14、頭が爆発四散しそう。
青だった。青ではなく緑と云うがどうでもいい。
はあ。怠くてかなわない。
多忙な現代人ならば、雀躍するだろうけれど、私であれば逆。逆と言っても分からない。多忙な現代人だからと云う理由だからでもある。
多忙だから信号機の赤は休息所なのである。ほっと一息する場所なのだ。
その間にスマートフォンを触って今日の予定を確認したり、lineやらのメッセージを返す時間に当てる。これこそ現代人ぽいものであるけれど、今日はその工程をすっ飛ばして、ただ素通りする。
あの工程も愛おしく思っていたんだなと納得した。
そのままのマインドで、校門を通過して、教室に這入った。
ああ。まだ誰も来ていないらしい。
私が来るときはいつも殆ど最後だったはずだ。だけれども今日は最初。
「なんか…。いつもと違うから調子が狂うような気がする」と独り言を吐いて、席に座った。
座ったけれど、特にすることもない。勉強でもするか、本でも読むかと様々なことは思いつくけれど、しかし、こんなことしても無駄だということは分かっている。
臥本と川本さんにだけ話に来たのだ。それが終わったが……。まあなんだ気が晴れるというものだ。
仕方もないので寝ることにした。
あんだけ、惰眠を貪り尽くしたというのに、まだ睡魔は仲良くしてくれるらしい。
誘われるまま、微睡の中沈んで、それがただの一瞬間だけかと思えば、意外と長くまで寝ていたらしい。
「マキナ。マキナ。返事をしろ」と先生の声が脳裡に反響する。
あ、あれ?もうホームルームをする時間なのか?ホームルームが始まる前に全てを済ませたいと思っていたのに……。
はあと一息ついた。
「なんだ?先生の言葉に何か不満でもあるのかっ」
「あ……はい?いや……ないです。すみません」
そんな言葉を言えば、先生は固まった。それだけではなく、この教室の動きそのものが止まった。
皆が、皆同じような間抜けな表情を不覚にも見せていた。
「ほう。マキナでも謝るという精神性があったんだな。感心したな。というか何日も学校に来ないで何をしていた?」
「いや……。特にですね。申し訳ありません」
「あ……。ああ、うん。まあ。大事にしろよ」
「ははは」と苦笑いをした。苦笑いをすれば早く話が終わることを学んだのだ。
その通り、先生は私のことなんて歯牙にもかけない様子で、適当にホームルームを進行していった。
その間私は睡魔とタップダンスを踊っていた。呆れた声が多数聞こえた気がするが、所詮は聞こえたに過ぎない。
次起きたのは残念なことに一時間目の渦中だった。
幸い、その時間は数学で、教え合いという名目で別に誰とでも机を引っ付けても良かった。なので、これを生かして、私はまず、一人で数学の教科書と睨めっこしている川本さんのところへ行こうと考えた。
「こーんにちわ。川本さん」
「あ、あ…。……。お、おはようござい…ます…」
「おはよう」
「あの……ひ、久しぶりです…ね」
「ああ。久しぶり」と出来る限り、元気な声を出して見た。
けれど、作った元気なのに余計空っぽな元気なようで悲しくなった。
「わ、私が、こういうのも烏滸がましい…けど……、あのぅ。な、何をしていたんです…か?」
「あ……。特段何もしていないのが事実ですよ」
期待はずれな顔をした。私が数日も休めば、何か成し遂げるとも思っているだろうか。
男子三日逢わざるわ刮目せよと云うけれど私は女子だ。関係ない。
「何もせずにそんなに…過ごせます…か?」と訊いた。
「過ごせるよ。案外ね。時間が経つのは結構早いものだよ」
「そうですか」
「けれど、最近の人生は長いような気がしてならないんだよ」
「それはどうしてですか?」
「まあ。どうしてなんだろうな。すぐに終わりを想像してしまうからだろうか?」
「かも……です」
「かも…か。どちらとも言えないのは他人からもだし、自分からも何をしているのかさっぱりな時の方が多い」
「そう……ですか」
顔を歪ませた。共感は得られていない。
「意図せずにどんどん迷走しているような……」
「あはは……」と誤魔化されてしまった。「ほら、数学解かないと……」と完全に話を逸らされた。
私の話はお気に召さなかったらしい。時と場所だろうか。
集中して川本は問題を解いている。はあ。仕方がないので私も解くしかない。教科書を開いた。ノートを開いた。ペンを持った。考えた。
「ねえ。何日も来ていなかったから浦島太郎気分なのだけれど」
「ははは……。そうです…ね。まず、これから教えます……」
「あ、どーも」と言って机を引っ付けただけでは飽き足らず、もっと体を寄せる。
「じゃあ……」
こんな私の態度に疑問一つ持たずに、川本さんは丁寧に教えてくれる。寧ろ、私との距離を縮めようと努力しているようだ。
あれ?私が話したいこと遮って当たり前かのようにこの事態を受け入れていた。
「え、え~と。川本さん?」
「なん……ですか…」
この気弱そうな声を聴いたなら今まで言いたいことは全て消し飛んだ。
これは私のエゴだ。川本さんは訊けば何でもその顔で答えてくれるだろうけど、それは気が引けた。
このまま私はこの気持ちと葛藤しながら、チャイムが鳴るまでけるのみだった。
***
頭が爆発四散しそう。
キャパオーバーを超えている。
久々に数学言うやらを生真面目に受けて見て、本当に瀕死に追いやられた。セルフで拷問をするだなんて思っても見なかった。なんだ。数学というものは。彼ら彼女らは黙々と良く出来るものだ。退屈が過ぎて、体中が熱を帯び、発火寸前の蛸足配線の気持ちを述べよと言われても傑作が書けそうだ。
「ちょっと頭でも冷やそうかしら」と独り言を吐き、トイレに向かった。
廊下の水道で洗顔は気が引けたから、トイレに向かった。常人としての普通の判断である。けれど、トイレに向かえば、私は瞬時に後悔を示した。
あの五月蠅い臥本さんとかのグループが屯っていたからである。
ああ。とリフレッシュするために来たのにと心のそこで嘆いた。
別に関わらなくてもいい。けれども、いるだけでテンションが下がると言うか、何と言うか……。兎に角関わらないでくれと言いたいものである。
「よ~。マキナっ。なんで数日来ていなかったんだああ?」と屯っている集団のリーダーが話しかけて来た。確かそいつは東宮だった筈だ。
外見ははっきり言ってギャル。内面ははっきり言ってギャル。
「あ~。体調不良で」とか使い尽くされた便利な嘘で塗り固める。
「そー。それはお大事にしないとねえ~」とクスリと笑いながら、肩に手を載せた。
何が可笑しいのか。どうして微笑むのか。これは意図せずとも私を苦しめた。
自慢げに話す適当な言いは殆ど聞いていなかったが、ふと「姉のようになっちゃいますからねえ」とヘラヘラと言う。私の気が気を知らないで、もっと断腸の思いに駆られる言葉選びをした。
周りのお仲間さんたちも笑っている。殺してやろうかと内側から沸々と湧き立つ感情があった。
けれど、反駁を展開するなんてできなかった。感情と行動が乖離していた。
あれ?どういうことだ。
東宮の会話を意図的に無視するのではなく、聞こえない。意味の分からぬことだ。
そんな状態が終わるまで続いた。
「まー頑張れよ~」と脱力感たっぷりに背中を叩かれる。
これが一種のスキンシップであろうが、なかろうが、拒否感は堪えるものがあった。
こんな気も知らないで、私との会話は終わったと言わんばかりに東宮とお仲間たちはぞろぞろとこの場を颯爽と立ち去って行ったのだった。
残ったのは私一人……。酷い気分の私だけだった。
そして、臥本が居た。
『あ……あのな。すまんな』
開口一番に聞けたのはそんな謝罪の言葉だった。
「何について?」
『色々』
「色々?」
『そう色々。東宮って言ったら分かるのかな?そいつが色々してすまんと』
「べ、別に?特段変化はないけれど……」
『う……ん。まあ。短期的に見れば変わっていないと言われているけれど、長期的には……』と口ごもった。
ああ、これはまた喫茶店の話だろうか。もう、勘弁してほしいことだ。私はそれで結構参っているらしい。
『まあ。こんな無駄口を叩くよりも、ただ治ったの?と聞いておこう』
その質問は全てを見透かしている人がする質問だろう。いわばただの誘導尋問に過ぎない。
治ったとしても、治っていない気分に苛まれた。
「そう見える?」
『見えない』
「ならそういうことだ」
『誰が見ても明らかに憔悴している』
「そうですか?」
『そうだよ?十中八九誰でもさ。目元の隈に、丸まった背、何より、その不機嫌そうな、厭世観のある容貌を見れば誰でもね』
「一言でいえば、私を哀れなものと表現しているのですか?」
『何もそこまで言及していませんけど』
苦笑いをした。
笑うまで時間が空いていたので、多分本当にそう思っていたんではないかという杞憂が加速度的に上昇した。
「まあ。良いです。それを、どうしたら治せますか?」
普通にしなければ、困る。何故困るのか。それは家はしないけれど。
『治す……治す?治す方法?』
それはさっきよりも詰まった物言いだった。
『それは……普通に目の元に隈があるのだったなら、寝た方がいいんじゃないか?』
期待した答えは得られなかった。別にこの外見をどうにかこうにかしたかったわけでもないのだ。
「そう。結構単純なことですね」と言った。
『不服そうだな』
「いいや」
これを聞かれて初めて不服だと思った。なんでしょうね。この感覚。
『まあ。そうだな。一旦。保健室行って寝て見れば?』
それで苛立っているんだよと言わんばかりの物言いだった。どこか、私を見ていない。ただの一般的なソースを拾ってくるような態度。これに不覚にも癇癪を起こしそうになった。
そこで、こんな気持ちになるのならば、私は言われた通り、保健室で寝た方がいいなと考えた。
声にならない声で、「そ、そうですね……」と言ったはずだ。
ここを後にして、廊下を歩き始めた。
『じゃあー。お大事にー』と臥本の声が聞こえて来る。気前よく手なんて振っている。
そんな仰々しくない。
私はこれを見て全く呆れたものだが、鬱々しくなった。
前もひねくれていたものだが、今はもっとひねくれている。そう思った次第だ。




