第4章5節
楼蘭に滞在して十日が経った朝、私は旅籠の部屋で荷物を最後に確認した。
革鞄を腰の後ろに固定し、外套を羽織って抜き差しを一度だけ確かめる。右手の環首刀、左手のレーザーガン。毎晩繰り返してきた動作が、もう考えるより先に手が動く。革の固さも、最初の頃よりずいぶん柔らかくなっていた。体が覚えた、というより、道具が体に馴染んできた、という感覚だった。
交易品の残りを巾着に入れ、水袋を三つ満杯にして背負う。この十日間、市場で商人たちに酒を差し入れながら道情報を集めてきた。水場の位置、集落の間隔、夜間の冷え込み具合。一つ一つ聞き出して、頭に刻み込んだ。
「于闐まではまだ遠いぞ。一人じゃ危ない」
誰もが同じことを言った。私はそのたびに静かに頷くだけだった。反論する気も、説明する気も、もうなかった。
夕陽が西の空を染める頃、楼蘭の城門をくぐった。
最初の夜は、思ったより体が軽かった。楼蘭での十日間が良い休養になっていたらしい。北斗七星を頼りに黙々と歩き、朝が来ると岩陰を探して砂を掘り、体を埋める。タクラマカンを越えたときと同じ手順。ただ違うのは、動作に迷いがなくなったことだ。掘る深さ、砂をかぶせる量、呼吸の整え方——一つ一つが、いつの間にか身についていた。
二日目の夜から、冷え込みの質が変わった。
吐く息が白くなり、胡服の袖に薄く霜が張る。指先から感覚が抜け始め、足の裏が地面の固さを鈍くしか伝えてこない。不思議なことに、昼の砂の熱はまだ残っていた。日が昇りきると砂が鉄板のように熱を帯び、背中をじりじりと焼き続ける。夜は凍え、昼は焼かれる。
おかしいな、と最初は思った。でも、すぐに気づいた。
標高は変わっていない。楼蘭も米蘭も、タリム盆地の底で標高はほとんど同じはずだ。高校山岳部で縦走したとき、標高が上がるにつれて夜の気温が変わる感覚は身に染みて知っていた。でも今感じているこれは、それとは違う。ただ、暦が進んでいる。十月の終わりが近づいている。この緯度で、この季節——冬が来ているだけだ。
山では、季節の変わり目を体が先に知る。尾根を渡る風の質、岩の冷え方、霜の降り方。立ち止まって感じれば、ちゃんとわかる。砂漠でも、同じだった。
ただ、昔と違うのは、その気づきを誰かと共有できないことだ。
縦走のとき、夜が急に寒くなると誰かが「そろそろ冬装備いるよね」と言った。テントの中でシュラフに潜り込みながら、みんなで文句を言い合った。あの笑い声が、今は砂漠の風だけだ。
三日目の夜明け前、小さな集落に着いた。泥壁の家が十軒ほど、井戸が一つ。水を補給し、軒先を借りて数時間眠った。
四日目、五日目と歩くうちに、冷え込みはさらに増した。夜中の気温が体の芯まで入ってくるようになり、歩き続けることで辛うじて体温を保つ状態が続いた。少し立ち止まると足の指がすぐに痺れる。革鞄の革が冷えて固くなり、朝方の抜き差し練習では指先が言うことを聞かなかった。それでも、やめなかった。寒くてできないなら、実戦でもできない。
六日目の昼休憩、砂を掘って体を埋めながら、ふと空を見上げた。
青い。突き抜けるように青い。タクラマカンを歩き始めた頃は、この空の広さに自分の小ささを感じて胸がざわついた。今はただ、青い、と思うだけだ。ざわつきすら、消えている。感じる余裕がなくなったのか、慣れてしまったのか、自分でもわからない。
七日目の夜、遠くで何かが鳴いた。
低く、くぐもった声。一度だけ響いて、それきり静かになった。狼か、別の獣か、判断できなかった。私は足を止めず、ただ耳だけを研ぎ澄ませて歩き続けた。風の向きを確かめ、音の方向から距離を読む。山岳部で夜の尾根を歩いたときの感覚が、指先まで蘇る。
何も来なかった。
声はそれきり聞こえなかった。でも、且末から先は狼が多いと楼蘭の商人が言っていたことを思い出した。且末まではまだ数日ある。その先のことは、その先で考える。
八日目の夜明け前、米蘭の城壁が霧の向こうにぼんやりと浮かんだ。
朝霧の底に、オアシスの緑が薄く広がっている。家々の灯りが白い霞の中で揺れている。体の芯まで冷え切っていたが、城門をくぐった瞬間、かすかに土と水の匂いがした。
旅籠を探して部屋を借りた。濡らした布で顔と手を拭い、革鞄を腰から外して枕元に置く。刀と短刀も、手が届く位置に。
布団に倒れ込んで、天井を見つめた。
于闐まで、まだ遠い。且末の先には狼の群れが出るという話がある。冬はこれからさらに深くなる。楼蘭を出てからの八日間で、体がさらに一段、この旅に馴染んだ気がする。それが良いことなのか、何かが削れているだけなのか、今の私には判断できなかった。
革鞄に指先でそっと触れた。冷えた革が、少しだけ体温を吸った。
目を閉じると、すぐに眠りが来た。
第4章 了




