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還る手帳 ―少女はシルクロードをゆく―  作者: 吉原タシ


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第6章2節

翌朝、目が覚めた瞬間から、昨日の続きが頭の中で動いていた。


旅籠の朝飯を立ったまま食べながら、今日の段取りを組んだ。玉の原石を仕入れて、転売する。


于闐ホータンの白玉については、記憶の底にある。崑崙こんろんの山から川が運ぶ石で、白くて油のような光沢があるものが良品とされる。透き通りすぎているものは避ける、色が均一なものを選ぶ——テレビか博物館で見聞きした断片だ。完璧な知識ではないが、今の自分には十分だという気がした。


工房街の手前に、原石を専門に扱う露店が集まっている一角があった。昨日通りかかったとき目に入っていた場所だ。


露店を一軒ずつ見ながら歩いた。大半は旅人目当てに加工済みの小品を並べている。私が欲しいのは原石だ——加工前の、値がまだ底にある石。それをできるだけ安く仕入れて工匠に売る。差益を取る。


一軒の露店の前で、足が止まった。


台の上に、加工品だけではなく、形の不揃いな石が幾つも並んでいた。川から拾ったままの状態だ。主人は四十代くらいの、人の良さそうな顔をした男だった。目が細く、頬に深い皺が刻まれている。笑いじわの多い顔だ、と思った。


「見ていいですか」


「どうぞどうぞ」と男は言った。声が柔らかかった。「どんなものをお探しで。贈り物ですか、それとも自分用に」


「良い原石があれば」と私は言った。それだけにした。


男は少し目を細めて、「ああ、お目の利く方ですね」と頷いた。嫌な顔一つしない。「だったら、こっちを見てみてください」


露店の端、布をかぶせた台に案内された。布をめくると、別の石が並んでいた。さっきの台の石より小ぶりで、色が白い。乳白色というより、もう少し澄んだ白さだった。


「于闐の白玉でも、上物はなかなか市場に出ません。これは特別に取り分けておいた石です」


手に取った。ずっしりとした重み。光の当たる面が滑らかで、白い光沢がある。


——これだ、と思った。


テレビで見た「上質な白玉」の映像が、頭の中で石の手触りと重なった。油のような光沢。重み。白さ。条件が揃っている気がした。


「いくらですか」


男は少し考える顔をして、銭の額を言った。高い。予算の上限を超えていた。


でも、ここで引けば良い石は誰かに持っていかれる。昨日の香料の交渉が上手くいった余韻が、まだ頭の中にあった。これを仕入れて転売できれば差益は十分に出る——頭の中でそろばんが動いた。


「少し負けてもらえますか」


男は苦笑した。「この石でこの値段は、正直ギリギリなんですよ。上物ですから」


少し押し問答した後、僅かに値を下げてもらって、私は石を買った。布に包んで懐に入れながら、足が少し軽くなった気がした。


---


工房街を歩きながら、転売先を考えた。まず工匠に値踏みしてもらった方が早い。


ちょうど通りかかった小さな工房の扉が、開いていた。中で作業をしている職人に声をかけた。


「玉の原石を持っているんですが、見てもらえますか」


四十代の、顔に石の粉が白く残っている男が手を止めて振り向いた。懐から石を取り出して差し出すと、男は受け取って光にかざした。


一瞬だけ、男の目が変わった。


「……どこで買った」


「市場の手前の露店で。さっき」


男は石を作業台に置き、傍の瓶から水を少し取って石の表面に垂らした。布の端で拭くと、白い布に、うっすら色がついた。


「処理した石だ」


私は男の手元を見た。


「質の悪いのを染めてある。水に浸けると出る。よくある手だ」


声は淡々としていた。責めているわけではなく、ただ事実を並べている口調だった。男は石を私に返して、また作業に戻った。


---


露店のあったところに戻ってみた。


同じ場所に、別の商人が立っていた。


石を握ったまま、しばらく動けなかった。


怒りが来るかと思った。でも来なかった。代わりに来たのは、静かで鈍い、もっと重いものだった。男に騙されたという事実ではなく——自分が迂闊にも踏み込んだという事実。「読める」と思い込んで、確かめもせずに金を出したあの瞬間の自分。男の笑いじわを「人が良い」と判断して、警戒を解いたあの自分。


石を捨てようとして、やめた。


懐に押し込んだ。冷たい。外套の布越しに、石の硬さが胸に当たる。


砂漠は越えられた。狼も、賊も、切り抜けた。でもここは別の戦場だった。砂漠では、読んだことが正直に返ってくる。風が吹いたら風が来て、砂が崩れたら崩れる。この市場は違う。人が動いていて、その人の中に意図がある。その意図を読む目は、砂漠で鍛えたものとは別のものだ——そのことを、今日初めて身をもって知った。


旅籠に戻って、巾着を開けた。


残高を指で確かめた。楼蘭から持ち越してきた金と、隊商の賃金と、昨日の香料の売値——そこから今日の石の代金が消えていた。少ない。思っていたよりずっと少ない。


窓の外で、崑崙の稜線が午後の光を白く返している。冬の于闐を出る道はない。春先まで、ここにいるしかない。


それは最初から決まっていたことだ。変えられないなら、今できることを積み上げるしかない。


小さく息を吐いて、私は立ち上がった。まず、どんな仕事でもいい。日銭が稼げる場所を探す。それだけだ。


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