22、この子も病気なのさ。
シーンとしている。
心臓が跳ねている感覚もない。そんな感情が全部刎ねられた感覚かもしれない。
教室の前に立つとそんなことを思わされた。
別段、緊張する感覚が失われた。前までのあの人に仕立てに出たい感情が殺されたみたいだ。こんなものを纏っているのはマインドの問題他ならない。
マインドが変わった。
「おはよーっ」と豪快に教室の扉を開ける。
誰一人としてこの挨拶に反応を示さないけれど、別に気にすることではなかった。
後はいつものように、個別に挨拶を交わしていくだけだった。
「おーっはよっ」と参考書を広げ、まだ若干早いような受験勉強に勤しんでいる彼女、川本稔に暇であったので声を掛けた。
「お、おは……よう。ご、ござい…ます……。今日も……お日柄良く……」
「長くて聞く気にならない」とずばっと切り捨てれば、彼女は参考書を盾に紅顔を覆い尽くした。
そして、良くも理解できないけれど、口が緩んでいた。
「ど、どうしたんです?」
「い、いや……。なにも……。ないですよ……」
こんな言葉を言うが、間間でクスリクスリと嘲笑する。
不快感が募るけれど、「へー」と流すぐらいどうでも良かった。勝手に参考書でも見て置いてくれ。私は適当に彼女の机から離れて臥本を訪れていく。
机はもぬけの殻だった。
「あーれ。彼女、まだ来ていないのか?」
「あら。マキナ。鉱姫を探してんのかー」と肩を組んで鬱陶しく絡んでくる。
「そうだけれど、誰です?」
「東宮。忘れたんか?」
「覚えていない」
「ははは。同窓生だぞお。馬鹿にしてんのか。と、言いたいけれど、お前みたいにひねくれた、KYに何言っても無駄だわ」
「あっそう」
「まあ。鉱姫ならあいつ保健室か行ったと思う」
「そう。有難う」とそのひがし…東なんとか、まあギャルさんから情報を引き出したので、教室から颯爽と去る。
「おーい。教えたら用済みかよ。連れないなあ」
こんな愚痴も聞こえたけれど、どうぜ愚痴無知が言っていることだ気にすることもない。
えっと、兎にも角にも保健室だったよな。
私は適当に迂遠な道のりもせず、適当に保健室に向かった。適当なので、やっぱり迂遠な辿り方になった。道を覚えていなかった。
「あ~あ?ここよなあー」とポンコツな頭でもわかるように学級表札があるのはありがたい。
そうして感謝したので、「よおおーすっ」と私は躊躇もなく保健室の扉を開けた。
でも、躊躇した方が良かった。勢いが良かった分、勢い良く絶望する。
「どうして…、貴方が?」
「こんにちは久しぶりでもないだろう」
金髪で、明らかなる外国人の見た目をしながら流暢な日本語を発する彼女、メーデー。いいや、こんなことはどうでもいい。
この光景に違和感、寧ろ不快感。
「なんで、彼女は、倒れているんだい?」
「彼女?ああ。臥本鉱姫ですか?」
下に転がって、絶望に浸った表情を見せる。
「あはははは……」と虫の息の根ぐらいの声しか出さない彼女。いいや、こんなものは歯牙にもかけない程度のことだ。
何故か分からないが、いつもの彼女とは違うような気がする。
ばっと振り返る。
「な、何をしたんだっ?」と睨みつけた。
睨み付けたのに、目の前の医者は何も動揺しない。動揺するどころか気持ちの悪い不敵な笑みを浮かべた。
「この子も病気なのさ」
…………。
言葉がつっかえた。眼も背けたくなった。
あ、あの時、あの時この人に彼女を引き合わせたから……。こんなことになってしまったのでは……。
わ、私のせいだ。多分私のせいだ……。
こんなことを思うと、どうしても、どうしてもこの表情が脳裡に根を張って離れなかった。




