第3章3節
砂漠に入って十日目になった。
夜の移動を繰り返すうちに、少しずつ軽くなっているはずなのに、荷物の重さが足の付け根まで染み込んできた。食料は日に日に減っていく。干し肉の包みは半分以下になり、干し果物の小袋も底が見え始めていた。水はまだ残っていたが、補給を目前に控えても、道迷いのことを考えれば一滴も無駄にできない。足がもつれる瞬間が増えた。砂に足を取られ、よろめくたびに膝が笑う。背中の水袋は、ずいぶん軽くなっているはずなのに、なぜか前より重く感じる。
「はあ……はあ……もう、限界かも……」
声に出すのも億劫だった。唇のひび割れは血がにじむほど深くなり、視界の端が時々白く霞む。死人の骨はますます増えていた。
夜半過ぎ、遠くにまた橙色の光が揺れた。二つ目の砦だ。
足を急がせ、光に向かって砂を蹴る。低く丸い壁に囲まれた要塞。門をくぐると、前の砦と同じように兵士が水桶を差し出してくれた。
私は礼も言う前に、桶に口をつけてがぶ飲みした。少し砂っぽい感じがした。舌にざらっとした粒が残る。でも、そんなこと気にしてられるか。
「う……おいしい……」
砂を無視して、飲み干した。
補給の流れは一度目とほとんど同じだった。夕方まで東屋の下で休ませてもらい、荷物を枕に浅い眠りにつく。水袋を背負い直した瞬間、その重さが背中全体にのしかかった。
「また……重くなった……」
一度目より、はっきり実感した。水がなければ死ぬ。唇を噛んで、門を出た。兵士の「気をつけろよ」という声が背中に残った。
そんなに心配そうに見えるのか、私……。それはそうか……。
再び単調で過酷な日々が始まった。十一日目、十二日目。夜は北斗七星を頼りに黙々と歩き、朝が来れば休憩場所を探しながら進み、日が高くなる前に岩陰に身を隠す。昼は熱に焼かれ、夕方になって浅い眠りから目を覚まし、また夜の闇へ。
十三日目、昼頃ふと目を覚ますと、空が赤く染まっていた。
「え……?」
西の空が、血のような赤。風が急に強くなり、砂が細かく舞い始めた。砂嵐だ。親父さんの助言を思い出す——砂嵐が来たら、身を隠して一歩も動くな。
私は慌てて布シェルターを結び直し、荷物を抱え込んで体を丸め、布を頭から被った。風の音が、すぐに唸り声に変わった。
「うわ……すごい……」
丸二日、身動き一つ取れなかった。
あたりは暗くなり、砂の粒が隙間から容赦なく入り込んでくる。体中に砂が張り付き、目鼻と口にだけは砂を入れまいとするが、息をするたびに喉の奥がざらつく。風が布を激しく叩き、身を隠している岩すら揺れ動いているような錯覚を感じる。
「動かない……動いちゃダメ……」
水の余分を計算しつつ、水を一滴ずつ飲む。
砦を出てから、おしっこもうんちも出ていない。こんな時にトイレの心配がないのだけは救いだった。
砂で暗くてよくわからないけど十四日目のたぶん昼過ぎだと思う。風が一段と強くなった。布が激しく膨らみ、固定した紐が悲鳴を上げる。
「やばい……!」
シェルターの布の左側がちぎれた。ビリビリと音を立てて裂け、砂の奔流が一気に吹き込んでくる。私は必死に布を掴んだが、すぐに右側もちぎれ、風に暴れる布は私の手を振り払うように飛んでいってしまった。砂が目に入り、口に入り、鼻に入る。咳き込みながら耐える。
ようやく十五日目の夕方、風が弱まった。空はまだ赤みがかったままだったが、砂嵐は収束した。
私は荷物を背負い直した。水袋は予定外の滞留で減っていた。残りは一日分あるだろうか。いやたぶんない。
「これ……死ぬのかな、私……」
砦に戻るにも、楼蘭にたどり着くにも水が足りない。
でも、ここでじっとしていれば間違いなく死ぬ。夜の移動を再開した。星空の下を、よろめきながら歩く。
その翌日——十六日目。
夕方、再び移動を再開した。水はもうコップ一杯分ほどだろう。
もういよいよどうにもならなくなったら、この水を一気飲みして死んでやろう。そんな益体もないことを考えながら歩いていると、岩場の陰に人影が見えた。
倒れている老人だった。胡服を着た老商人。白髪が砂にまみれ、唇は乾ききってひび割れ、顔は土気色だが息はしていた。荷物は散らばり、杖が転がっている。
視界がぼやける中で、私は足を止めた。このままではこの人は死んでしまう。
「放っておけない……」
水袋を下ろし、蓋を開けて私の末期の水になりそこねた水を、老人の唇に少しずつ流し込む。
「大丈夫……? 飲んで……」
水が老人の口元を伝い、喉が小さく動く。水はどんどん減っていく。多分、この人と一緒に、私、死ぬんだろうな、とぼんやり思った。でも、後悔はなかった。
老商人の瞼が、微かに震えた。意識が、ゆっくりと戻り始めている。
私は砂に膝をついたまま、老人の顔を見つめた。息を潜め、祈るように待つ。
砂漠の夜風が、静かに二人の周りを吹き抜けていった。




