第2章5節
旅籠での日々が過ぎていく。楼蘭への情報が揃ってきた頃、私は物資を買い揃え始めた。親父さんや小明に相談しながら、市場を回る。保存食料、水袋、交易品……どれも欠かせない。
保存食料は干し肉の細切れ、硬い干しパン、干し野菜、干し果物。なんだか干したものばかり。胡人の露店で一つずつ値切りながら、十八日分を目安に仕入れた。「これで持つかな……」不安にかられるが、重くなりすぎてもいけない。水は一番の難問だった。大きな革製の水袋を三つ買い、試しに水を入れて背負ってみる。ずしり、と重い。山岳部で水の重さはわかっていたけど、縦走では長くても一日に一回は水を補給できたし、高山だったから涼しかったので、こんな大量ではない。……一人で砂漠を進む不安が、急に水の重さが倍になったように感じさせた。
交易品は残しておいたものに、旅籠のお給金をはたいて新しく仕入れたものを加えた。絹の端切れの小袋と、香木の欠片をいくつか。軽くて高価値で、楼蘭の市場なら値が付きやすいはず。付くと良いな。
旅籠での最終日、私は昼過ぎまで部屋で体を休めた。夕方の出発に備えて、親父さんの助言通り、体力を温存する。布団に横になりながら、巾着袋をそっと撫でる。レーザーガンは昨日こっそり試射した。充電器も無事動いた。手記も大事に胸に抱く。「葵さん……私、ちゃんと準備できたよね?」
夕方、旅籠の家族が揃って見送ってくれた。親父さんが荷物を確認してくれ、女将さんが大きなお腹を抱えながら微笑む。小明は私の袖をぎゅっと掴んで離さない。
「柚、気をつけてな。厳しい状況なら無理せず引き返してこい。またウチを手伝って出直せばいいだけだ。命は一つしか無いからな」親父さんが太い声で言った。
女将さんは目を細め、私が来たときより更に大きくなったお腹を撫でながら、「水は絶対に補給してね。いつか戻ってくることがあったら、この子に楼蘭の話を聞かせてちょうだい。待ってるわ」
小明は涙目になりながら、「お姉さん、絶対に生きて西へ進んでね! 僕、もっと強くなって、いつか追いかけるから!」
私はへへっと笑って、一人ひとりの手を握った。「みんな、ありがとう……本当に。楼蘭まで行って、ちゃんと生きて西へ進むね。約束するよ」
胸が熱くなって、涙がにじむ。でも、すぐに笑顔を作った。「じゃあ、行ってきます!」
夕陽が敦煌の街並みを赤く染める中、私は荷物を肩にかけ、旅籠の門をくぐった。親父さん、女将さん、小明が手を振って見送ってくれる。後ろ髪を引かれる思いで振り返りながら、私は夕焼けの空に向かって歩き出した。
砂漠の風が、遠くから私を呼んでいる気がした。十八歳の私、柚の、絹の道を往く旅が、今、再び動き出す。
第2章 了




