9章3節
城壁が見えたのは、翌々日の昼前だった。
最初は地平線の上に浮かぶ薄い線だった。それが歩くにつれて厚みを持ち、高さを持ち、色を持ち始めた——黄金色だった。日差しを受けた土壁が、そういう色に光っていた。カシュガルの石積みの門楼とも、于闐の白い壁とも違う色だった。
音が先に届いた。
人の声、獣の声、金属が打ち合う音——それらが層を成して前方から流れてきた。カシュガルに入った夜を思い出した。
サムフルの歩き方が変わった。
気づいたのは、城壁まで半里ほどに近づいたときだった。歩幅が広くなっていた。荷の持ち方が、道中とは少し違う。意識してそうしているわけではないだろう——体が、帰ってきた場所に向かっているときの動き方をしていた。アルダフシルも同じだった。背筋が変わっていた。
私にとっては、また異国だった。
その落差を、悪いとは思わなかった。
城門をくぐった。
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ソグド系の顔が溢れていた。
于闐でも胡人は多かった。カシュガルではさらに多かった。ここでは、漢人の顔を探す方が難しかった。市場の声がソグド語で満ちていた。
露店の間を抜けて、大通りに出た。
道が広かった。中央に水路が通っていて、水が流れていた。その水路に沿って、陶器の壺を並べた店、布を吊るした店、香辛料を山盛りにした露店が続いていた。香辛料の種類が変わった——これまで嗅いだことのなかった種類が、また増えていた。
「火の神殿だ」
隣をいつの間にか歩いていたアルダフシルが言った。
大通りの一角に、石造りの建物があった。他の建物より背が高く、正面の開口部から、炎が見えた。外からでも、橙色の光が揺れているのが見えた。
「ゾロアスター教の。ソグドではどの街にもある。あの炎は消さない——聖なる火だから、ずっと燃やし続ける」
「ずっと?」
「百年でも、二百年でも」
「そうなんですか」
足が、半拍だけ止まった。
于闐にも寺があったし、敦煌にも壁画があった。どれも、信仰の形だった。でもあの炎は——百年前からそこにあり、百年後もそこで燃え続ける炎が、今この瞬間も燃えている。私がここを通り過ぎても、燃え続ける。
アルダフシルはもう前を歩いていた。
私も足を出した。
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宿はアルダフシルの伝手で取れた。
隊商向けの宿で、中庭に駱駝と馬を繋げる囲いがあった。イスマイルが荷の最終確認をして、全員が荷を下ろした。
その夜、全員で食事をした。
宿の広間に卓が並んで、ラム肉と麦の菓子と、見たことのない橙色の野菜の炒め物が出てきた。香辛料の匂いが湯気と一緒に立ち上った。サムフルが主人と何か話して笑っていた。アルダフシルが黙って杯を持った。
食事が落ち着いた頃、イスマイルが言った。
「今日で解散だ。世話になった」
それだけだった。飾らない声だった。カシュガルを出た朝も、パミールの稜線でも、この男は余分な言葉を使わなかった。それで十分だったし、それ以上は要らなかった。
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解散の後、アルダフシルが私を呼んだ。
広間の端だった。人が引いて、二人だけになった。
「パミールで助けてもらった」
それだけ言った。表情は変わらなかった。礼を述べているというより、事実を確認しているような声だった。
「大したことはしていません」
「いや」
アルダフシルは首を振った。短く、しかしはっきりと。
「助かったし、気にしている」
それだけで、男は広間を出ていった。
私はしばらくそのまま立っていた。「気にしている」の意味を計りかねたけど、言葉の重さは受け取った。
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数日が経った。
衛が宿の中庭で、荷をまとめていた。
私が通りかかったとき、男は顔を上げた。
「東へ戻る」
「カシュガルへ?」
「ああ。交易品が捌けた。別の隊商が東へ向かう——そちらに加わる」
それだけだった。口数の少ない男だったが、いつもより少なかった。
「気をつけて」
衛は頷いた。何も言わなかった。革鞄の口を締めて、立ち上がった。
翌朝、衛の姿は宿になかった。
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宿の部屋に一人でいた。
荷を下ろして、革鞄や刀の状態を確かめた。
鞘の口金が緩んでいる。市場で直してもらわなければならない。
窓の外に、市場の屋根が連なっていた。遠くに、ザラフシャン川が光を返しているのが見えた。パミールの峰はもう見えない。東の空に山があるはずだったが、霞の中に溶けていた。
またひとりだった。
イスマイルはいない。ガザンもいない。衛もいない。アルダフシルは街に伝手があって、しばらくここで商売をするという。サムフルもまだ宿にいたが、それぞれの仕事がある。
路銀を確かめた。
持ち込んだ交易品は売り払えたけど、元手が少なかったから大した足しにはなっていない。
パミールを越えるための物資代が、予想より食い込んだ。ここで三週間から一ヶ月、稼がなければならない。何の仕事があるか、明日から探す。
窓の外から、何かの楽器の音が届いてきた。弦の細い、高い音だった。カシュガルで聞いた音と似ていたが、また少し違う。夜になっても誰かが弾いている——この街の夜も、音で満ちているらしかった。
目を閉じて、その音を聞いた。




