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還る手帳 ―少女はシルクロードをゆく―  作者: 吉原タシ


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第9章6節

路銀の数字が、出発できる水準に届いた。問屋の仕事は都度払いだったが、通訳の仕事が立て続けに入った。カシュガルでやった帳簿読み上げも、ここでも使えた。


サムフルの商談も片付いていた。


「いつ出る」と聞いてきたのはサムフルの方だった。


「明日の朝」


「わかった」


それだけで、サムフルは宿の外へ出ていった。


---


夕方、広間で荷物を広げた。


革鞄の中身を一つずつ確認する——保存食の量、水袋の状態、刀の手入れ。

護符の紐が傷んでいたので、新しいものに変える。白玉の光沢が、広間の明かりを薄く含んでいた。


「それ、お守り?」


サムフルが通りかかりながら言った。立ち止まらずに、視線だけこちらへ向けた。


「于闐《ホータン》で、工房の人にもらったの」


「大事にしてるんだな」


足音が続いた。広間の奥へ向かっていった。


踏み込んでこなかった——それが、サムフルだった。「どんな工房か」「なぜ、いつもらったのか」どれも聞かなかった。


護符を首に戻した。荷の確認を続けた。


---


夜になって、気づいた。


さっき踏み込まれなかったことが、奇妙なほど安心させた。


于闐で師傅《シフ》から護符を受け取ったあの夕方から、誰かに見せたことがなかった。隊商の仲間と並んで歩いていても、野営の焚き火の傍にいても、護符は常に服の内側にあった。誰も知らない。誰にも話したことがなかった。


それは当然のことだと思っていた。


でも護符を知ったサムフルに一言で返して、そのまま荷の整理に戻れたことが——さっきの広間での感触が、なんとなく心地よかった。


---


横になっても眠れなかった。


部屋の壁に背を預けて目を閉じた。目を閉じると、いくつもの点が並んだ。


広間で出くわして食事をした夜。市場でサムフルの交渉を見ていた昼。サムフルの漢語の冗談。練習を知られ、何も言わなかった朝。アルダフシルとのやり取りを聞きながら、ザクロの粒が弾けた感触。


言語化しようとしても、言葉になる前に次の点が来た。


——私はローマへ行く。


頭に浮かぶ点を振り切って、言葉にした。


——ローマで時の門をくぐったら、この時代には戻らない。サムフルはその先にいない。最初からそうだった。わかっていた。


言葉を並べた。一つずつ、確かめるように並べた。


言葉として頭に入るが、体の奥まで降りていかない。意味は理解している。でも体がその意味を受け取らない——パミールの稜線で「崩れそうだ」と思ったとき、感じることが先に来て体がついてこなかった。今は、言葉が先に来て、体がついてこなかった。


目を開けると、部屋の天井があった。外から、夜の街の音が壁を通して入ってきた。楽器の音が、遠くで細く続いていた。


---


夜明け前、宿の中庭に出た。


空がまだ暗かった。東の端がわずかに白み始めているだけで、サマルカンドの黄金色の壁はまだ夜の中に溶けていた。


サムフルが後ろに来た。


「準備できてる」


「うん」


城門へ向かって歩き始めた。サムフルの足音が後ろについてくる。宿の通りから大通りへ出た。まだ人が少ない。水路の水が、暗い中で音だけ立てている。ゾロアスター教の神殿の前を通り過ぎた——奥で、炎が燃えていた。昨日も燃えていた。明日も燃えているだろう。


城門をくぐった。


サマルカンドの土壁が後退していった。振り返らなかった。後ろから足音がついてきた。


それだけのことだった——そのはずだった。


第9章 了


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