11、マキナであってマキナではない。敢えて表現するならこんな感覚?
テストが終わってまた放課後。
都合がいいのでここから始める。
放課後。ううん……。甘美な響きだ。
学校が終わる。何かが終わる美と言うのは結構好きだ。
それに、天蓋が随分と落ちかかり、教室が淡い赤で包まれている。この双眸に映る世界がこんなにも美しいのかと感じられる一瞬間である。とてもいい。
しかし、その暮れなずんで、暮れる。その瞬間を観測できなかったことについては嘆く理由があるだろう。
今日も何も得ず適当に過ごしていれば、これゆえにこんな当たり前のものにも、こうして価値を見出しているのであろうか。
ノートを適当に写して終わる一日も、こうしてみると尊いものなのだろうか。いいや。別に違う気がする。
一日も終わりに差し掛かっているのに、こうしてテンションが上がり続けている現状に玉響、憂いているのだろう。
そうならば、帰ろう。帰って独りで、この終わりを楽しもうか。
思い立ったなら、教室から出よう。こんなとこでぼおっとしていれば、いつか閉じ込められてしまうだろう。こう思って私は、がちゃんとけたたましく、立ち上がれば、「おお。ビックリするね」と誰かが、背後で声を掛けてきた。
「はっ。へっ」と間抜けな声を私は発して、ズッコケた。
淫らに股を開いて、殆どパンツが見えるか見えないとかの狭間で、倒れてしまった。
『はっ。はっ。はっ。面白いね』と見下す様に嘲笑っているのは臥本鉱姫だった。
「で、どうして……、放課後まで……」
『ほら、保健室の時。飯でも奢ってって言ったでしょう?』
ああ。あれか。奢られるときは調子いい。結構現金な奴だ。
「ああ。あれね。気まぐれな奴だと思ってあれはないものだと考えていた」
『そうかな?そうでもないと思うけれども』
いつも気まぐれで、現金主義者という訳でもない。だからこそ、行くというのは意外だった。これが気まぐれと言う奴なのかもしれない。
「まあ別にいいよ」
『ほう。マキナにしては素直だね』と臥本は驚いたようである。自分から誘って置いてだ。
「時たまそういうこともあるだろう」
適当に誤魔化す。けれど、臥本は嬉しそうにしていた。そんなに特別なことでもないだろう。だからと言ってムードを壊すようなことはしない。
さあと言ってエスコートしてあげるくらいには慈悲深きものだ。
「果てさてどこに行くんですか?特段私が食べたいものはないのだけれど。臥本が選べば?」と訊いてみることにした。
『ほう。それは珍しい。いつもは大体ラーメン固定なのに』
「珍しくても良いだろう?」
『いやいや。マキナが決めないとなんだか気持ち悪い気がするな。私は奢られる立場なのだから』
「そうか?」
『そう』
しかし、とは言っても、クラスの女子グループの人間がマシマシのラーメンを食べているイメージがない。ラーメンなんてものは、カロリーが気になる所だろうし……。そういえば姉と、外食をすることがあった。
確かその時は「カフェ。カフェとかどう?なるべくチェーン店の奴ではなく、ローカルの美味いやつを」と言っていたような……。
「カフェはどうですか?」
『カフェ……。で、すか?』と再度確認して訊く。
『いや……。お前、マキナ?頭でも打った?』
「別に何にもないだろう」
『そんな洒落たものを選択するようなやつではない気がするのだが……』
「そういう気分なのだよ」と言えば、しかめっ面をしながらではあるものの『う……ん』と歯切れの悪い頷きをしてくれたのだ。
「じゃあ。行こうか。良い店知っているから」と臥本の手を引いた。
当惑しきった表情を浮かべていたけれど、結局のところ臥本なのだ。現金な奴で、観念諦念して、黙って引かれて行った。
「さあ。ここがお勧めのところなのだけれど」
そうは言うもののカフェは一回。さっき話した姉と行った一回限りではある。味なんて一切覚えていない。
『へえ。マキナにしてはセンスがあるなあ』と臥本は関心を寄せていた。
「そうか?そうでもないよ?」
『いやいや。あいつぐらいにはセンスがあると思う』
「へえ」と流して、鈴を鳴らしながら店内に這入る。あいつとはクラスで屯っている臥本の友人のことだろう。
私のあまり好ましいと思っていないその相手。でも、別にこのカフェから出るほどでもなかった。
適当に案内されるのを勝手に眺めていた。されるがままに席に着く。
『ふう。一休み。一休み』
「そこまで休むようなことあった?」
『言っただけだよ』
「そう」
『何頼む?』
「いいよ。先に決めてください」
『あら。そんなこと言うようになったんだ』とかまたあの顔である。
「別に」と取り繕えない仏頂面をお見舞いする。
臥本は早速メニュー表に目線を落としていたので顔なんて、見ていなかった。やりたい放題ではあると思ったけれど自重した。
『あー。パスタとかハンバーグとか。まさしくカッフェって感じするよね……。変わり種として海鮮とか置いてくれたら面白いのだけれど』
「珈琲と会うものを提供しているのだろう?」
『パスタって珈琲に合う?』
「それは結構際どい判断だ」
『てか、珈琲が異質な飲み物なんだよ。殆ど主食系と何も合わないじゃないか』
「パンでいいだろう。パンで」
『パンはなんか違うじゃんか。朝って感じで、夜って感じじゃない』
「でも、珈琲なんか夜なんかに飲んだら寝られない」
『寝られない夜もあるの』
「私は起きられない朝の方が多い」
『それは全人類の悩みだよ。代弁者気取りにならないで』と言った後、二分程メニュー表と睨めっこした後、『やっぱりパスタにしようかな』と言った。
「結局最初のものに帰結するんですか」
『しちゃったね』と言ってこちらにメニュー表を手渡した。
『はい。マキナもちゃんちゃっと決めちゃって』となんて言うものだから「じゃあ。臥本と同じもので」なんて言った。
『へえ』
「なに?」
『何も』
「なら、意味深に眺めるな」
臥本を吠えて牽制してから、店員さんを呼んで注文をした。
『静かなカフェなんだねえ』
「そりゃ。カフェは静かなものだろう?」
『いや。最近のチェーン店のやつは結構五月蠅くてたまらないのだよ』
「チェーン店だからだろう」
『まあ。そうなのだけれど……。ここが気に入ったって話』
「へえ……。それは嬉しい。私じゃなくて、姉がここを勧めて来たからね」
『姉のセンスはいいよ。とても』
「じゃあ。正解だった訳だ」と安心した。
「すみません。ご注文いただいたパスタです」と店員は持ってきた。
「ありがとうございます」と詫びだけ入れて、それぞれの場所へ置いた。
「以上ですか」
「はい」
「では、ごゆっくりと」と店員は去って行った。
パスタにサラダ。添えて珈琲。いかにも健康的だった。
恒常的にこてこてな脂っこいものを食べているから、綺麗なものすぎて逆に落差が凄かった。
どこから食べ始めればいいのか悩みどころだった。自ずと参考に目の前の人を見れば、臥本はスマホを食材の真上に出した。カシャッとシャッター音が鳴った。
「インスタ?」
『そう』
「あの人らに詮索されない?」
『あー。確かに。スマホを出して撮るのは癖ですね』
「ヤバいですね~」
『でも、大丈夫っしょ』と言って投稿した。
あー。ホント大丈夫?私ばれても口出したら余計傷が広がるからね。何もできないのは承知してください。
『さあ。食べましょう』
スパゲッティから食べ始めた。
私も同調するかのように食べ始めた。
『あのさあ』と暫く食べていると、一本の麺を激しく啜ってから臥本は言った。
「何?」
『ちょっとマキナ。最近可笑しくないか?』
「ん……」
食べ進めていたパスタを巻いたフォークを空中に置いた。
『いや、だから、あの……。前のマキナとは随分と違うような印象を抱くんだ』
「どうして?」
『だって、マキナが人と同じようなものを頼む人じゃない。剰えそれをフォークで食べている』
「取るに足らない些細なことじゃないか。それは普通でしょう?」
『確かにそうだけれど……。こう反論を受ければ別にどうってことはない。けれど、飲食店を私に決めさせたのは気持ち悪かったんだよ』
適当なステレオタイプの押し付けではないかと思う。相手に不快感を与えるほど何かをしたという感覚はない。
こういう時は謝ればいいのだろうか?
「それは心外ですね。私は普通にしているだけなのに」と強い言葉を使って見たもののの狼狽えていた。
『普通。普通かあ……』
「どうしたんです?」
『今の状態は随分と普通だよ。でも、マキナの言う普通ってなんだ?』
普通?普通とは何か?
「人間らしい生活?」と疑問の拭えない答えを投げた。
いつしか誰かが言ったその言葉を大体こんな感じで……。
『それは誰の言葉?』
見通されたかのようにそれは完膚なきまでに否定された。
「誰の言葉でもない」とやはり意地を張ってみるけれど、『いいや。マキナの言葉じゃない。絶対に誰か何か言われたの?』と強い言葉で否定した。そこには信念とやらなんやらの燃焼を感じた。
誰かには何か言われたけれど、私ははっきりと否定をしたはずだ。私は私として思考を放棄はしていない……。
「どうして?」
『だって……』
「?」
『普段のマキナのならさあ。もっとなんかこう。機知の富んだ。飛んだでもいいけどそんな返しをしてくるような気がして……』
それこそ、誰かに言われたステレオタイプみたいなものだ。
「そんなこと?それなら日ごとでしょう?調子が悪い日だってあるはず」
『ち、違うんだよ。そんなんじゃない。なんか違うんだよお』
「何かって何ですか?」
『何か、何かを説明するには私の貧弱な語彙が役に立たないのだけれど、マキナであってマキナではない。敢えて表現するならこんな感覚?』
「訊ねられても困るけれど」
『まあ分かっているよ。実際哲学問題でも今日の私と昨日の私、次の日の私は同じなのか?みたいな問題があるけれど、それには比べようがない』
「はあ」
『やっぱりマキナ?』と疑心の目で私を見つめてくる。
私が私でないのはそれはもう悪魔の証明の領域の入ろうとしている。そんな領域を好き好んでやるのはあの医者だろう?
「はい。臥本さん。私はマキナです」
『委員長委員長と名前すら呼ばなかったじゃないか』
「それは……友達だから?」
何を言っているのだろう。と私は私を疑った。固まって言うことがなくて適当なことを言っているのだとしたらもう少し良いことを言えないだろうか。
『ねえ。ちょっと熱あるか確認していい?』
「散々衆酔独醒みたいなことを言って置いて酔ったみたいなことを……お断りします」
『はははっ。それはそうだね。結構身勝手だったね』
「結構ではなく大分だよ」
『確かに……』と申し訳なさそうに言うけれど、『でもやっぱり……』なんて前文を打ち消して、乗り出した。
私の額に冷ややかな手が乗せられた。
すぐさま振り払う振舞を見せる。
「言動不一致でしゅけど」
『嚙んでる。噛んでる』
「どうでもいいからその点に関しては」
『ああ。そうだね。熱はなかったよ』
「それもどうでも……」
いいや。別にどうでもいいことではないな。この酔狂な行動ももっと分かりやすい病気であったなら私はもっと素直に納得できただろうに。
いやいや……。これも前提が可笑しい。まるで私が分かりにくい病気と云うことではないか。
う…んと考え込んでしまう。
『まあ。私は言いたいこと言ったから。もう帰るけれど』
「どうして?」
また臥本の気まぐれが発動したのか?
『さっき投稿したインスタがバレた……』
「ああ」
こう頷くしかなかった。何しているんだと、やめとけとあれだけ、あれだけではないが、忠告はしたのに。茫然とした空気感に包まれた。
『なんか、遊びに行くわとか言われたわ…lineで……』
「なんか大変だな」
『特段そこまでよ。寧ろそこに愉しみを生み出すのもまた一興だよ』
「ああ。そう」
『じゃあ。私、行くから』
「何しに行くの?」
『カラオケ』と臥本は言った。もう殆ど夕刻なのだが、深夜割とかそこらあたりが使えるのかな?とか想いながら、「じゃあ。行ってらっしゃい」と見送りだした。
『うう。でもマキナのそれはなんだか気持ち悪い』と最後の一言に相応しくない言葉を零してから店外へ走って行った。
なんだ。気持ち悪いとは。
そんな印象を与えていたのだろうか。もっと気を遣った方が良さそうか。そういうお年頃だもの。それかお友達に影響されてしまっただけなのか。
「はあ」と一息吐くと、気分転換に食後に頼んでいた珈琲を取り寄せた。
そういえばあの人頼んで置いてほったらかしだ。
別に珈琲二杯ぐらいは呑めないことはないけれども、気後れする。
「やあやあ。友だちがどっか行ったようだ。私がそれを飲んで差し上げましょうか?」と不躾極まりない勧めをされた。
「あれ。どうして?」
「どうも久しぶりではないけれど、メーデーです」と呑気に言った。
そして、流れるように席に座った。ここで食事をするらしい。




