を待つ船はない」
木札を、懐にしまった。護符の隣に、新しい重さが加わった。
「三日後、ここの桟橋だ。遅れるなよ」
「分かりました」
会所を出ると、埠頭の風景が、昨日とは少し違って見えた。三日後、あの船のどれかに乗る。名前も知らなかった船が、急に近い存在になった。
残りの三日は、宿の近くで日雇いの荷運びに入った。もう船賃の足しにする必要はなかったが、じっとしているよりは、体を動かしていた方が落ち着いた。倉の男に、いつまでいるのか聞かれ、「三日後に発ちます」とだけ答えた。それ以上は聞かれなかった。




