第9章5節
翌朝、サムフルが声をかけてきた。
「仕事、紹介できそうだよ。叔父さんの取引先に、通訳ができる人間を探してる商人がいる。伝票の読み上げもできれば、なおいいって」
カシュガルの女将と同じ仕事の型だった。
「やります」
「今日の午後、連れていく。昼に戻ってくるから待ってて」
そう言って、サムフルは出かけていった。
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午後、連れていかれた先はザラフシャン川に近い問屋街だった。
アルダフシルの名前で話がついているらしく、奥の部屋に通された。主人は五十がらみのソグド人で、顔の彫りが深く、目の細い男だった。私を上から下まで一度見て、すぐに仕事の話に入った。
「絹と玉と香辛料を扱っている。東から来る商人との仲介で、漢語が要る場面がある。品の検めは私がやる——その間、伝票を声に出して読んでくれればいい。帳簿の整理も頼みたい」
「わかりました」
報酬の話になった。一日いくら、という形ではなく、仕事が入ったときに都度払いだという。カシュガルの女将の契約と少し違ったが、悪い条件ではなかった。
「では、明日から」
主人は頷いた。
帰り道、サムフルが「どうだった」と聞いた。
「悪くなかった」
「叔父さんが信用してる人だから」
それだけで、サムフルは話を切り上げた。
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翌朝から、仕事が始まった。
最初の仕事は、東から来た商人との絹の取引の通訳だった。商人は漢語を話したが、商売の細かい条件になると言葉が詰まった。私が間に入った。カシュガルで女将の通訳をしていたときと同じ動き方だった——両方の言葉をそのまま渡す、語調の温度だけ忠実に移す。感情を運ぶのも通訳の仕事だと、あのときに覚えた。
検品の仕事は、三日目に来た。
于闐から運ばれてきた白玉の原石が布の上に並べられた。主人が一つずつ手に取り、光に透かし、重さを指で確かめていく。私はその隣で伝票を持ち、声に出して読んだ。産地、石目の等級、重さ、数量——主人の手元と伝票の数字が一致しているかどうかを、主人自身が確かめながら進む。私はただ、数字と文字を声に変えた。主人は黙って石を分けていった。
于闐の河原で石を拾い上げた日々と偽石を掴まされたことがよぎった。
帳簿の整理は夕方の仕事だった。
主人が台の上に売買の記録を並べ、私が声に出して読む。主人はそれを聞きながら何かを計算していた。カシュガルの女将と、同じ種類の働き方をする人間だと思った。
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仕事のない日、市場を歩いていた。
何を買うわけでもなかった。露店の間をただ通り抜けて、物の値段と人の顔を見ていた。于闐でもカシュガルでもそうしていた。
「あ、いた」
振り返ると、サムフルが路地の入口に立っていた。探していた、という顔ではなかった。通りかかったら、いた——そういう顔だった。
「何してるの」
「市場を見てた」
「ちょっと付き合わないか」
二人並んで歩き始めた。並んで歩くことへの抵抗がなかった。
しばらく歩いたとき、サムフルが露店の前で立ち止まった。
店主と話し始めた。ソグド語だった。声が上がり、店主が首を振る。サムフルが肩を竦めて指を二本立てる。
やり取りが速かった。
カシュガルのウリを思い出した——商いで育った人間の言葉だ、と思った。
交渉が終わって、サムフルが小さな布袋を手にして戻ってきた。
「香辛料。うちの叔父さんへの土産」
「いくらだったの」
「最初の値段より三割安くした」
「相場を知らなかったふりをしたの?」
サムフルが少し目を細めた。「わかったの?」
「なんとなく」
「なんとなくか」
サムフルは布袋を懐に入れて、また歩き始めた。私も並んで歩いた。
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いつから習慣になったのか、はっきりとはわからなかった。
夜になると、自然にサムフルと食事をしていた。示し合わせたわけではなかった。宿の広間で出くわして、同じ卓に座る——それが何日か続いたら、そういうものになっていた。
ある夜、サムフルが言った。
「ローマってどんな街なの」
「行ったことないからわからない」
「そりゃそうか」
サムフルは少しだけ笑った。でもその笑みの端に、どこか物足りなさのようなものが残っているように見えた。私はそれを無視した。ローマの話は、これ以上したくなかった。したところで、その先は私が一人で通る道であることに変わりはなかったからだ。私は杯を置いて、話題を荷物の確認に戻した。
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別のある夜、干しぶどうを肴に話していた。
サムフルが冗談を言った。漢語だったが、意味より先に声の調子が面白くて、私は笑っていた。
気づいたのは、少し後だった。
笑うことへの抵抗がもう無くなっていた。
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夜、宿の部屋で練習をしていた。
外套を羽織り、革鞄を腰に固定して、刀の抜き差しを繰り返す。就寝前後のこの動作は、楼蘭で始めてからずっと変わっていなかった。パミールでも、野営から少し離れて続けてきた。
扉の外で、足音が止まった。
「何してるの」
サムフルの声だった。
「刀を抜く練習」
少し間があった。
「邪魔した」
足音が遠ざかった。
扉を開けて説明しようとは思わなかった。刀の抜き差しだけなら、不審ではない——と考えて、その考えが終わる前に手が動いて、また一度抜いた。練習を続けた。
翌朝、二人ともその件に触れなかった。
サムフルは普通に朝飯を食べていた。私も普通に食べた。特に何も変わらなかった——でも「練習を知られた」という思いが、どこかに静かに残っていた。
そのことが、少しだけ不思議だった。




