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我々は皆、どこかおかしい  作者: 春巻真希


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9/22

09、今日のマキナさん。普通だった。

 どうしてこんな文句を前文で述べていたのか。聞いていて不快だったかもしれないけれど、私の方が随分と不快感が募っているのである。


 私は唯一出来るであろう教科で最悪のミスをした。

 別にミスという訳でもないだろう。前提の話をしよう。


 今日はテストであると言うのを最悪なほどに忘れていた。まあ。しかし、いつものことである。そこまで勉強に熱心な訳でもないし、取れなかったからと云ってそこまで塞ぐことはない。

 こうは云っても殊、国語に関しては高校入学時から上位を占めていたものだから余計なプライドが付いてしまったらしい。


 脳の奥に澱が溜まってむずがゆくて仕方がない。

 取れて六割七割か……。


 考えれば考えるほどに私はどうしてこうなったのか分からなかった。

 いつもや、普通を壊された気分だった。


 それははっきりと始めて分かったのが、テストが返却された後の話である。

 意外と点数が良かったのである。


 総合的に見ればごく普通で、何も引っかかるところがない。そんな講評を先生や親、いるか分からない友人はしてくれるだろう。

 それでも私は苦い顔をする。テストが終わった後、絶望の果て、魂が抜けて、机に溶けたように突っ伏した。


 突っ伏しながら、周りに何か安心材料がないか見れば、舞い上がっている者、私と同じような気分になっている者、特に何も思っていない者もいる。

 こんな紙一枚で一喜一憂する私の悩みは特に特別なことではないのだろうと直感的に思えた。

 しかし、それが畢竟嫌になった。


『どうだった?テスト?』と手遊びに興じていた私に誰かが話しかけて来た。


 ああ。鬱陶しい。と思ったけれど、何故か悪くないとも思えて気の向くままにそちらの人を見た。

 その委員長こと臥本鉱姫はたまに話しかけてくる人だ。川本さんよりもよく話しかけてくる人だった。でも、それもただの気まぐれにすぎないだろう。


「いーいや」と気怠そうに答える。

『そう?まあ今回難しかったものね』

「まーあ。そうですね。多分」


 嘘である。別に難しくはなかった。いつもと同じ難易度である。こんなことを言えばいいのにどうしてか私の口は言わなかった。


「臥本(がもと)は出来たんですか?」と別に訊く必要もないことを流れで訊いてしまう。


 まさに無駄口。


『勿の論だよ』と自信満々にはにかんだ。拳を腰に置いて威張るポーズをするくらいである。


 私は気圧されて、厭な気分になった。


「そう。それは良かった」と何が良かったのか分からない良かったを吐いた。

『まあ。つ、次があるしね。私も油断はできないものよ』と歪んだか顔で答えた。


 今、気を遣われたのではないかと思った。ああ。なんだか悪い気がする。


「へえ」と言ってこの気分を誤魔化した。

「てか、この教室で私に声を掛けていいんですか?」


 臥本はそれを政治的に一番、気にしていたことだ。


『まあ。気分かも?』

「気分?」

『そうよ』

「気分で人間関係を壊してしまう君の神経が知れない」と言って席を立った。

『あ、あれ?どうしたん?』

「ニュイセンスになるから去るんだよ」


 帰り支度して、教室を出ることにした。


『へえ。バイバイ』とにっこりとして止めることもなく流し目で私を見送った。


 私も呼応するように違和感を持ちながらも手を振り返した。


 教室を出るときに臥本のグループあたりから「今日のマキナさん。普通だった」という言葉が聞こえた気がするが、どういうことだろうと思った。


「今日の鉱姫(こうき)は変だった」とも聞こえて疵になった。


 疵が頭の中に沈殿物として溜まり、トボトボと楽しくもない帰路が余計楽しくなくなった。

 もう怠くて一人になりたかった。こんなに落ち着きたいと考えたのは初めてだろう。帰心矢の如しだ。

 矢の如しなのに、立ち止まった。


 信号が青だったからだ。ずっと赤だっただろう。

 五差路がこう簡単に青になってはいけないだろう?

 私の唯一の癒しでもあったのだ。変だろうか。


 変だとしてもまあ癒しになるならばいい。だが、今は非常に宜しくない。

 なんでこんな時だけ都合悪いだろう。得意の国語も微妙でいわれもない普通という言葉が積み重なる。そしてその上にこれだ。


「あーあ。どう考えても気分が悪くて仕方がない」と誰にいう訳でもないのに悪態をついた。


 おまけに私は足癖悪く、手頃な小石を蹴った。

 小石は勢いよく飛び去り、ガードレールの袖ビームに当たった。当たって、当たった。

 人に。


「……。イタっいいいい……」と誰かの悲鳴が轟いた。

「あっ……。ヤバっ……」


 ちょ、ちょ。どう、え?え?

 私は気が動転して可笑しくなる。逃げる。逃げればいいのか?と、背後を見た。逃げ道が地平線の彼方まで続いているような気がした。

 でも、そんなことは出来ない。

 人間ではない。そんなことをする奴は。


「す、すみません……」と言いつつ、ガードレールの側で膝を抱えて蹲っている人に寄った。

「あ……。う……」と呻きを出すものだから「ほ、本当に……すいません」と申し訳なさが最高潮に募った。


 蹲っていた人間は顔を上げて私を確認した。


「あ……。え……。あの……」とキョトンとした目をしていた。何か可笑しいのかと訝しんだけれど、もじもじと文句も言わないこの少女は馴染みのあるやつだと気が付いた。


 川本稔だった。


「す、すまん」と反射的に謝った。九十度の謝罪だった。


 あれ?どうして?


「い、いや……。だ、大丈夫…」

「川本さん。病院かなんかまで送りましょうか?」

「い、いや…悪いし……」

「いいから、いいから肩貸しなさいよ」


「わ、え…」と遠慮をする川本さんを無理矢理肩を組みに行った。


 しかし、二歩ほど歩いたところで向う見ずな判断だったことに気づいた。肩を組んだのは良いとして、どこに行けばいいのか良く分からなくなった。

 病院と言ったけれど、今思えば、その傷は別にそこまでの類でもなかった。


「どうにかしないと」

「え……だ、だから別に……」と川本さんは震えた声で言う。


「別にって。私が怪我をさせてしまったから、償わないと」とどうにかこうにか言葉を尽くして、手頃なベンチに座らせ、「ちょ、ちょっと近くの薬局かコンビニに行ってきます」とだけ言って走り去った。


 どうにかこうにかしてしまっているようだ。私は完全にてんぱっている。ああ。やってしまったという一言で脳は完全に支配されていた。

 大体何百メートルとか走り回っただろうか。


 やっと見つけた。

 向こうの方に。大幹線道路の対岸側に。コンビニを……。また信号機が青である。

 まあこんな時には都合よい感じかと無理に納得して、渡った。そして目当てのものを買って、そのままあのベンチに戻った。


「買ってきました」

「ああ……。え、悪いです…よ…」という川本さんを傍らに私は絆創膏の箱を開けた。

「いやいや。遠慮はしてはいけませんよ」とゴリ押しするものだから、とうとう川本さんは惰性的にこの状況を受け入れた。


 まずは消毒して、「や、やあん。だめえ」と荒々しい声が聞こえて、絆創膏を貼り付けると「んんんんんっ///」と喘いだ。


 な、なんだこいつなんて思ったりするだろう。だが、この時の私は一つたりとも脳内にそんなことは浮かばなかった。


「これでいいね」


 なんて、暢気に言った。緊張して気が気でなかったのだろう。ようやっと安寧らしきものが訪れたと安堵の限りを尽くしているのだろう。


「あ、ありが……とうございま…す」という言葉も幾らか気分が良かった。


 これも全て私の落ち度ではあるから、そんな感謝の言葉は受け取るつもりはなかった。


「いいよ。いいよ。まあなんだが、家まで送って行きましょうか?」

「そ…こまでは……要らない…です…」

「そう?でも、悪いし」と言ってやはり無理矢理に送迎しようと思った。質問すれば必ず否定する人だから、私がぐいぐいとした方がいい。


 こんな私を見て、川本さんはぽかんと内を開けていた。


「どうしての?」

「い…や…。別に…何も…」と濁しに濁すけれど、私には丸わかりである。


 今日の私はなんだかおかしい。

 そんなことを伝えたいのだろう。けれど、それが何故なのか。それはどうしてなのかが分からないのだ。


 余程国語のテストが響いたのだろうか。

 違うような……。

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