第6章3節
翌朝、隊商宿に向かった。
于闐には隊商宿が三軒ある。どこも荷役の手が足りなくて、日払いで人を雇う——そう聞いていた。宿の奥の荷捌き場に顔を出すと、中年の管理人が私を頭の天辺から足の先まで一度だけ見た。
「荷を運べるか」
「はい」
「重いぞ」
「大丈夫です」
それだけで雇われた。
最初の仕事は、到着した隊商の駱駝から荷を下ろして倉へ運ぶことだった。絹の梱包、穀物の麻袋、香料の木箱——一つ一つが重い。駱駝から下ろす瞬間は特に力がいる。獣の体温と汗の匂いが顔に当たる。隣で同じ作業をしていた男が、私の持ち方を一度だけ見てから、何も言わずに次の荷へ移った。
体は動いた。
長安でもそうだったがこの時代の人は、概して痩せている。男でも、肩幅や腕の厚みが現代人とは違う。山岳部や陸上部で鍛えた足腰も、隣で作業している男たちのそれより一回り太かった。荷の重さに腰が入る。重心を低く保ったまま動ける。疲れるが、でも倒れるような疲れ方ではない。
夕方、銭を受け取った。
少ない。詐欺で削れた額の、ほんの一割にも満たない。
わかっていたことだ。と思いながら、巾着にしまった。
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二日、三日と通ううちに、体が仕事を覚えた。
管理人は毎朝、その日の仕事を短く告げる。倉の整理、荷の積み替え、市場の問屋まで品を運ぶ使い走り。内容は日によって変わった。私は言われた通り動いて、終わったら銭を受け取って帰った。
一緒に働く男たちとは、ほとんど話さなかった。
向こうも話しかけてこない。名前を聞いたのは二人だけで、一人は三日後に別の仕事へ移り、もう一人は寡黙で、昼の休憩も林檎を黙々と食べるだけだった。用があれば短く声をかけ合う。用がなければ、それぞれが自分の作業を続ける。悪い環境ではなかった。ただ、銭と引き換えの、乾いた間柄だった。
十日ほどすると、玉の問屋の倉でも声がかかった。
隊商宿より重い仕事だった。玉の原石を詰めた木箱は、絹の梱包より遥かに重く、持ち方を誤ると腰にくる。倉の奥は石の冷気が底から上がってきて、半刻も作業していると手の先から感覚が薄れてくる。それでも体は動いた。詐欺で消えた金の穴を、一日一日、少しずつ埋めている——その実感だけが、単調な繰り返しを支えていた。
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日課が決まってきた。
夜明け前に起きて、まず革鞄を腰に固定し、外套を羽織る。刀と銃の抜き差しを繰り返す。素振り。短刀の練習。体が温まりきる前に動かすと、指の動きが本番に近い条件になる——寒くてできないなら、死ぬだけのことだ。練習を終えてから旅籠の朝飯を食べ、荷役に出る。昼は短く休んで水を飲む。夕方に銭を受け取り、旅籠に戻る。夕食の後、もう一度、革鞄の抜き差し、素振り、短刀。それから寝る。
敦煌《敦煌》の旅籠で働いていた頃も似たような単調な日々だったが、あの頃は女将さんや小明がいて、夜の食卓に誰かとの会話があった。今はない。旅籠の部屋に戻ると、あるのは薄い燈火と板張りの床だけだ。それでいい、と思う。人恋しい、という感覚すら、砂漠を越えた頃からどこかへいってしまった気がする。
詐欺で掴まされた石は、まだあった。
捨てる気にはなれなかった。捨てれば、あの日のことを忘れるような気がした。だから、小さな巾着に入れてそのまま持ち歩いていた。荷役で汗をかいて体が温まり、一休みする頃、手のひらで転がす石の冷たさ。その感触が、ちょうどいい重しになっていた。
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荷役の動線は、毎日ほぼ同じだった。
隊商宿から問屋の倉へ、問屋の倉から市場の端へ。その道の途中に、工房街がある。
玉を削る音が、通るたびに聞こえてくる。朝は高く澄んで、昼は作業の密度が上がって少し低くなる。夕方は一軒ずつ音が途切れていく。通り抜けるだけで五十歩もない距離だが、毎日通っているうちに音の変わり方が耳に染みついていた。
あの工房——初日に「見るだけなら邪魔だ」と追い払われた老工匠の工房も、その並びにある。扉がいつも少し開いていて、中から削る音が聞こえてくる。足を止めたことはない。ただ、通るたびに音だけ確かめていた。
冬が深くなるにつれ、荷役の仕事が少しずつ減ってきた。
隊商の往来が途絶えると、隊商宿の荷捌きは半減する。玉の問屋も、冬の間は仕入れより在庫整理に動くらしく、仕事が減った分、賃金が下がった。
巾着の中身は、少しずつ増えている。でも、詐欺で削れた穴は、まだ遠かった。
一日の稼ぎは減っても。それを積むしかない。砂漠を歩くのと同じで、一歩ずつ前に出るしかない。ただ、砂漠の一歩は地平線へ向かっていた。ここの一歩は、消えた金の穴を埋めていくだけだ。
ある日、工房街を通り抜けようとしたとき、いつもと違う気がした。
老工匠の工房から、削る音がしなかった。
扉は開いている。でも音がない。昼前の、一番作業が込んでくる時間のはずだった。
私は足を止めずに通り過ぎた。別に関係のないことだ。仕事が遅れて賃金が減る方が困る。
でも、その夜、工房の静けさがぼんやりと頭の隅に残っていた。




