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還る手帳 ―少女はシルクロードをゆく―  作者: 吉原タシ


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第10章3節

ブハラに着いて数日が経った。


その日の昼、私はまた宿の部屋で地図を広げていた。ブハラからアム川までの距離、渡河できる時期、その先メルブまでの道筋——頭の中で数字を組み立て、指で経路をなぞる。悪くない計算だと思った。


夕方、階下の食堂でサムフルと落ち合った。


炙った肉と胡餅《こへい》が並んだ卓で、私は考えをそのまま口にした。


「二週間ここで稼いで、それからアム川へ向かう。冬になる前に渡れるかどうかは現地で判断する」


サムフルは、少し黙った。


肉を取ろうとしていた手が、途中で止まっていた。


「俺には聞かないのか」


一拍遅れて聞き返した。


「何を」


「次の話。アム川の話」


「聞いたら何か変わった?」


それは問いの形をしていたが、答えを求めている声ではなかった。言ってしまってから、自分の声の硬さに気づいた。


サムフルの顔つきが、少し変わった。怒りではなかった。何かが、静かに積み重なってきた——そういう顔だった。


「……サマルカンドでも、ここまで来る間も、全部そうだった」


低い声だった。


「お前が決めて、俺がついていく。俺が何か言っても、『大丈夫』とか『こっちで考えとく』とか、それだけで終わる。なんでそんなに一人で抱えるんだ。俺じゃ駄目なのか」


言葉は、それほど長くなかった。でも、一つ一つが重かった。


私は、何も言えなかった。


サムフルの目に映っていたのは、責めているという色ではなかった。もっと別のもの——長い時間をかけて溜まっていったものが、ようやく形になって出てきた、という色だった。


胡餅を持ったまま、手が止まっていた。


食堂の炉の火が、小さく爆ぜた。遠くで、夕方の礼拝の声がまた流れ始めていた。いつもなら、その声を「一日に何度もするね」とどちらかが言い出すはずだった。


今夜は、どちらも何も言わなかった。


サムフルは、私の返事を待っているようだった。


食堂の炉の火が、また小さく爆ぜた。


私は、まだ持ったままだった胡餅を皿に戻した。


「ごめん」


先に口を開いたのは、私の方だった。


「さっきの言い方、きつかったよね。『聞いたら何か変わった?』なんて。そんなふうに言うつもりじゃなかったんだ」


サムフルは、何も言わなかった。ただ、こちらを見ていた。


「サムフルのこと、荷物持ちだなんて思ってないよ。本当に」


「わかってるよ。頭では」とサムフルが言った。声に、棘はなかった。ただ疲れたような響きがあった。「でも、頭でわかってることと、実際にどう扱われてるかは、別だろ」


「……そうだね」


認めるしかなかった。


「じゃあ、これから何か決めるときは、ちゃんとサムフルにも聞くようにする。それでいい?」


無理に明るい声を出そうとしている自分に、言った後で気づいた。笑って、軽くして、丸く収める——長安からの隊商の中でも、敦煌《とんこう》の旅籠でも、そうやって場をやり過ごしてきた。


「そういうことじゃないんだよ」


サムフルの声は、静かだった。


「今からそうする、って約束されても、なんでこれまでそうじゃなかったのかが、わからないままだ」


「……それは」


言葉に詰まった。


「その方が早い、って前に言ったよな。でも、それだけじゃない気がする」


食堂の他の客は、いつの間にかいなくなっていた。主人が奥で片付けをしている音だけが、遠く聞こえていた。


「二階、行こうか」


私が言った。


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