第5章1節 米蘭〜于闐 245年(正始6年)11月 旅立ちから5ヶ月
米蘭に着いた翌日は、昼過ぎまで眠った。
その次の日も、昼近くまで眠った。
三日目の朝——正確には夜明け前——に目が覚めたとき、体の重さがやっと半分くらいになった気がした。窓の外はまだ暗い。城壁の向こうで風が低く唸り、時おり砂が壁を叩く音がする。私は布団の中で天井を見つめ、指を一本ずつ曲げて確かめた。動く。かじかんでいない。よし。
起き上がって、まず革鞄を腰に固定した。外套を羽織り、深呼吸を一つ。
右手で刀を抜く。左手が後ろへ回り、鞄の開口部に指を差し込む——銃のグリップが指先に触れ、引き出す。構えを取る。
一回。二回。三回。
楼蘭を出てから毎晩繰り返してきた動作が、また少しだけ滑らかになっていた。米蘭に着くまでの八日間、寒さで指先が痺れた夜も、立ち止まるたびに足の指が凍りそうになった夜も、やめなかった。寒くてできないなら、いざというときもできない。
五回目をやり終えて、刀を鞘に収めた。
ふと、気づいた。
引き出すときの引っかかりが、もうない。楼蘭の革職人に作ってもらった鞄は、最初は革が硬くて開口部の端が指に当たった。削るより使い込んで慣らせ、と思って毎晩繰り返してきたら、いつの間にかそれがなくなっていた。嬉しい、というより——ああ、そうか、と思った。
その日の夕方、市場に出た。
米蘭の市場は楼蘭より小さい。でも、干しナツメと羊の干し肉を扱う露店と、塩と香料の商人が数軒ある。私は楼蘭で仕入れた香料の小袋の残りを二つ取り出し、値段交渉に入った。相手は中年の商人で、最初は「三十銭」と言った。私は黙って商人の目を見た。男は少しの間を置いて、「……四十銭でいい」と言い直した。昔なら、笑顔で「ありがとうございます」と言っていただろう。今は無言で銭を受け取り、巾着にしまう。どちらが正しいとも思わない。
水袋を三つ満杯にして、保存食を買い足す。勘定をはじくと、且末までなら十日分は保つ計算だ。ただ、この先の寒さでどれだけ体が燃料を食うかは読めない。多めに見積もっておく方がいい。
旅籠に戻ったのは日没後だった。布団に横になり、目を閉じた。
すぐには眠れなかった。
別に何かが怖いわけじゃない。目を閉じると、砂漠の廃墟の火影が浮かんでくる——でも、それはもう、毎晩のことだ。お爺さんの顔。「柚……お前は強い子だ」という声。引き金を引いたときの「ピ」という音。それらが一通りぐるりと回って、消える。最初の頃は朝まで眠れないこともあったが、最近は一回転したら沈んでいく。慣れたのか、疲れているのか。どちらでもいいと思った。
眠りが来た。
五日目の夜に米蘭を出た。
出発の前夜、宿の親父さんに「どこへ行く」と聞かれた。「于闐」と答えると、黙って私の顔を見た。何かを言おうとして、やめた顔だった。私は「大丈夫です」と言わなかった。言う必要がないと思った。
城門を抜けると、すぐに風が変わった。
オアシスの匂いが消えて、乾いた冷気が喉の奥まで入ってくる。楼蘭から米蘭まで歩いたときも寒かったが、あれとは質が違う。十月の終わりから十一月に入ったのだ、と体が教えてくる。足裏に伝わる砂の感触が、もう昼の熱をほとんど残していない。
北斗七星を頭上に確かめて、歩き始めた。
最初の夜は、無心に歩いた。楼蘭から米蘭まで歩いた八日間でできたルーティンをそのまま繰り返す。歩幅を一定に保ち、呼吸を乱さず、風の向きを三十分ごとに確かめる。荷物の重心が少し右に偏ったら左の肩を上げて調整する。砂の締まり具合で地面の状態を読む——踏み込んだとき音がする砂は崩れやすい。山岳部の顧問が縦走で言っていたことと、やることはほとんど変わらない。ただ、確かめ合う仲間がいないだけだ。
夜明けとともに、岩陰を探し始めた。
ちょうどいい大きさの岩が見つかるまで歩き、砂を掘る。深さは腰まで。体を埋め、外套を頭まで引き上げる。この作業も、今ではほとんど考えずに手が動く。タクラマカンを越えた頃は、砂の中に入るたびに「本当にこれで大丈夫か」と不安が湧いた。今は湧かない。大丈夫だとわかっているからじゃない。不安が湧いても仕方ないと、体が知っているだけだ。
外套の中で目を閉じる。
四日目の夜から、冷え込みがさらに段違いになった。
歩き始めた直後は体が温まるが、一時間もすると指先から感覚が薄れ始める。止まると足の指がすぐに痺れる。革鞄の革が冷えて収縮し、朝方の抜き差し練習で指が開口部に引っかかった。やめなかった。寒くてできないなら——それだけのことだ。
五日目の夜明け前、小さな集落に着いた。
泥壁の家が七、八軒。井戸が一つ。人の気配はあるが、まだ誰も起きていない時間だった。井戸端に水桶があったので、そこから直接水袋に入れる。冷たい。指の皮が張りつくような冷たさ。
水袋を仕舞おうとしたとき、背後で音がした。
振り返ると、老婆が一人、戸口に立っていた。白い髪を布で巻き、厚手の外套を肩に引っかけただけの格好で、じっとこちらを見ている。六十か、七十か。目だけが、夜明け前の薄明かりの中でしっかりと光っていた。
「……一人かい」
老婆が言った。
「はい」
「どこへ行く」
「且末、それから于闐まで」
老婆はしばらく黙っていた。私を値踏みするでもなく、憐れむでもなく、ただじっと見ていた。それから、無言で家の中に消えた。
行ってしまった——そう思ったとき、老婆が戻ってきた。手の平に、干しナツメがひとつかみ乗っていた。
「持っていき」
それだけ言って、私の手に押しつけた。温かかった。指の中心に、老婆の掌の熱が残る。
「ありがとうございます」
老婆は答えず、また家の中に入った。戸が閉まった。
私は干しナツメを巾着にしまい、歩き始めた。集落がすぐに後ろに消えた。
敦煌の女将さんと小明を思い出した。あの旅籠の食卓で笑い声が絶えなかった夜のことを。老婆の手の平の温かさは、あれとは違う種類の温かさだった。名前も知らない、もう二度と会わない人間から渡される、一瞬だけの薄い光。それが胸の奥でじくじくと疼いた。なぜ疼くのかは、うまく言葉にできなかった。
空が少しずつ白んでくる。砂を掘る場所を探しながら、ただ歩いた。
八日目の夜、宿で同席した商人から話を聞いた。
且末の旅籠の大部屋。炭火の前で、中年の商人が二人、杯を傾けていた。私が飯を頼んで端に座ると、一人がこちらを見て「一人旅か、珍しい」と言った。返事をしないでいると、もう一人が続けた。
「この先、夜は歩くな。且末の西は狼が出る」
「夜に限らず一人は危ない。隊列を組まないと、この季節は」
「去年も一人の旅人が——」
私は椀から目を上げた。
「狼が多いのは、且末から先のどのあたりですか」
男たちは少し意外そうな顔をして、視線を交わした。それから、一人が語り始めた。且末を出て二日ほど歩いたあたりから精絶手前まで。群れの数は多ければ五頭から十頭ほど。夜に動き、夜明け前後が一番危ない。昼間は動かないが、腹を空かせているときは昼でも出ることがある。
「昼移動に切り替えた方がいい。隊商を探せ。一人でどうにかなる話じゃない」
商人は親切心から言っているのだろう。わかっていた。
「参考になりました」
私は椀を空にして立ち上がった。男たちが何か言いかけたが、聞こえないふりをして部屋に戻った。
布団に横になり、天井を見た。
且末から先、狼が出る。群れで動く。夜が危ない——夜移動の私にとっては、正面からぶつかる話だ。昼移動に切り替えることは、寝込みを襲われる危険に晒すことになる。一人でいる夜の方が、囲まれる確率は高い。それでも、隊商に紛れることは考えなかった。人がそばにいると、気が緩む。あの廃墟の夜がそうだった。緩んだ分だけ、反応が遅れる。それだけはわかっていた。
どちらが正しいか、すぐには答えが出なかった。
革鞄に手を触れた。冷えた革が少しずつ体温を吸う。
続きは、明日考える。今夜は眠る。
目を閉じると、老婆の掌の温かさが指先に残っていた。干しナツメの甘みが、まだ喉の奥にあった。それを確かめながら、私はゆっくりと眠りに落ちた。
続きは、明日考える。今夜は眠る。
目を閉じると、老婆の掌の温かさが指先に残っていた。干しナツメの甘みが、まだ喉の奥にあった。それを確かめながら、私はゆっくりと眠りに落ちた。
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