第7章3節
翌朝から、日課が決まった。
いつも夜明け前に目が覚める。まず革鞄を腰に固定し、外套を羽織る。刀と銃の抜き差しを繰り返す。宿の部屋は于闐の工房より少し広い分、大きく素振りの幅が取れる。ただし壁が薄いから——鞘走りの音、刃の風切り音に気を付ける。
練習を終えてから広間で朝飯を食べ、女将とともに市場へ出る。
女将の名は、聞いても教えてくれなかった。「女将でいい」と言われた。その割り切り方が、逆に付き合いやすかった。
市場を歩きながら、女将の商売の仕方を観察した。声をかける相手と、かけない相手の選別が速い。通りの角で立ち止まる位置、値交渉に入るタイミング——一つ一つが無駄なく動いている。干渉してくる仲買人を躱す目配せも、見ていると法則がある。
最初の通訳の仕事は、女将と絹を扱うソグド商人の交渉だった。
ソグド商人は漢語をほとんど解さなかった。女将は胡語を少し話せるが、商売の細かい条件になると言葉が詰まった。私が間に入った。商人の言葉を聞き、女将の言葉に置き換える。単純な作業だった——単純だが、両方から同時に言葉が来ることもあるので、頭の使い方が荷役とは全く違う。
商人が値を提示した。女将が顔色を変えずに首を横に振った。商人が少し下げた。女将がまた首を振った。私は両方の言葉をそのまま訳して渡した——自分の判断を挟まず、語調の温度だけ忠実に移す。怒っているときは怒った声で、冗談めかしているときは柔らかく。感情を運ぶのも、通訳の仕事だと気づいたのは三回目の交渉のときだった。
交渉が終わって、女将が短く「悪くない」と言った。
称賛ではなく評価という口調だった。でもそれで十分だと思った。
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ある昼過ぎ、市場の東の端で、白髪の男が立ち往生していた。
荷物を抱えて、通行人に次々と声をかけているが、誰も足を止めない。声の響きと語尾の上がり方が、今まで聞いたことがないものだった。男がまた別の通行人に声をかけて、また振り切られた。
足が、自然に向いていた。
「どこへ行きますか」と、男の言葉で言った。
老人がこちらを向いた。目が大きく開いた。「あなたは——」
「この言葉が話せます。どうしましたか」
男は隊商宿を探していた。荷物が多くて、場所がわからなかった。私は女将から聞いていた宿の位置を教えて、道順を伝えた。老人は何度も頭を下げた。
女将が隣で黙って見ていた。
「あの言葉はどこの言葉だ」
「もっと西の方の言葉です」
女将は少しの間私を見てから、「使えるな」とだけ言って市場の奥へ歩き始めた。
帰り道、さっきの動きを思い返した。
于闐の手前で孟頭領の隊商と歩いていたとき、夜の焚き火の輪に自分から入れなかった。陳が杯を差し出してきても「いい、ありがとう」と返すだけだった。今日は自分から足が向いた。それだけのことだ。でも、それだけのことが、あのときの自分には難しかった。
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そのころから、市場でウリの顔を見るようになった。
二十代前半の男で、ソグド系の顔立ちをしていた。目が細く、鼻筋が高い。絹と香辛料を扱っていて、市場のほぼ同じ場所に毎日店を広げていた。父の商売を継いでいると、後から聞いた。
最初に言葉を交わしたのは、私が女将の通訳で絹の値交渉に入ったときだった。相手がウリだった。
交渉が終わってから、ウリが言った。
「あんた、漢語と胡語だけじゃないだろ」
「ええ」
「他に何語話せる」
「いくつか」
ウリは少し目を細めて、それ以上聞かなかった。陳のように「すごいな」とも言わなかった。ただ、「なるほど」という顔をして荷の整理に戻った。
その加減が、少し新鮮だった。
翌日も、また翌日も、市場で顔を合わせた。短い言葉だけ交わして、それぞれの仕事に戻る。友人というには遠く、知人というには近い——そういう距離感が、自然にできた。
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四月が終わり、五月に変わった。
天山の稜線を覆っていた雪が、少しずつ後退し始めた。頂の白さは変わらないが、中腹の岩肌が顔を出す面積が広くなった。市場に出てくる野菜の種類が変わった。根菜ばかりだったものに、葉物と瓜の類が混じり始めた。空気が乾いたままでいながら、日中の暖かさが質を変えた——冬を耐えていた熱ではなく、夏へ向かっている熱だった。
そして、市場の商人たちの話題に、パミールが出始めた。
「今年の雪解けは早い、七月前半には越えられるかもしれない」と言う者がいた。「いや、去年も同じことを言って二人死んだ」と返す者がいた。越境の経験者らしい老人が「峠の頂上は別の話だ、麓が溶けても上は別の話だ」と言っていた。
私は話を聞きながら、市場の端を歩いた。
隊商を探す必要がある——それは最初からわかっていた。でも、誰にどう声をかけるかは、もう少し情報が要る。越えた経験のある頭領が誰で、どの時期に隊を組むのか。闇雲に当たって、パミールを越えられなければ意味がない。
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夕方、宿に戻って帳簿の読み上げをした。
女将が台の上に並べた売買の記録を、私が声に出して読む。女将はそれを聞きながら、何かを計算していた。
仕事を終えて、広間で夕飯を食べた。
宿の常連らしい商人が二人、隣のテーブルで話し込んでいた。声が時々大きくなる。片方が笑うと、もう片方がそれを受けてまた笑う。私は羊の肉を嚙みながら、その声を聞いていた。于闐で隊商宿の荷役をしていた頃——隣で黙々と林檎を食べていた寡黙な男のことを、なんとなく思い出した。
あの静けさも悪くなかったが、この喧騒も、悪くはなかった。
于闐の食事も悪くなかったが、この食事も、悪くはなかった。
荷役や工房の仕事も悪くはなかったが、今の仕事も、悪くはなかった。
部屋へ戻り、日課の練習をして、荷物の状態を確かめ、護符の線を指でなぞって、目を閉じた。




