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我々は皆、どこかおかしい  作者: 春巻真希


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18/22

18、信念のあったそんな人間なんなんだよね……。

 私は……私はどうすればいいのだろうか。

 無断で帰路を辿っている最中なのだけれども、このことについて頭を悩ませている訳ではない。

 帰りたいが、帰りたくないのが事実だった。


「家……。やだなあ……」


 どうして嫌なのかは全く説明は出来ない。しかし、帰れば私の心の臓は持たないことは分かる。なぜならもうここからでももう既に潰れそうだ。

 逃げ出したのに、逃げることは出来ない。

 傍から見れば逃げているように見えるのに、私にとっては一つも逃げているように見えない。


「どこへ……」


 ああ。そうだ。それなら、セラのところに行こう。

 この状況を何とかしてくれるかもしれない。 

 そう思い、くるりと足を向き直す。向き直したものの立ち止まって考えた。

 そういえばあの……メーデーがいるんだった。そう思い返せば、再びあの億劫な気持ちが浮上して来た。


「やっぱやめようかしら……」


 あ、でも……。今母親とエンカウンターするのは勘弁して欲しい。そんな精神力はない。遭ってしまったなら、ボロボロになってしまう。


「はあ……」


 板挟みがひどい。よし、思考放棄しよう。

 夜の私に思考を任せよう。そこの公園にでも、ぼうとスマホでも見ようか。


 ふらふらの足を縺れさせながら、ベンチに座る。

 座るまで気が付かなかったが、隣に疲れ切ったおそらく会社員だと思われる人物がいる。俯いて一向に動きやしなかった。この人も何かあって絶望しているのか。私と同じだねだなんて言ったならそれはそれは迷惑だろう。こんな私に同情されるなど、死んだ方がいい。


 でも、この人が居るだけでも私の心は幾分軽くなった。自分よりも下か、同じくらいか。そんな人が居るだけで安心をしてしまうのは人間の性みたいなものなのだろうか。

 公園にこの絶望した二人だけ。あれ、なんか小さな子供を連れた若い女性が現れた。


「あ、おとーさん。おとーさん」

「ははは。娘よー」

「貴方今日は誕生日でしょう?」

「そうだな。まあ奮発でもして焼肉でも行くかあ?」

「いいねいいね」

「あらあら安月給で……」

「はっはっは。ひどいなあ」とか円満な会話が繰り広げられながら、その親子たちは出て行った。

「はっはっは……。ね……。はあ……」


 絶望しているのは私だけらしい……。一気に私だけが世界に取り残されて、そして、溝も深まって深淵すら見えてしまいそうだ。勝手に同情して、勝手に絶望しているだけの勝手な奴だけれど、思い込みというのはそれはもう世界を変えるほどには強力な催眠剤らしい。

 この路傍の石にすら、私を不幸に突き落すのではないかと勘繰ってしまう程である。


「はあ……」

『どうしたんだい?そんなに溜息ついて、溜息を吐くとそれはもう不幸になるそうじゃないか』


 誰か人が来た。それは私に話かける。私に夫や娘は居ない筈なのだけれど……。と、馬鹿なことを思いながら、仕方なく顔を上げる。


「ん……。あ?どうして?」


 どうして……。ここにいるんだ?どうして……。臥本が?

 なぜか息を荒くして、膝を抱えていた。大層疲れているようだ。私が彼女らを確認したや否や私の座るベンチに適当に座った。


『どうしたって?そりゃあ。追いかけて来たんだよ』

「私も……います……」とおまけ程度に川本さんもいた。どうしてと、疑問が浮かぶばかりである。

「まだ学校あるけれど……」

『それはマキナにも言えるでしょう』

「それはそうだけれど……、川本さんが……」


 そう。その真面目で、そして友達のいない川本さんがこうしてサボっていることに対してここまで深刻なことがあるのだろうか。


 真面目な人が不真面目になることは別にあるだろうが。納得は出来る。友達のいない人の行動は二つだ。全て出席するか、全て欠席するかだ。で、全て出席している理由はお察しの通り休んでも誰もノートを見せてくれないからである。陰キャに取って見れば死活問題になる。それを放ってこんな事態になっているということは、多分今日が地球最後の日である。


「私は別に……なんでもない…。いや……」と不穏な顔をするものだから、「問題でしたか?」

 そう尋ねて見るものの、「問題ない……」と断言をする。覚悟と云う覚悟が決まったようだった。


 そこまでの顔を見せられて私は申し訳ない気分になった。そこまでの覚悟をさせて助ける命はないのだよ。


「何をしに来たの?」

『それはそれは愚問なことを訊くではないか』

「そうですよ」

「?」


 ピンとこない。愚問だなんて。


『どう考えてもマキナが危なそうだからだよ』

「危ない?危ないか……。まあ確かに落ちようとはしたけれど……」

『まあそれもある』

「じゃあ。止めに来たのか?それもここはもう地面で、これ以上落ちるようなことはない底なのだから、心配することはないですよ」


 底なんて、なんて似つかわしい言葉なのでしょうか。


『そうじゃない。そういう訳ではないのだ。マキナは鏡見たことある?と訊きたいのだ』

「あるけれど、それはさっきも言っていたことでしょう」


『なら』と言って臥本はスマホを取り出した。鏡ではないらしい。


 そして、内向きのカメラのまま私に見せた。丁度私の顔がしっかり確認できる程度にだ。

 私は不意打ちにも目に入った。いや、見てしまったと言えば正しいだろう。脳で見ていた世界とは違う。私の顔は想像以上にやつれていた。

 明らかに自殺をしそうな人の代表のような顔をしていたものだ。


「ああ……。私も終わりなのか」


 何が終わりなのかイマイチ良く分からないものの、何かが終わったと心の奥底でそう思った。

 そう思ったなら、スマホに反射する私の顔がもっと悪くなった。それに心底終わったと思う。


 これに対して、臥本は手を震わせた。私がこんな意志薄弱な態度を示しているからだろう。ただただ鬱陶しいから喝を入れようとそんな具合か。まあ。そうされても仕方がない。それが私だもの。

 諦念が脳を支配していく。だらりと溶けたアイスと張り合えるぐらいには柔らかかったか。


「終わりじゃない……ですよ」


 そういったのは川本さんだった。剛毅溢れるそんな態度で言った。

 あんなになよなよしていた川本さんは今の私よりも強そうに見える。


「どうしてそんなことが言えるのですか?」

「そんなの……わかんないですよ……」


 強かった言葉がいつもの弱弱しい言葉に変わった。


「でも……。終わりじゃないことは確かです」


 爽快感とも云えるほどには川本さんは精一杯の笑顔だった。これを打ち消す様に私は否定的なことしか思考が許されない。それしか頭の中にない。濁った水を浄化するには一旦濁った水を出さなくてはならないのだ。今の私にはそんな能力はない。


「分かんないじゃないですか……。どうしてこんな不幸なことになったのか、そしてこんな思考をしているのか。そんなこと分からないですよ。分かったら、あんなことしない」


 だからこんな事しか言えない。どうしてだろう。いつからこうなった。

 私はいつからこうなったのだろう。

 目を落とす。臥本、そして川本さん。その人たちがどんな顔で私に接しているのか、見たくなかった。こんな無様な死に体な顔を見せるなんて死にたいばかりだ。


『ふざけんじゃねええ』


 急に臥本が、咆哮しだし、私の右頬をぶった。

 酷い。親父にもぶたれたことないのに。


「え……」


 小さな声で川本さんは声を漏らした。ドン引きである。こんなの知らないと言った。

 完全なる臥本の独断であり、暴走であった。

 私だってドン引きだし、意味不明である。

 頬を押さえた。じんわりとした痛みが広がる。良く分からなかった。だから、臥本がどんな顔をしているのか私は億劫になりながらも恐る恐る顔を挙げた。


 臥本の顔は険しく、それに失望したような顔だった。

 そう。そんな顔をされて仕方がない。そんな醜態を晒しているのだから。はあと溜息をついた。

 そしたら、左頬をぶたれた。


「えっ……」


 流石に擁護しきれないほど、意味不明だった。意味不明が過ぎて、尻餅をついた程度だ。二回もぶつ理由が見当たらない。

 気の狂った人という目で私は目の前の人を見つめた。


『ねえええ。君は本当にマキナその者なんだよねっ。あの、芯のあった。信念のあったそんな人間なんなんだよね……』


 そんなことを言われても困るだけだった。

 自分でも良く分からないのに、それを他人に向けて出力するなど……。つっかえて出そうになかった。


『ほら、どうして私に何かにとやかく言われてそうやって目を逸らしてられるの?前のマキナならもっと強い口調で一蹴してたでしょう?ほ、ホント可笑しいよっ』


 臥本の言葉は的確に私の急所を突いていった。

 私は余計地面を見つめることしかできなかった。


「ごめん……なさい」と自然と言葉が流れ出た。


 あれ?私はこんなこと言う人だったのだろうか。本格的に可笑しくなってしまったのか。


『ばかやろおおおおおおお!!!!!』


 もう一つ腕を振り下ろした。しかし、こうしてぶたれても仕方がないそんな態度の私である。よって制裁を……。……。


 あれ?


 見ると臥本は川本さんに羽交い絞めにされていた。


「だ、だめ……ですよ……。殴ったって…どうにもなりません……。昭和のテレビじゃないですから……」


『いやしかし……、殴らないとどうにもならないこともある』と最大限抵抗を見せる。非力な川本さんだから、少し暴れられるだけでも随分と辛そうにしていた。


「ない……ですっ。はあはあ。興奮しないで…ください。もっと…冷静に考えてください……よぉ」

『冷静で、沈着で、冷静沈着だ』

「違いますよ……」

『何を?何が?』


「もういい……ですよ。このままだとすったもんだの押し問答です。わ、私が話し……ます」と言って臥本を強気に押しのけた。随分と強硬策である。


 流石にそこまでやられたのなら臥本は大人しく後ろに下がった。ちょっと良くなかったのかもと、こめかみを弄っていた。


 川本さんは鎮座している私に屈託のない笑顔で「大丈夫ですか?」と手を差し伸べた。


 私は躊躇いもなく手を取った。臥本のものであれば少しは躊躇しただろう。と言うか取らなかったかもしれない。


「大丈夫です」


 川本さんの問いかけに数秒遅れる形で返答出した。目が合う。それに申し訳なさを感じ、私は土を払うことで目を逸らす。いつまで払っているんだ?と疑問を呈するほどには払っていただろう。

 そうしたら、耐え切れなくなった川本さんが肩を摑み、強制的に目を合わせようとするのだ。


「やあ……だあめえ」


 情けない私の声が静寂の公園で響く。


「駄目……じゃないです」


 剛毅的な川本さんの声が静寂の公園を震わす。


「あの……ほんと……なんだか、惨めになるんだ。他人を見ていると……」

「あ……。そ、それは……分かります……。結局何をしたいのか、良く分からないですものね」

「そう……。ははは。川本さんと共感できるなんて……」

「地に……落ちた。なんて……言いますか…?そりゃそう…と思います…けど」

「万が一でも言わない。だって私たちはお友達でしょう?」

「お、お…ともだち……?」


「そう」と云えば、川本さんは顔を明らかに紅潮させた。嬉しかったようだ。こんな言葉一つで嬉しくなって貰えるならこちらも嬉しくなるものだが、しかし、後ろに控えていた臥本の反応は全く逆であった。


「え……あ…。ん?」


 苦虫を嚙み潰したような、親の仇を見るかのような、そんな視線を向けていた。


『本当に、本当に、マキナなのか?』

「それは、どういう意味なんですか?」


 私は地面を見つめながらに質問をする。


『やっぱり。やっぱりそれでも納得はいかない。居心地が悪い。悪すぎる。だってそんな友情云々で心を動かされる人だったのか?私はそんなことはあり得ないと思う。これは非情であるとかそういうことではない。そうじゃなくて、人格が入れ替わったような……。だってついこの前の君なら私たちを名前で呼ばなかったし。分からない。本当に……』


 そうだったけな?臥本たちを名前で呼ばなかったなんてことあるのだろうか?前の自分というのが何故だか、霞んでよく覚えていない。


 それは幼少期の時の行動を一つも覚えていないという訳でもなく、一週間前、一か月前の直近の記憶が消えている。昨日の朝ごはんが思い出せないそんな深刻的な状況である。


「ねえ。あの……これはとても尋ねづらいことなんだけれど……私は……。どういう人だったのでしょう?」


 申し訳なさで俯いていた顔を少しでも上げて見る。

 そうしたら、驚きと言った顔をする。


『どうって……。まるで記憶喪失みたいじゃないか』

「どうだろう」

『まあ多分こんな状況だったら、捧腹絶倒するはっきり言って狂人だったかも……』

「それなら、今の私はまともであると言えるんじゃないかな……」

『う……ん。まあ。そう、そうだろうね』

「し、失礼…かもしれない…けれど、明らか……にそう…だけれど…私は……今の方が異常に見えるん……だよ……」

「そう」


 私は川本さんのその憂いた面持ちが酷く心を抉られる。また俯きたくなる。


『そうだよね。じゃあ川本さんと同意見な訳だ。では、だからと言ってこんな落としどころで解決なんて私達には無理だ』

「無理…なんて、そんなの……」


 そんなの、諦めているのと一緒だと。そんなことを言いたいのだろう。

 私を見捨てない川本さんに感動を覚えたが……『然るべき機関に行くべきだっ!!』と私の優柔不断な気持ちを怒鳴り吹き飛ばしたようだった。

 でも、そんな然るべき機関なんて、なんだ?


「然るべき機関?」と川本さんは私と同じ疑問が浮かんだようだ。


『然るべき機関というのは、そりゃあ。ねえ。マキナのそんな状態は、精神的状態を解決するのは……』


 ああ。嫌な予感しかしない。

 臥本が寄ってくる。肩を摑んでくる。言わないでくれ。

 しかし、無慈悲にも黒い咥内を開いた。


『病院に行くべきだ。なるべく名医にね。名古屋の医者っていう訳じゃないよ?』

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