第6章1節 于闐 245年(正始6年)11月 旅立ちから5ヶ月
孟頭領の背中が人波に飲まれた後、私はしばらく城門の近くで立っていた。
于闐の市場通りは、想像より何倍も大きかった。楼蘭や精絶の市場は、砂漠の真ん中に在る交易地という質感があった——于闐は違う。人の流れが複数の方向から交わっていて、立ち止まっていると押し流される。香料の刺激臭、石を研ぐ砂の粉っぽさ、羊脂の焦げる匂い、干し果物の甘み。楼蘭では個々の匂いが分離して鼻に届いたが、ここでは全部が混じり合って一つの気配になっている。露店の台に白い石が並び、工房の扉の隙間から研磨の音が断続的に響き、通りを行く商人の帯飾りに小さな璧が揺れている。
白玉の都——来る前から知っていた呼び名が、歩くほどに皮膚に貼りついてくるようだ。
荷物の重みを肩で確かめた。隊商の荷役分の代金が巾着の底にある。ここでまずやることは決まっていた。楼蘭で仕入れたまま持ち越してきた香料の残り、六袋。于闐の市場でどう動くか——それが最初の仕事だ。
陳が教えてくれた通りを東へ折れると、香料と薬種を扱う一角に出た。露店が三軒、板張りの小さな店が二軒。どこも似た品を並べているが、客の足の止まり方を一通り眺めると、熱のある場所とない場所がわかる。
私はすぐには近づかなかった。少し離れた位置に立って、様子を見た。
一軒目は通り過ぎた。にぎやかすぎる。売りに来た者が溜まって競い合っている市場は、値が下に引っ張られる。
二軒目の主人は、瓶の位置を直しながら通行人を眺めていた。売り切れた棚が幾つかある。補充が来ていない。客を待っている気配がある——待っているということは、欲しいものが足りていない。
私は二軒目の前に立った。
「香料を見てもらえますか」
主人は手を止め、差し出した三袋を受け取った。紐を緩め、鼻を近づけ、目を細めた。静かな確かめ方だった。
「いつ仕入れた」
「十月の終わり。楼蘭の市場で」
男は残りの袋も一つずつ開いた。私は黙っていた。
「于闐には最近入ってこない品だ」
少し間があって、「三袋で六十五銭」と言った。
楼蘭での仕入れ値を頭の中で弾いた。三割以上は乗る。想定を超えている。
「六袋まとめて、百四十五銭でどうですか」
男の表情が変わった。値切りでなく、まとめ売りの申し出だとわかった顔だった。
「百三十五」
「百四十」
少し沈黙があって、男が頷いた。
銭を受け取りながら、私は目の端で市場の奥を見た。白い石が、どこにでもある。露店の台の上に、棚の格子の中に、職人の作業台の端に。通りを行く商人の腰に、小さな白い飾り石が揺れている。この都市に流れている玉の量は、楼蘭の比ではなかった。
楼蘭仕入れの香料が全部捌けた。
悪くない、と思った。市場の空気を読んで、店を探して、まとめて処理した。精絶での隊商の道中で張に「立派な刀を持ってるな」と言われたとき、すぐ「使えます」と答えられたのと似た感覚が、今日の交渉の後にも残っていた。
工房が並ぶ通りへ入ると、石を研ぐ音が濃くなった。白い粉が空気に漂い、微かに鉄錆に似た匂いがする。台の端に削りかけの原石が並び、主人の手が動き続けている。石が少しずつ形になっていく。
一軒の前で足を止めた。
台の上の原石を眺めた。目利きの知識など私にはない。ただ、市場を歩いているうちに少しずつ「空気で読む」感覚が刷り込まれてきていた。どの石に視線が集まるか、どの石が早く消えるか。砂漠では風の向きと砂の締まりで地形を読んだ。市場も、似た論理で動いている。
どれが良い石かはわからない。でも、どれに人が手を伸ばすかは見えてくる。
「見るだけか」
工房の奥から声がした。眉が白くて目の細い老人が、道具を持ったまま私を見ていた。
「今は」
「買う気がないなら邪魔だ」
一歩下がって、先へ進んだ。
崑崙の稜線が、通りの向こうに白く浮かんでいる。あの山が雪で閉じた後はどの道も塞がれる。冬の間、于闐を出るのは難しい——来る途中で孟頭領が言っていたし、市場の喧騒を見ていてもそれはわかった。越冬は既定のことだった。
だとすれば、冬の間にここで稼げるだけ稼ぐしかない。
玉が動いている。これだけの量が動いているなら、仕入れて転売することさえできれば——。
その計算が、じわじわと輪郭を持ち始めていた。市場全体が、一つの大きな交易機会に見えてきた。香料の交渉は読めた。市場の空気も、待っている店の見分け方も、値の乗せ方も。玉だって同じ理屈のはずだ、と思った。読む対象が変わるだけで、やっていることは変わらない。半端な知識でもテレビや博物館で見聞きしたことはある。白玉の見分け方、色の出方、産地による差。市場を読む勘に、その知識を重ねれば十分だ——そう思った。
南の通りの旅籠は、陳の言っていた通り落ち着いた場所だった。部屋は狭く、板張りの床に薄い敷物が一枚あるだけだが、清潔だった。荷を下ろし、革鞄を腰から外して傍に置く。刀と短刀も、手が届く位置に。
巾着を持ち直して重みを確かめた。
今日の売値は悪くなかった。いや、思っていたより良かった。読みが当たった、という手応えだけが、まだ胸の底に残っていた。
布団に横になり、天井を見た。
市場の玉の動きが、まだ頭の中で続いていた。冬の間の滞在費と路銀を一気に調達できるかもしれない。
その考えが、ゆっくりと胸の中で膨らんでいくのを感じながら、私は目を閉じた。
お読みいただきありがとうございました。
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