第12章1節 メルブ 247年3月 旅立ちから21ヶ月
砂の色が、変わり始めていた。
黒から、灰色へ。灰色から、茶色へ。踏む感触も、少しずつ変わっていった。硬く締まった黒砂から、乾いてはいるが柔らかく崩れる土へ。足の裏が、その違いを先に覚えた。
賊との戦いを終えてから、三日が経っていた。六人分の亡骸から得た水と干し肉は、まだ底を見せなかった。朝、休む前に荷を数えた。干し肉は、まだ十数切れ。水袋は、五つとも重かった。数えて、袋の口をきつく結び直した。
三日目の昼過ぎ、地面に短い草が生え始めた。踏んでも、もう砂は跳ねなかった。乾いた風に、微かな湿りが混じるようになった。唇の皮に、それが染みた。
音が、先に届いた。
低く、途切れない水音だった。一つではなかった。右から、左から、少し離れた場所からも、同じような音が重なって聞こえてくる。タクラマカンでも、カラクムでも、水は探すものだった。見つけるまで、ないものとして歩いた。ここでは、探す前に、音が向こうから流れ込んできた。
足を速めた。速めたつもりだったが、体は応えなかった。それでも、足取りは前より軽く感じた。
鳥の声が、聞こえた。
一羽ではなかった。低い茂みの中から、何かが動く気配もあった。カラクムでは、飛ぶ鳥も、走る獣もいなかった。骨と、砂と、風の音だけの世界だった。今は、羽ばたきと、小さな鳴き声が、耳に触れては消えていく。立ち止まって確かめることはしなかった。ただ、耳がそれを拾い続けた。
緑が、増えていった。丈の低い灌木から、膝丈の草地へ。やがて、葉を茂らせた木の列が、地平線に沿って現れた。並び方が、自然のものではなかった。等間隔に伸びる幹の列は、人の手で植えられたものだと、すぐに分かった。
空気が、変わった。乾いた砂の匂いの下に、湿った土と、青い葉の匂いが混じり始めた。骨の白さも、風の音だけの世界も、いつの間にか背後に退いていた。振り返らなかった。
木立の向こうに、城壁が見えた。
一枚ではなかった。手前に低い壁、その奥にもう一段高い壁、さらに奥に、また別の壁の影が重なっている。一、二、三。指を折って数えかけて、途中でやめた。四重目があるのかどうか、この距離からでは分からなかった。層になった壁の連なりは、于闐でも楼蘭でも見なかった造りだった。
水路が、外壁の外側にも走っていた。石を組んだ細い溝を、澄んだ水が絶え間なく流れている。屈んで手を浸すと、冷たさが指先から手首まで這い上がった。カラクムの埋まった砂に残っていた昼の余熱とは、まるで違う冷たさだった。手のひらに、その冷たさをしばらく留めた。
顔を上げると、水路の縁に、湿った土の色が濃く残っていた。肌に触れる空気にも、湿り気があった。乾いてひび割れていた唇の皮に、それが染みた。舌で確かめると、いつもの塩辛さの下に、わずかな柔らかさが戻っていた。
水路沿いに、果樹の枝が張り出していた。実の形まではまだ分からなかったが、葉の密度だけで、緑の量が于闐やブハラとは桁違いだと分かった。枝の下を通るたび、影の濃さが変わった。日差しが遮られるたびに、肌の熱がわずかに引いた。木立が途切れると、また日が戻った。その繰り返しだけで、この土地の緑の厚みが分かった。
門をくぐった。
衛兵が、槍を持って立っていた。旅装の汚れと荷の少なさに、一瞬目を向けただけだった。何も聞かれなかった。
城内は、水音でできていた。表通りの脇にも水路、路地の奥にも水路。どこを歩いても、複数方向から音が届く。乾いた喉に、その音だけで唾が湧いた。
多層の城壁の内側に、さらに市壁があるらしかった。奥へ進むごとに、また新しい壁が現れる。楼蘭の城壁の何倍もの規模だと、歩きながら体で理解した。頭で数えるより先に、足の運びが距離の遠さを覚えていた。
通りには、荷を積んだ驢馬や、桶を運ぶ人の姿があった。焼いたパンの匂いが、どこかから流れてきた。空腹の胃が、鈍く反応した。だが、足は止めなかった。まず宿だった。
日が傾き始めていた。荷を担ぎ直し、宿を探した。
水路沿いの一角に、小さな旅籠があった。戸口に立つと、中から老いた主人が顔を出した。旅装と、腰の環首刀に、一瞬だけ目を留めた。
「一部屋、頼めますか」
「一晩か」
「はい」
「銭は」
賊から得た小袋を一つ、差し出した。主人が中身を確かめ、頷いた。
「奥だ」
案内された部屋は、狭かったが、寝台があった。窓の外にも、水路が見えた。夕暮れの光を受けて、水面が細かく揺れていた。
荷を下ろした。寝台に腰を下ろすと、体の芯から重みが抜けていくような感覚があった。窓の外の水音を聞きながら、しばらく動かなかった。
壁越しに、下の階から鍋の音が響いていた。誰かの話し声、笑い声も、途切れ途切れに届いた。人の声のある建物の中で眠るのは、久しぶりだった。それを、特に何とも思わなかった。ただ、体の力が少しずつ抜けていくのが分かった。
やがて、水路の水で顔を洗いに外へ出た。冷たさが、頬から額まで広がった。手のひらに残る土と血の匂いが、いくらか薄れた気がした。指の爪の間に入り込んでいた黒い砂も、水の中で少しずつ流れていった。
両手を、水面の上にかざした。骨の形がはっきり浮いた手の甲、荷紐の跡が薄く残った手首。カラクムを出てからの日数が、そのまま形になって残っていた。しばらく眺めてから、手を下ろした。
就寝前の型だけは、崩さなかった。環首刀の柄を握り、鞘を払い、納める。三度、その動きを繰り返した。続けて、革鞄から銃を引き出し、安全装置の位置を指で確かめてから戻した。短刀も鞘から抜き、刃を検め、また納めた。手の感覚が、まだ鈍っていないことを確かめただけだった。
型を終えてから、環首刀を鞘ごと帯から外し、寝台の脇に立てかけた。革鞄も、枕元に置いた。
空を見上げると、まだ明るさが残っていた。星は、まだ出ていなかった。窓の外の水音は、消える気配がなかった。




