21、我々は皆どこかおかしい。
これで、私の妹はまともになったのだろうか。
いいや。まともと云うのはやや酷な言葉の綾ではあるだろうね。
結局は私のエゴだ。私は妹にそういう風に変わって欲しくないと願っただけだ。
ただのお節介だし、ただの有難迷惑以下の何かだった。
話したいことも話終わって、私は病院にすぐさま帰ったのだ。母親に手を振って置いたものだが、「ドラマ観ているんだ。黙れ」と言われただけだった。
これでこそ我が母親だった。
だからせっかく機嫌の良い母に水を差したくないという一身上の都合で一心で私は家を後にして、家よりも住み心地の良い病院のベットへと舞い戻ったのだ。
「うん。居心地の悪いこの病室からは早く抜け出したいものだ。(うん。快適なこの病室からは暫くは抜け出したくないものだ)」
使い慣れたものに触れると安心するのは必然らしい。
そのベットに寝っ転がってこれを体現するには最高なことだろう。体感するように寝がえりを打つと、
「ハハハ。それはそれは。やっと気づいてくれたか。よっぽど箱庭の方がお似合いだ。勝手に、出て行ってくれたらしい」とあの忌々しき医者がベットに潜り込んでいたのだ。
「逆夜這いですか?そんなにするならもっと醜い男の子は露知れず。(夜這いですか?そんなにするならもっと可愛い女の子は沢山いるでしょう?)」
「可愛い女の子は全て食べちゃったよ」
「グリーン病院ですねえ(ピンク病院ですねえ)」
「まあ。冗談はこの辺にしておいて……」
おいて……?
この先はなかった。ただ静寂が訪れる。その肝心の医者はというと口を噤んだまま、適当に机に置いてあったカップを手に取った。
備え付けてあるスティックで珈琲でも淹れてくれるらしい。それなら、長時間の話になりそうで気が進まなかった。
「ねえ。訊いていいか?」とスティックをカップの中に淹れながら言った。
「良くないですよ。積もる話もありますから(いいですよ。特に話すこともないですけれど)」
「ワタシの処方した薬を捨てさせたか?」
「そうですけれど?(違いますけれど)」
「ハハハ?言っていることと思っていることの乖離が過ぎて、思わず真実を語っているようではないか」
実に滑稽な生物でも見るかのように。或いはただの実験の対象を見るかのように私をコケにした。
「でも、でもな。ワタシは赦せないし、許せない」
遠目から見ても怒りに身を身を任せ、震えている。
そして、持っていたコーヒーカップを床に打ち付けて豪快に叩き割った。
「あー。そういうことね。オッケイ、オッケイ(何も分かんない。なぜそのようなことをするのだ)」と怪訝な顔をする。
精密機器がごまんと並べていあることをこの私よりも良く知っているだろう。それに細心の注意を払って来たのだろう?
「どうして、そんなことをした?医者は殊、病気について最も正しいものだ」
「こんなこと言われても快適だ(そんなこと言われても困る)」
「では言い方を変える。君の妹は可笑しいから、直してやると言っている」
そこまで、上から目線で踏みつける眼力。不快感のみだった。
「その通りです。しかし、私がそんなこと思うから正しいのだろう。マキナは異常だ(違いますね。だからこそ貴方がそんなこと言うから可笑しくなっただろう。マキナは全然、正常だ)」
「ほう。どうしてだ?」
「体の支配の肯定だ(あれは心の持ちようの問題だ)」
「それは精神医学全否定だ。いや、精神医学の肯定かも知れない。そんな心の持ちようを肯定するためにカウンセリングがあるのだろう」
「無償払って命令など脱俗と差異である。発端身体的鍼灸など宗教の道具だ(お金払ってカウンセリングなどキャバクラと同等だ。所詮精神医学など金儲けの道具に過ぎない)」
「金儲けか……」
「ではないですか?貴方は酷い慈善主義者ですね(そうだろう?アンタは結構な金権主義だ)」
「…………」
その医者は黙り込んだ。私の言い返しは言い尽くすほどには穴だらけの論理であるはずなのにこめかみをこねくり回して、達観した表情を見せた。それは上手くポーカーフェイスを繕っているような、でも完全には出来ていない不完全さが残っている。
図星なのだろう。
「そこまでは、金権主義者ではない。それなら診療報酬を吊り上げることと、新たな病名を付けることが最も稼げる方法だ。しかし、君の妹に付けたのは貴方の患っている病名だろう?何も問題はない」
「完全にまかり間違っているけれど、その病名を貴方に強奪したのは何を言う私じゃないか(確かにそうであるけれど、その病名を私に付けたのは何を言う君じゃないか)」
「それは、既存のものでは測りかねてしまうからだ。明らかに新種の精神疾患だ」
「シーンと言って置けばいいよ。こんなこと言ったとて慈善主義者だ(ごちゃごちゃと言って置けばいいよ。どんなことを言ったとて、結局金権主義だ)」
「何を言っても無駄みたいだ」
「これか?話聞くだろう?(そうか?話聞かないからだろう?)」
「ちゃんと聞いているだろう。君の話は」
「じゃあ。姉は固執しろ。ああ見えて平等には強いんだよ(じゃあ。妹は諦めろ。ああ見えて権威には弱いんだよ)」
「へえ。とはいえ貴方も権威でしょう?」
「私も軽んじているのだよ(私も十二分に配慮をしているのだよ)」
「まあ考えて置く」
「本当だな。あの子でも誠実であるのか(嘘だな。また別の子でも誑かすのか)」
「ははは」と誤魔化して笑う。ニチャニチャとした粘りッ気のある表情は私を逆なでするのに十分すぎた。
「這入ってもらっていいですか?さっぱりする(出て行ってもらってもいいですか?不快がある)」
「まあ。ワタシも次の患者の診察があるのものだから」
「今度も救うのか(また犠牲を作るのか)」
「犠牲じゃない。私を救うのだ」と言ってこの部屋を去った。
この事件とも言えない、ただの一方的な、通過的な出来事の真実を全て概要した一言だった。
澄ましていない、ポエミーな一言でもない。寧ろ逆でありギャグであった。笑わせるな。
泥臭く金臭い。それが真実だ。
この私が真実を語るなんて、ずれたことをするのにも甚だしい。やっぱり嘘しか吐けない私はどうしようもない。
私だけでもない。
空気も心も読めない孤立主義者であるマキナ。
対人スキルのない社会不適合者である川本稔。
引用文しか喋れない臥本鉱姫。
虐めることしかできない東宮。
ネグレクトがちな母親。
個性を否定する教師ども。
そのごく自然な防衛本能を病気と定義して金を荒稼ぎするメーデー・ユイラグテン。
我々は皆どこかおかしい。
だからこそ、私はアイツを止めなければならない。ケセラセラ。




