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還る手帳 ―少女はシルクロードをゆく―  作者: 吉原タシ


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第9章2節

平野に出たのは、翌日の昼過ぎだった。


前方に地面が広がった——草の、土の、空気の広がりだった。砂漠の広さとは種類が違った。砂漠は空と砂しかなかった。ここには草があり、遠くに集落の煙の筋があり、匂いの厚みがパミールの比ではなかった。地面とその下に何かが住んでいる、という感触が、足の裏から伝わって来た。


駱駝が、頭を少し上げた。


パミールで足を止めていたときとは、首の運び方が違っていた。歩幅が大きくなっている。慣れた地面に戻った、というような足取りだった。


---


平野を横断するのに、十日以上かかる。

歩くにつれて、景色が少しずつ変わっていった。


道が変わった。土の地面を長い年月をかけて踏み均した道だった。両側に草が茂り、風が来るたびに波のように揺れる。于闐ホータンの周辺でも草原はあったが、ここは草の丈が違う。膝から太ももほどの丈の草が、道の縁から視界の果てまで続いていた。草の色も変わった。黄みを帯びた乾いた草から、もう少し深い緑の草へ。


地平線の形が変わった。山が完全に後方へ退き、前方に何もない水平な線が現れた。その線の手前に、ときおり人の集落が煙を立てていた。砂漠では集落は砦と一体だったが、ここの集落は城壁を持たない——泥を積んだ家が、草原の中にまとまって建っているだけだった。


イスマイルが集落に立ち寄る頻度が増えた。水と草の補給だった。駱駝と馬の消耗を先読みして、次の集落までの日数を計算している——声に出さずとも、立ち寄るタイミングがそれを示していた。


サムフルが歩きながら話した。


「この辺は叔父さんも昔、何度も通ったらしいですよ。カシュガルの市場で絹を買い付けて、サマルカンドで捌く——若い頃はそれを毎年やってたって」


「アルダフシルさんが」


「三十代のころですね。今は仕入れを人に任せることも多いけど、昔は毎回自分で歩いてたって」


前を歩くアルダフシルの背中を、少し見た。体格の良い男が、今も荷を自分で持って、淡々と草原を進んでいる。


「何度も来ていたなら、この景色にも慣れているんですね」


「どうかな。聞いたことないですね、そういうこと」


返ってくる言葉が短かった。でも途切れなかった。


---


七日目か八日目の夜、草原の中の窪みで野営した。


サムフルが火を熾した。乾いた草を揉んで細かくして、枯れ枝を組んで、何度か火打ち石を打った。火が起きると、周りの草の先が橙に揺れた。


焚き火の輪に、全員が集まった。


私は、この前と同じように輪の端より少しだけ内側に立っていた。


ガザンが何か言った。漢語ではなかったが、声の調子から冗談だとわかった。サムフルが笑った。アルダフシルが短く応じた。


私も笑っていた。


半拍、遅れなかった。


そのことに気づいたのは、笑い声が消えてからだった。でもそれに驚く前に、また誰かが何か言って、また笑った。


---


十日ほど歩いたある夕方、少し規模の大きい集落に着いた。


隊商用らしい囲いがあり、部屋がいくつか続いていた。駱駝と馬を繋いで、全員が荷を下ろした。


サムフルが主人と値交渉を始めた。


素早い言葉のやり取りだった。声が上がり、主人が首を振り、サムフルが肩を竦めて別の数字を出す。カシュガルの市場でウリが値交渉をしているのを眺めた日が、一瞬よぎった。


交渉が終わって、サムフルが戻ってきた。


「泊まれます。草と水の代金は少し上乗せされましたけど、仕方ない」


「うまいんですね、交渉が」


サムフルが少し顔をこちらに向けた。「そうですか」それだけ言って、荷を置きに行った。


カシュガルのウリも同じだったと気づいた。「なるほど」という顔にして荷の整理に戻った、あの動き方。


---


夜、宿の外に出て、刀と短刀と銃の練習をする。


空が広かった。山を越えた後だから、なおさら広く感じた。星の量は砂漠の夜より少ない気がした。湿り気が混じっているから、かもしれない。


翌朝、また西へ歩いた。


草原が続いた。サムフルが歩きながら話す。今度は子どもの頃のことだった。「カシュガルに最初に行ったのは十二のときですよ。叔父さんについて行って、市場の広さに圧倒されて」


「サマルカンドに住んでいたんですか、もともと」


「ええ。父が死んでからは叔父さんのところで育ちましたけど」


「そうなんですか」


「もう旅にもだいぶ慣れましたよ」


慣れた、という言い方が軽かった。軽すぎず、重すぎない軽さだった。答えを求めていない声だったので、私は何も言わなかった。サムフルも続きを話さなかった。しばらく草の音だけが続いた。


人のことを知ってしまっている、という感触が、胸のどこかで静かに積み上がっていた。


---


十四日目の午後、光が見えた。


遠くの草原の中に、細長い光の線があった。


「川だ」


声が出ていた。


「ザラフシャン川です」とサムフルが言った。「あれを渡ればサマルカンドはもうすぐです」


隊全体の足が、わずかに速くなった。


意識した者がいたとは思えなかった。でも確かに、速くなっていた。私の足も、少し大きく前に出ていた。


前を歩くイスマイルが、川の方角を一度見てから言った。


「サマルカンドまで、あと二日だ」


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