第11章1節 カラクム砂漠 246年12月 旅立ちから18ヶ月
ブハラを出たのは、十二月に入ってすぐだった。
アム川の渡河点近くの集落で、冬を越すことにした。宿を営む老夫婦に頼み込み、羊番の仕事をもらった。
給金は出せないが、その代わりに寝床と食事の面倒を見る、出立の日には道中の食料を分けてやる——それが、老夫婦との約束だった。
朝、柵を開ける。羊が押し合いながら外へ出てくる。一頭が体をこすりつけてきた。毛に手を埋めると、指の間を柔らかい毛が押し返してくる。奥のほうは、体温でほのかに温かい。冷えきった朝の中で、そこだけが温かかった。手を離すのが、少しだけ惜しかった。
初めのうちは、まだ朝の光に色が残っていた。日を追うごとに、それが薄くなっていった。吐く息が、白く固まって見えるようになった。水桶の表面に薄氷が張るようになり、朝いちばんの仕事は、それを割ることだった。羊の毛にも、うっすらと霜が降りている日があった。手のひらで払うと、粉のように散った。
群れを追って、枯れかけた草地へ出す。羊の数を数える。柵の綻びを繕う。薪を割る。夕方、また柵へ戻す。同じ日課を繰り返し、日々が過ぎていった。
薪割りと羊毛の脂で、指の皮が荒れた。爪の際が割れ、掌に小さな豆ができた。
ある晩、柵の中の数が、一頭足りなかった。ランタンを手に、外へ出た。遠く、稜線の向こうで、獣の遠吠えが一度だけ上がった。低く、長く尾を引く声だった。柵の裏手で、迷い出た一頭がうずくまっているのを見つけ、首を抱いて連れ戻した。羊たちが、いつもより身を寄せ合って眠っていた。
宿に戻り、荷の中の手帳に触れた。開かなかった。指で、表紙の上をなぞって止まった。また元の場所にしまった。
考えることは、少なかった。それが今はありがたかった。
ある日、火のそばで、この先の道のことを尋ねた。主人が、火箸で灰に絵を描きながら話してくれた。
カラクムの中にも川が一本流れているという。アム川とは別の水系で、南東から北西へ、大きく蛇行しながら抜けていく川。カラクムを横断する道筋は、その川を何度か突っ切る形になるのだという。
ただし、今の時期は当てにできない。厳冬のうちはアム川の水が減って渡りやすくなるが、代わりに、砂漠の中の川は涸れる。水を汲めるとは思わないほうがいい。逆に、四月が近づくとアム川が増水し、今度は渡ることが難しくなる。春に動くとしたら、その狭間の時期だけだ、と主人は言った。
一月、二月。日課は変わらなかった。朝、繕った柵の隙間から、主人の連れ合いの老女が、欠けた椀に多めの粥をよそって差し出してきた。湯気が、かじかんだ指先に触れた。老女は、皺の寄った目元をわずかに緩めただけだった。礼を返し、その場で口をつけた。腹の底まで、熱がゆっくり落ちていった。
三月になり、主人に出立を告げた。
出立の朝、主人が、干し肉と干し杏の包みを渡してきた。約束の食料だった。
「ちょっと早いかもしれない。まあ、大丈夫だと思うが」
ここに、もう三ヶ月近くいる。こんなに待てるくせに、ブハラでは、サムフルの言葉を最後まで待てなかった。壊してしまった時間は、もう取り戻せない。だからこそ、今ここにある時間を、無駄にしたくなかった。
渡河点まで、主人が見送りに来た。
「ここから先が、カラクムだ。黒い砂漠だよ」
礼を言って、川を渡った。
タクラマカンは、金色だった。
カラクムは、黒かった。
砂の色が違う。地平線の色が違う。同じ「砂漠」という言葉で括られているのが、不思議なくらいだった。踏むと、タクラマカンより少し硬い感触が、足の裏に伝わってきた。
夜間移動、昼休憩。砂漠移動のルーティンは、もう体が覚えていた。日が沈む前に荷をまとめる。方角を確かめる。北の星を見る。歩き出す。考える前に、足が動いていた。
タクラマカンのときは、親父さんの助言を頭の中で繰り返しながら歩いた。「日が高くなる前に、休憩に入らなければ」と、自分に言い聞かせるように。今は、言い聞かせる必要がなかった。日が薄明るくなる頃には、もう目が勝手に野営地をしている。
砂を掘る。深さを確かめる。荷を脇に置く。上着で体を覆う。砂を被せる。一連の動作に、迷いがなかった。
骨は、ここにもあった。
白く乾いた骨が、点々と砂の上に転がっている。獣のものか、人のものか、確かめる気にはならなかった。タクラマカンで最初に見たときは、目を逸らした。今は、ただ視界の端を通り過ぎていくものとして見た。
ここにも飛ぶ鳥はいない。走る獣もいない。風の音だけが、黒い砂の上を渡っていった。
西へ、足を進めた。




