0-0 プロローグ 〜 大久保彦左衛門、ガチ勢の意地。将軍も知らない『真の忠誠』 〜
『三河物語』は、江戸時代初期の、旗本の大久保忠教による著作。戦国時代から江戸時代初期を知るための史料とされることもあるが、徳川史観による偏った記述により資料としての正確性は欠如している。出典:Wikipedia
俺の名前は大久保彦左衛門忠教。
世間じゃ「天下のご意見番」なんて呼ばれて、将軍相手にズバズバ文句を言う無敵の老人扱いされているが……。
実際のところ、俺はただの「キレる老人」じゃない。この徳川幕府という巨大な組織が、あまりに「譜代」へのリスペクトを忘れて、「官僚政治」に成り下がっちまったことに絶望している一人のガチ勢だ。
俺ももう年だ。人生も、そろそろ「夕暮れ時」に差し掛かっている。いつ死去してもおかしくない。そんな俺が、最後に残しておかなきゃならない「記録」がある。それが、この『三河物語』だ。
最近の幕府を見てみろ。将軍も、そして周りの家臣たちも、一番大事な「歴史」をこれっぽっちも理解しちゃいない。
「譜代の衆」だの「三河武士」だの言えば、みんな同じだと思っていやがる。三河出身なら、誰でも彼でも「徳川を古くから支えた譜代」だと思い込んで、適当にチヤホヤし、適当に役職を振り分けている。
――バカ言え。そんな甘いもんじゃないんだよ。
俺たち大久保家が、まだ徳川が「三河の弱小豪族」だった頃から、どれだけの死地をくぐり抜けて、どれだけの「忠節実績」を稼いできたか。
それを今の若い連中は、まるで「最初から持っていた初期値」みたいに思ってやがる。
「おい、新入り。お前の家系図を見せてみろ。その『譜代』という称号、いつ、どこで、どんな戦に貢献して手に入れたもんだ?」
そう問い詰めたところで、あいつらは「えーっと、三河出身だから……」なんて、中身スカスカの回答しか寄越さないだろうよ。
俺の子供たちだってそうだ。このままだと、自分たちがどれほど高 筋目な血筋なのか、どれほど重い「忠義の恩恵」を背負っているのかを知らないまま、時代の波に呑まれて消えてしまう。
だから俺は、筆を取った。これは公の歴史書じゃない。俺たち一族のための、門外不出の「家譜」だ。
いいか、よく聞け。これから俺が書くことは、他人が読むためのもんじゃない。もしこれを世間に出すつもりなら、俺だって手柄をリサーチして、もっと綺麗に盛り付けた「公式ガイドブック」として書くだろうよ。だが、これは「俺たちの家系」を「俺の子供たち」に伝えるための、純度100%のプライベート・ログだ。
世間には、他人の家柄や忠義について、あーだこーだと穿った詮索をする連中がいる。だが、そんな奴らの意見は雑音だ。俺は俺の家族に、俺たちがどう戦い、どう生き残ってきたか、その「真実の履歴書」を渡してやりたいんだ。
他人の手柄に興味を持つな。 自分の家の「忠義の筋目」だけを完璧に把握しろ。記録は最強の防具だ。 自分がどれだけ「走ったか」を書き残し、子孫に継承しろ。それが将来、理不尽な改易や左遷から家を守る唯一の手段になる。「門外不出」を死守せよ。 この情報を部外者に漏らすな。これは俺たち大久保家の秘伝のスキルツリーだ。
今の若い衆、そして何より将軍家……。あんたたちが座っているその豪華な椅子は、俺たち三河武士が流した血でできているってことを、忘れてもらっちゃ困るんだよ。
「三河の者なら、みんな一律に譜代として扱えばいいだろ?」
……そんなザルな運営をしてるから、組織の強度が落ちるんだ。本当の譜代ってのはな、「主君が逃げても、俺たちは逃げない」「主君が死んでも、俺たちは戦う」……そんな、理屈じゃない「強制イベント」を幾千回も乗り越えてきた連中のことを言うんだ。
俺のこの『三河物語』には、俺たち大久保家が、そして徳川家が、いかにしてこの世界を攻略してきたか、その全ての答えが書いてある。
俺たちの「勝ちパターン」は、流行りの戦術やスマートな処世術じゃない。「愚直なまでの忠義」と「嘘をつかない生き様」。ただそれだけだ。
さあ、筆を進めるとしよう。俺たちの主君・徳川家がいかにして立ち上がり、俺たちがどう支えたか。その「伝説の始まり」からだ。
【三河物語 作:大久保忠教 国民文庫刊行会 1912年】
緒言
三河物語は、徳川氏の勲旧大久保彦左衛門忠教が、其の晩年、主家並に自家の経歴を叙して、子孫に示せるものなり。忠教は純忠至誠の士、真に三河武士の典型と称せらる。此の書また悉く其の肺肝より出でたるものにして、熱誠紙上に溢る。特に行文朴実、最も当時の情態を想見するに足れり。たゞ書中難字渋句多きが上に、方言俚語交錯して、頗る通じ易からざるものあり。今其の難字の甚しきものに限りてこれを改め、渋句のわきがたきものにのみ漢字を填めて、いさゝか通読に便せり。されども他の当字、借字、仮名遣、語格等は、大方私意を加へずして、原本の体裁を伝ふることに力めたり。
大正元年八月一日 古谷知新識
目次
三河物語 序
三河物語 第一上
第二中
第三下
三河物語序
我老人之事なれば、夕さりを知らず。然解只今之時分者、御主様も御普代之御内之者の筋をも、一円に無御存知、猶又御普代之衆も、御普代久敷筋目もしらず、三河者ならば、皆易に御普代之者と思召ける間、其立訳をも子供がしる間敷事なれば書置成。此書物を公界へ出す物ならば、御普代衆忠 節之筋目、又は走り旋りの事をも、能 穿鑿して可㆑書が、も、能穿鑿して可書が、是者我子供に我筋をしらせんために書置事なれば、他人之事をば書ず。其に寄而門外不出と云なり。各も家家の御忠霞又は走り旋りの筋目、又は御普代之筋目之事書しるして、子供達得御 譲可㆑被㆑成候。我等も我一類の事を、如此書而子供に渡す、夢々門外不出可有成。以上。
〜参考文献〜
三河物語(国民文庫刊行会 大正元年)- Wikisource
https://share.google/jJTiQMFkLIRfryR6a
〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。
この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。
もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。




