06、私は悪魔と契約したかもしれないと悟ってしまった。
ふう。あれからあの医者に一時間余りは捕まっていた。
けれど、ペンを持ってメモを取ってくれていることに対して悪い気もしない。
先生と言われる教師、政治家、将又医者は遍く人々はこんな感じなのだろうか。それなら、あんなに揃いも揃って人格破綻者が多いのは想像に難くない。
「はあ」と私はため息を吐きながら、靴を脱いだ。
当然靴は揃えない。
「ただいまー」と形式的な挨拶をすると共に、私の部屋は二階であるので、面倒になってきて体力が吸われて、ヘタレた。
「あー。だるい。このまま寝てしまおうか」
私は階段を上って二段。だるくなって寝た。
「ちょちょちょ。マキナ。何してんの?」
「ん?あー。お母さん」
とても悲愴感漂う目で私を見ている。娘を見る目ではないのは確かであった。
私に近付くや否や、洗濯物を置いて、軽蔑した目を向けた。
「あんたホント何してんの?」
「いいや。別に。疲れたから、寝ようと」
「べ、別に病気という訳ではないのでしょう?」と私のお凸に手を当ててから、「別に何ともないじゃない。だったら、自分の部屋で寝なさい」と冷徹に言い放つ。
「えー。母上。そんな細かいこと分からないよ。二階の私の部屋なんて、座標的には同じ位置でしょう」
「はあ」と呆れた長嘆息を吐く。
「大丈夫でしょう?」と私は問いかけた。
「あんた。もっと、ちゃんとしないと、生きていけないわよ?」
「生きているけれど」
「将来の話よ」
「分からない話しても、それは不安の借金みたいなものじゃないですかね?」
「そういうのも考えてこその調和よ」
「へえ。でも、今は生きていけるし、眠たいし……」
私は赴くままに睡魔に任せる。
「ちょ、ちょ、ちょ。マキナぉ」と私の身体を必要以上に叩いてきた。
「な、なんですか母君……。私は御眠なんですよお」
「だからってここで寝る奴がありますかっ」
振出しに戻った。母親は喚くぐらいしか才能がないらしく、ただただ煩わしいだけだった。私の心地よい睡眠はお預けとなった。
でも、階段から一歩たりとも動かないのは変わらないものである。
だから母親はそれに呆れて、ずるずると腕を持ってリビングの方へ引っ張って行った。
ソファに投げられた。さっきからする仕打ちが愛娘にする行為ではないのは気のせいであろうか。
「座りなさい」と母親は冷静な面持ちで威嚇するように言った。
私は命令された通りに座った。
「正座で」
胡坐も何も変わらないだろうと云う文句は今垂れるのは得策ではないと腹の内に呑み込みながら、正座をした。
不服な表情をした。不屈の精神で。
「マキナ。あんた。いつもいつも言っているけれど、いい加減にしたら?その怠惰っぷりだとか、その厚顔無恥なところとか……。恥を知りなさい。恥を」
「恥なんて知った所で何になるんですか?」
「まともな人間に成ります」
「へえ」
このへえは納得のへえではない。吐き捨てたくなるへえだ。
「と、言うか。そこまでなら、私は病気の節を疑いたくなるのですけれど、病院に一回通うと言うのはどうでしょう」
「病院……?」
その単語は忌避すべきことだ。まともな人間に成れると言われた時より、私が異常者ではないかと考えてしまう。
「そう。病院です。特に精神科」
ああ。親じゃない。親では。
「病院には行ったよ」と言って見た。嘘ではない。
「どうでした?」
「えー。え……。何もないと……」
「行っていないじゃないですか。母は分かっています」
「はあ。そうですよ。姉の見舞いですよ」
「姉?また行ったんですか?セラの状態は余り変わりなかったでしょう。どうせあの子は変わるつもりなどないですから」と母親は若干憂いた声を出した。
やっぱり母親らしくない。
「まあ。良いわ。セラの見舞いでもなんでもいいから受診しなさい」
「検討しますよ」
「駄目。約束して」
小指を差し出された。本気度合いが伺える。
仕方がないので、私も小指を差し出した。
「守ってくださいね」
「ええ」
眉を顰めて、震える手を従えて仕方なしに手を結んだ。手を放してから、私は悪魔と契約したかもしれないと悟ってしまった。
本当に病院いかねばならないらしい。




