第6章6節
三月に入って、市場で喀什方面の情報を集め始めた。
于闐から喀什まで、西域南道を西へおよそ十五日。途中に莎車がある。春先は道が緩むが、雪解けが終わるまで泥濘になる箇所もある。水場の位置、集落の間隔——市場を行き来する商人たちから、少しずつ情報を集めた。狼の話は出なかった。且末から精絶にかけて聞いた唸り声も遠吠えも、ここでは誰の口にも上らなかった。
保存食を買い足し、水袋の傷んだ縫い目を直した。革鞄の留め具が緩んでいたので、端切れ革で補強した。出発前の準備は、もう体が覚えていた。
巾着の残高を最後に数えたのは、三月下旬に入った夜だった。
詐欺で削れた穴は、まだ完全には塞がっていなかったが、采玉で稼いだ分、工房の賃金——積み上げてきたものは確かにあった。
最初の計算には届いていない。それでも出る。
喀什に着いてから、また稼ぐ方法を考える。ここで満額を待っていれば、パミールを越える機会を逃すかもしれない。
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前の夜、掃除を終えた阿青が声をかけてきた。
「明日、出るんですよね」
「うん」
阿青はしばらく工房の床を見ていた。「……この先もし于闐に戻ることがあったら、また寄ってください。仕事はあります」
少し間を置いた。
戻ることはないだろうと思った。于闐から先は西へ、喀什へ、パミールへ——引き返す道ではない。でも、それを言う必要はないと思った。
「ありがとう」
それだけ言った。阿青は頷いて、奥の部屋へ戻っていった。
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出発の日。革鞄を腰に固定し、外套を羽織る。環首刀の重みを腰で確かめ、巾着を背負う。数か月を過ごした工房の小さな部屋を最後に見回した。板張りの床に、自分の輪郭が染み付いている気がした。
陽が傾き始めた頃、工房に出た。
阿青がすでに待っていた。
師傅も、椅子に座って待っていた。
右手の掌に、紐の付いた小さな白い石が乗っている。
「これを」
阿青が受け取って、私に差し出した。
白玉の護符だった。親指の第一関節ほどの大きさで、細長い形に整えられている。表面に浅く線が刻まれていた——単純な文様だが、一筆一筆が丁寧だった。
「師傅が彫りました。冬の間、少しずつ」
師傅の手を見た。左手の指が、まだわずかに不揃いに曲がっている。その手で、この小さな石を。
何か言おうとして、言葉が見つからなかった。
受け取った。
掌の中で、護符がひんやりと重かった。その重みが、指から手首まで伝わってくる。何かが、胸の奥で動いた。動いたことに、自分で驚いた。楼蘭を出てからこういう動き方をしたのは——米蘭の手前の集落で、老婆から干しナツメを受け取ったとき以来かもしれない。
戸惑った。
こんなに胸が動くとは、思っていなかった。
師傅は何も言わなかった。阿青も言わなかった。
「……ありがとうございます」
声が、少し掠れた。
師傅が小さく頷いた。それだけだった。
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城門をくぐると、夕陽の橙が砂漠を染めていた。
崑崙の稜線だけがまだ白く、その白さが遠くに静止している。西の空が低く燃えていた。
護符を首から下げ、服の中に入れた。外套の内側で、白玉の冷たさが胸に当たる。
歩き始めた。
喀什まで、十五日。路銀の不安を抱えたまま、いつもより少しだけ、胸のあたりが重かった。
——重い、という感触が、悪くなかった。
第6章 了




