第11章4節
膝を伸ばしかけたところで、気配に気づいた。
複数の足音。靴ではない、サンダル履きのような足の運び方。前方、少し右手の岩陰から近づいてくる。数を数えた。六。
荷は、まだ足元にあった。担ぎ直す暇はなかった。そのまま地面に置き、腰を上げた。大きく息を吐いて、吸った。体の底に沈んでいた重さが、少しずつ軽くなっていく。
月明かりが、黒い砂丘の稜線を白く縁取っていた。その稜線の向こうから、松明も持たない六つの人影が、じわりと囲むように現れた。若い男たちだった。服の上に粗末な革を重ね、腰に刀や斧を下げている。歳の頃は、私とそう変わらないように見えた。目つきだけは、妙にぎらついていた。
半円を描くように、じりじりと間合いを詰めてくる。逃げ場を塞ごうとする動きだったが、慣れた連携ではなかった。数だけで押し切ろうとしているのが、動きの端々から伝わってきた。
張老の環首刀の鞘に、左手の指が触れたがすぐに離した。まだ、抜くときではなかった。
一人が、仲間を振り返りながら声を上げた。芝居がかった調子だった。
「見ろよ、女一人だ。運がいいな、今夜は」
周りの男たちが、笑い声を上げた。一人が得意げに刀を抜いてみせる。切っ先を月明かりに向け、仲間の視線を集めようとしている。仲間内でのそういった自分の見せ方に、覚えがあった。若さと、群れの中でだけ大きくなる声。敦煌の路地で見た、似たような若者たちの姿と重なった。
「荷物、置いていけよ。お嬢ちゃんも、ついでに」
低く笑う声。聞き覚えのある口上だった。前にも、似たような言葉を、似たような場面で聞いたことがあった。あのときは、その言葉の意味を、まともに受け止める余裕さえなかった。
「なんだ、返事もしねえのか」
別の男が、下卑た笑いを漏らした。刀の柄を、手のひらでとんとんと叩いている。
「怖くて声も出ねえか。だったら大人しく——」
今は、違った。
「うるさい」
低く、独り言のように零れた。誰に向けたのかは、自分でも分からなかった。
言い終わる前に、体が動いた。
左手が鞘を押さえながらわずかに引き、右手で環首刀を鞘走らせながら、右足を大きく踏み込んだ。切っ先が鞘から抜けると同時に、抜き打ちの一閃が走った。一番近くにいた男——女一人と侮って距離を詰めていた男の首を、刃が半ばまで断った。血が噴き出す音より先に、刃が骨に当たる硬い感触が、柄を通して手のひらに伝わった。男は声も出さずに崩れ落ちた。
砂の上に広がる黒い染みが、目の端に映ったが、見つめる時間はなかった。
残りの五人が、一拍遅れて悲鳴に近い声を上げた。
「な……なんだ、こいつ……!」
五人が、ほとんど同時に得物を構え、距離を詰めてきた。私は刀を握ったまま、後ろを向いて走り出した。
「逃げるのか、待て——」
砂を蹴る音と罵声が、背後から一斉に迫ってきた。距離を測って、一気にペースを上げた。中学の陸上部で染み込んだ走り方が、そのまま体を運んだ。荷を置いてきた体は、思ったより軽かった。少し息が上がる。だが、足は乱れなかった。追手の息遣いと足音が、少しずつ遠ざかっていく。
背後で、砂に足を取られて転ぶ音がした。振り返らなかった。距離と数だけを、耳で測り続けた。
充分な距離を取ったところで、走りながら留め具を跳ね上げ、革鞄に左手を差し込んだ。グリップに指が触れ、安全装置を弾きながら銃を引き出す。振り返りざま、両足を止めて構えた。
トリガーに指が触れた瞬間、赤いレーザーサイトが、闇の中に灯った。先頭で追ってきた男の胸に、その点が吸い付いた。
「ピ」
引き金を引いた。「シュッ」という小さな蒸発音。先頭の男の胸に、赤い点が吸い込まれ、男はまばたきする間もなく崩れた。倒れる音は、思ったより小さかった。
もう一人が、驚愕の表情のまま足を止めかけた。その隙を逃さず、二発目。首筋を捉え、そのまま砂の上に沈んだ。
焦げた布と、灼けた肉の匂いだけが、微かに鼻をかすめた。銃を握る手のひらは、汗ばんでいなかった。震えてもいなかった。
残る三人が、顔を見合わせ、踵を返して逃げ出した。虚勢はもう、どこにもなかった。仲間が三人、声もなく倒れたのを見て、それだけで十分だった。
一人が、逃げながら振り返った。何か叫ぼうとした、その顔に、赤い点が映った。
「ピ」
引き金を引いた。「シュッ」。声は、出なかった。男はそのまま、後ろざまに倒れた。
二人が、まだ砂を蹴って逃げていく。悲鳴も、罵声も、もう聞こえなかった。ただ、荒い息と、足音だけが遠ざかっていく。
銃を握ったまま、その背中を見据えた。まだ、終わっていなかった。




