12、どうしてここにいるのか?
まず初めに訊くのは「どうしてここにいるのか?」と言うことだろう。
けれど、今の私は「何か頼まれますか?」と接待をするようだった。何をしているのだ?
「あー。じゃあ。医者に託けて奢侈を尽くそうではないだろうか。今月は使いきれないほど出たからな」
どこからか取り出した札束をいやらしくパラパラと捲る。
その後、飽きたのか今度はメニュー表をパラパラと捲る。
「じゃあ。注文したい」と手を挙げる。
「どうぞ。なんですか」
「これと、あれと、それ。あれもいい」と写真を見ているのか怪しいほどに指を差した。
最終的には数個ほど。食べられるのかどうなのか意味のわからない量だった。
「かしこまりました」
承って去った。
「大丈夫なんですか?」
「何が?」
「あんなに食べられるのかって話ですよ」
「ああ。食べる?」
「食べれなかったら食べますよ」
遠慮したように見せた。
「なら、食べることができるだろう」としたり顔で言った。
どうして?
「お待たせしました」
こんな声がしたなら、状況が理解できた。
店員が次々と品物を持ってくる。ボリューム感を見るなり顔の色が青に染められていく。
「あ…。…。やっぱ半分ぐらい貰ってほしい」としてもいいからしてほしいとお願いに変わった。
やれやれと呆れつつ、「じゃあ。何貰っていいですか?」と訊いてから取ることにした。
「ハンバーガーだったり、そこのソーダフロントとか、でも一口は欲しい」
にかりと微笑んで、続々と渡した。あれ?どんだけ出てくるのってくらい渡してくる。
さっきも食べたから、そんなに入らないのだけれど……。
出されたものは食べますけれど。
食べ始めると、「そういえば」と遮られた。
「君は遠慮するようになったのか」と鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「ははは……」
「そうやって同調するようにもなったのか」
そこまで上から目線で言われれば忌々しくも思う。
「何が言いたいのですか?」と眉を顰めて強く言い切る。
「何が言いたいわけでもない。前の続きをしに来たと言ってもいい」
あの時の続きを……。いや。でも、心の準備は出来ていない。
母に何か言われた。臥本に何か言われた。そんな言葉はもう模糊たる思いなのに、違うとははっきり言えない。
「待ってくれる……」
「何を」
「何かを訊くのを」
「別に何でもいい。私には関係ないから。患者は何人でもいる。数ある一人に過ぎない」
随分と癪に障る言い方をする。
私はどうでもいいと直接的に言われた居るのだ。そうならざるを得ない。
私は一発食わせてやりたい。ただそれだけのためだけに準備も出来ていない心を捻じ曲げた。
「じゃあ。えっと……」とは声を出した。
「何?」とメーデーに首を傾げられても何を訊けばいいのか分からなかった。見切り発車が過ぎた。
されども、疑問は沢山あった。それは積もるほどあったはずだ。なのに口を開こうとすれば、何をしたらいいのか分からなくなってしまったのだ。
もう一層分からないことは全て訊いてしまおうか。
「メーデー。訊きたいことがあります。色々と」
「そうか。そうならば、気長に待つとしよう」とペンネを弄繰り回しながら柔らかな口調で発した。
「あの、私が信じ始めていると言ったようなことを言ってましたよね。それってどういう意味ですか?」と大学の講座の時、引っかかっていたワンフレーズを訊いた。
「ああ。それか。言ったような、言ってないような。そんな歯牙にもかけない言葉なんだが、リテラリー、文字通りだ」
長ったらしい前置きはやはり勃如とした感じになってしまうのだけれど、文字通りと断定されたら、意味不明だった。
「文字通りとは」と鸚鵡返しになった。
「文字通りだ。詳らかに分析するならな、君がその病気のことを受け入れようとして、その俗世間と協調を図ろうとしているとでも言って置く」
「受け入れる?協調?」
私はやはり鸚鵡返しにならざるを得なかった。
「……?何が可笑しい?」
「いや、それは別に、前からずっと出来ていたでしょう?今更何を?」
「ああ。そうか。そんな感じなのか」と何かを独りで納得したようだ。
いつもその感じには置いて行かれる。
「なんですか」
「君が、と言うかワタシがその診断をした前と、後で君自身の間でパラダイムシフトが起こったとされる」
「そんな大それた話ですか?」
「ああ。そのような話。結構マインド変わっただろう?」
「そう?ですか特にそうは感じないのですけれど」
背後を頻りに確認する。体に異常はない。
「マインドの話をしただろう?ボディに変化はあり得ない」
「確かにそうだよな。それでも異常なことなんて分からないじゃないですか。どうやっても人間と云うものは主観的じゃないですか」
「言い得て妙だ。良い質問をする」と言って莞爾になった。
「主観的だが、しかし、時には鳥瞰的な視点だって持ち合わせている。その能力がある。例えそれが幻想的であって、歪んでいたとしても、ある一定の答えにはいずれ収束する。なぜなら、周りを見て行動するからだ」
「周り?周りを見るのか?」
「では一回周りでも見て見ようか。例えばあれだろうか」と指さした。
向かい側のテーブル。あれ臥本いるではないか。いや、でも、いつもいるあのグループと一緒にいる。大体五人くらい。
臥本も大変だなと他人事に思った。
「あそこのリーダー格の女の子、喋々と話しているだろう」
「ああ。そうですね」
リーダー格であるのは間違いない。多分そうだったはずだ。
「そして、目線を映して見れば、三人ほどスマホを見ている」
臥本も含めて、三人も見ている。そのリーダー格の子と主体的に話しているのは残り一人だった。
「それがどうしたんですか?」
「もうちょっと観察すればいい」
「はあ」
全く気が進まない。何が面白くて忍んでみているのか。
一分ほど経った後でも何も口を言わないので勃如に顔を変えた。
「なにが……」と口先走った所、腕で塞がれた。
観察しろと言うことか。
と、言うことは何か面白いことが繰り広げられるのかというワクワク感に駆られたのだが、臥本さんがただただスマホをしまって、リーダー格の女の子と喋った。
そのあと、皆それを仕舞って歓談をした。女三人寄れば姦しいという言葉もあるように五月蠅くはあった。五人だしね。
で、何?
「そして…?」
「一人が、仕舞ったことにより、皆仕舞っただろう?」
「確かにそうですけれど、これは何を言いたいんですか?」
「そう。これから推察するようにいわば、私たちの行動主権は集団と言える。用例を挙げるのが随分と苦労をしたから、一例で申し訳ないが、そうだと思うだろう」
「結局なんですか?」
「そんな世界秩序に一石を投げるように君は行動している。けれどワタシは嫌いではない。観察していてそれはもう感動する」
メーデーは一歩譲ってあげたかのような上から目線な物言いだった。
けれど、「ほう」とニコリと乗り出して聞いた。自分を褒める言葉は耳に入れて心地いいのだ。誉め言葉は麻薬にも等しい。
「しかし、ワタシはどこまで行っても医者だ。仕方がないので、はっきりと言う。君は省かれた世界でただの精神病患者である」
喉元を劈く声は私の心が穿たれた。
余りにも、余りにもはっきりと言うものだから、ぽっかりと虚ろになった。伝えるときははっきり言わざるを得ないけれど、言った後なら雰囲気で伝わることを知らないのか?
二回も言わなくていいと思う。
私がただただ傷ついたのだけれど。それには行動にも出るようで、フォークが持つ手が震えていた。
「退廃的……なんとかですよね」
「退廃的快楽主義症候群だ」
「そうそうそれです」
「別に知らなくてもいいことだと言っただろう?」
「でも……。良く分からないが、病気なのは少々どうにか…」
一度目を聞いた所で流れて行った。二回目を聞いたなら電気が流れたような気がした。
今思えば何故だかどこかで私はその病名を耳にしたことがあるような。ぼんやりと霞の如く思い出せる程度で、それ以上ではなかった。おそらく気のせいなのだろう。けれど、また何故だか、詳らかにしなくてはならないと思った。意外に身近に感じたからだ。
「それもそうか」と納得した様子で、顎を触って考えるふりをメーデーはした。
「そうだなあ。特に……」と遮って、また遮るように食べ物を口に含んだ。多分なにも思いついていない。適当なことを考える時間の猶予を作ると云う因循姑息な手段。
「だけれども、意外と漢字のままなんだが。何かに絶望した少女らが、快楽任せに生きていって破滅していく。そういう事例が多いだろう。そしてそれを照合するれば君は一型かね?」
「一型?」
「ああ。特に何もない。意味はないよ。医者的な分類だからさ」
まあ。一型糖尿病とか言われたとてあんまりよく分からないから。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「面白いことを訊く。君は良く知っているだろうに。君の行動の全ての根源はこれであれやこれやと説明は容易だろう。これも主観と客観の問題に辿り着いてしまうが」
「さっぱり分からなくなりましたね」
「いいや。そこまで、分からない話でもない筈だ。君が分かろうとしていないだけだろう」
以前言っていたようなことだ。どういうことだろう。こんなにも聞き耳を立てているのに……。
もっと、聞いていそうな態度をしたらいいのか。私は耳に手を添えて見た。
「そんなことしなくてもいい。心というか、頭の脳髄の部分では理解はしているつもりなんだろうけど、それを聞くかは別であろう」
「そうではあるけれど……」
「つまり聞いて効くようにしなければならない。それがルールであろう」
じゃあなに?私がこうやって必死に頭を回していても本質的には何も聞いていないと言うことになるのか?
理解しようとも、理解しなくても同じように見られるなら、この努力の過程は哀れだろう。
「それなら私が報われません」
「まあ。それは……」と口ごもった。何故かどうも言及しては行けない領域に踏み込んでしまったみたいだ。
「それは、これからだ」と絞り出した言葉は適当に思えた。
「これからですか?」
「確かに今私が君について、適当にでも言えば、自分が何かに定義されて安心するだろう。尚且つ対処法が分かるのはもっと安心できる。安心させるのが医者の役割だろうが……」
それはそうだろうけれど。メーデー貴方はその逆をしている。ただただ不安が立ち込めて心の仲が暗澹たる思いだ。
「しかし、私も全てを分かっている訳ではないから、迂闊なことをして、また混乱させるのは望まない」
「そうですか」
「ああ。だから、ちょっと待って欲しい」
待つ?何を?
「わ、分かりました」
「じゃあ。私の話はこれで終わりだ。食事も終わったから退散するとしよう」
「あ、お金……」
「大丈夫だ。初めに奢侈をすると言ったし、私は想像以上にお金が好きなのだ。だから、私は使うのだ」
「あ、有難うございます」
「感謝はいらない。君がするのは随分と気分が悪く感じてしまうからね」と言われたので、今の感謝は要らなかったのかどうなのか分からなくなった。
でも、財布は気前よく出してくれるし、良く分からない。
ああ。でも一つ看過できないのは、臥本、その人お金払わずにあそこに行ったな?
しかし、これも全部、メーデーの奢りなのだから関係ないか……。




