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合言葉は、村人A「旅立ち編」  作者: 白雪 四葉
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12/12

名も無き村、出生の秘密

お疲れ様でした、とりあえずこれで旅立ち編は終了です。


Q:え、まだ続くの?長くね?


A:次は人間界編ですが何か?





 まさかの俺、レミリオの女体化プラス天使化で旅立つどころではなくなってしまった魔界代表パーティー。 

  



 リリエルにはおっぱいの件で敵視されるし、ロベリオにはセクハラまがいの発言と行動されるし。

 





 誰か何とかして!特にあの竜の義兄妹。






 それからヴェルグも……本気なのか?


 



 俺のこと、好きだって言ってくれてそれから…

 






 うわー…ファーストキスが男相手とか痛いな俺。





 でも…ちょっと嬉しかったのも本当だからいいや。



 



 


 あぁ…それにしても、まさか魔王様の御尊顔をもう一度出来るとは思わなかったよ。





 だけど女の子になっちゃった俺を見た瞬間、口を開けてポカーンとしたまま魔王様は固まってしまうし。 





 オーガや友達の筈の、魔物の皆にはまるで余所者みたいな扱いされてちょっと悲しかったなぁ…やっぱり元々の姿、人間で且つ男の俺じゃないと友達として認めてくれないのか?




 




 …本当に俺、これからどうすればいい?









 

「ふーむ…我も戦闘の時は、第一形態や第二形態を隠し持っておるが。さすがに女体化と天使化はせんぞ?」

「魔王様…ごめんなさい!せっかく鍛えて貰ったのに俺、これじゃ魔界の勇者になれないですよね?」




 ようやく魔王様と久しぶりの対面を果たすも、まさか俺が女の子姿の翼持ちになって戻るとは予想していなかったらしい魔王様は、珍しく困惑した表情で俺をまじまじと見つめる。





 だけどその時の俺は、いつ魔王様の口から「お前はもう使えないから村へ帰れ」と勇者解雇の最後通告が飛び出るのではと気が気ではなく、内心ドキドキしながら祈るように手を組んでそのお言葉を待った。







「うーむ…まぁそう結論を急がずとも良かろう?我は己の目に絶対の自信を持っておる!故に、お前のことを信用して勇者を任せたのだ。それにヴェルグもおる、奴はお前を決して見捨てぬよ」

「どうしてですか?」

「さてな?その答えはヴェルグ本人に問うてみよ、きっと面白い答えをくれるであろうよ。くっくっく…おや?もしやその赤い顔は、既に奴の一番になったことの証か。やはりヴェルグと言う名の歴代当主が、こぞってレミリオと言う名の女人を伴侶に選んだだけのことはある。何やら運命的な結び付きがあることが、これで証明されたか…実に面白い!まぁお前の名前をレミリオにしたのは冗談半分、本気半分だったのだがな」




 若干、俺の反応を楽しんでいる様にも見える魔王様は、ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべると何やらとんでもない本音を語る。





 俺の名前って、実はそんな理由でつけられたとか本当ですか?何と言うべきか…面白いことが好きな魔王様らしいけど。






 いや、悪い名前じゃないですよ?だけどヴェルグと俺にとってはまずくね?俺は思わずもしもの時にはどうするつもりだったのかと魔王様に質問を投げ掛けていた。







「あ、あの…魔王様?じゃあもしも俺が、男のままだったら一体どうなさるおつもりだったんですか!?」

「ふむ…その時はまぁその時かなと?この自由を愛する魔界においては男色などさして珍しくもあるまいよ、特に魔族の男は魅力的だからな!我もこの美貌故…魔王になるまでは色々と苦労したわ、襲われても全て返り討ちにしてやったがな!ふはは」

「おっ、俺を強い魔王様と一緒にしないで下さい!男に襲われるだなんて冗談じゃな…おえっ!!吐き気がする!ヴェルグじゃなかったら殴っていた所……あ」

「ほほう?成る程…お前はヴェルグなら許すとな?奴も相変わらず罪な男よの、まぁ我には負けるが」




 

 自ら墓穴を掘って赤くなる俺を、魔王様は楽しんでいるのか上機嫌でにまにましながら見ている。




 俺はどうすれば良いか分からず、とにかく赤くなってあたふたすることしかできずに俯いた。





 そこで玉座に俺を手招きして呼び寄せると、魔王様は不思議そうに首を傾げながら、顎に手を当ててじっくり俺を観察しながら物思いに更ける。







「お前からヴェルグ特有の、闇の波動が僅かだが感じ取れると思えば…予想外に展開が早い。どうだった?奴は初めての時に優しかったか、それとも激しかっ…ぐふっ!こら、顔はやめぬか顔は!ちょっとした冗談だ、そう怒るでない。そもそも、あのお堅い男がそう簡単に丸ごと手を出すとは思えぬからの。たとえお前が元々は男だと頭では理解していてもな?度が過ぎる律儀者で、魔族の割に貞操観念の強い男であるが故」




 魔王様の直球過ぎる物言いに俺は思わず勢いでグーパンしてしまったけれど、よくよく考えてみればかなり失礼なことをしてしまった訳で。




 だけど大して気にしていないのか、それともからかった俺への詫びも含めてか…魔王様は女の子になったが故に、腕力の落ちた俺の猫パンチをそのまま右頬で受け止めた。





 避けようとすれば軽く避けられる物をあえて受け止める魔王様は、やはり器が大きい御方なのだろう。


 


 俺からヴェルグの波動が感じ取れると言われて、俺は未だに記憶の中の唇に残る感触を忘れることが出来ずに恥ずかしさで顔が熱くなった。







「だが、安心せい。ヴェルグはお前を絶対に大切にするぞ?あぁ、すまぬ。その顔では既に大切にされておる様だな。我は今まで奴に言い寄る輩を大勢見てきたが…しかし、すげなく断るのも日常茶飯事よ。アレは昔から女人嫌いだからな、だが男好きと言う訳ではないぞ?男に告白されることもあったであろうがなぁ」

「そ、そう、なんですか…?うわぁ…何かモテる男も大変だな。そう言えば、何で女嫌いなんですかね?」

「うむ、何でも学生時代にな…騙されて眠らされていた間に、女教師に純潔を奪われたとか?同年代の男にとっては、むしろ羨ましい展開であろうに…まぁ堅物のヴェルグにとっては、嫌悪以外の何物でも無かった様でな?それがトラウマで女人嫌いになったとか…」

「そうか、ヴェルグ…過去にそんなことがあったのか。可哀想だ…同意ならともかく、無理矢理なんて酷いですよね?ショックだっただろうな…きっと真面目過ぎるヴェルグは、そういうことも結婚する唯一の人にだけって思うタイプだと思います。屋敷でメイド達にいくら誘惑されても見向きもしなかったですし…」





 執事として雇い主のヴェルグと過ごした三年間。




 短くも濃い日々の中でヴェルグがどれだけ領主としても騎士としても、それから同じ男としても尊敬できる奴なのかと言うことは傍にいた俺が一番よく理解している、つもりだ。






 基本的にヴェルグは女嫌いなので、どれだけ可愛いメイドだろうと必要以上に近付けることはまず無い。





 ただし、例外としてオレインさんとは同じ志を持つ魔術仲間で彼女の魔法使いとしての知識と能力を高く買っている為か、よく話す間柄ではあったな。





 同じく男の俺には気を許してくれたのか、傍にいさせた時間が圧倒的に彼女達よりも長い。





 だけどまさかその俺が女の子になって、しかも翼持ちになったとなれば…当然の流れでヴェルグには遠ざけられると思っていたけど、そうはならなかったのが今でも不思議だ。






「レミリオ、我が教えたことは秘密であるぞ?アレは真面目な男の代名詞だ。先程、お前が思った通り唯一添い遂げる者にのみ操は捧げたかったらしい。馬鹿真面目で面白味の欠片も無いが…それが奴の良い所でもある。しかし、もったいない。あの軽薄とまでは行かずとも、口の上手い白騎士を見習って少しは女人の一人や二人は侍らせても良かろうに……お前は、どう思う?」




 キグルスを悪く言うつもりはないけど、あの女好きで手が早い所はちょっと頂けないと日頃から思っていた俺は、試す様な口調で問い掛けられた魔王様の考えを受け入れることは出来ずに俯くとスカートの裾を握り締めて問いに答えた。






 ちなみに今の俺は、オレインさんの用意してくれた修道女用の衣服を身に纏っているのでとても清廉な見た目なんだそうだ…そして、何故これを着させられているのかはよく分からない。





 禁欲的な性格のヴェルグはこういう衣服を好むだろうと予想したオレインさんが用意してくれたのだけど、確かにそうだったらしい。





 これに着替えた俺を見た途端「可愛い」とひとしきり誉めたかと思えば「男に戻らないでくれ」と懇願されて、困惑した俺がオレインさんに相談するも軽く失笑されたのは仕方がない話だ。





 さすが大人の女オレインさん、ヴェルグの性格と好みを熟知しているな…ある意味、俺より理解しているかもしれない。







「俺は…ヴェルグは今のままがいいです、女の子と軽々しく遊んで欲しくない」

「それが奴の世界を狭める選択だとしてもか?」

「そ、それでも嫌です!だって俺、今のヴェルグが大好きだから…どうしても女の子が必要なら、俺がずっと傍にいます!あ、でも俺が女の子の間だけですけど!男に戻れるのかも分からないけど、でも…やっぱり嫌なんです。我が儘、でしょうか?」

「ふむ、ようやく本音を吐いたな?まぁ安心するが良い。お前の様に、純朴で愛らしい娘に好かれて嫌な顔をする男はおらぬであろうよ…たとえそれが女嫌いであろうとな?我が儘も女人の可愛い武器の一つよの」




 魔王様は俺の気持ちなんて言わずとも知っているとばかりに小さく笑うと、傍に寄せた俺の頭を優しく撫でて下された。




 我が儘も女の可愛い武器の一つだと余裕で言い放つ魔王様は、ちょっとだけ大人の男性の香りがして俺は素直に見惚れてしまう。





 だけど魔王様の妃になる女性って、一体どんな方なのかと考えて俺は全く想像できないなと思った。






 何故なら今のカリス魔王様は、全ての女性は愛でられる者だと言い切る博愛主義者で誰か一人を特別に愛することはしない御方であると感じられるからだ。





 時にはそれが俺やヴェルグ、全ての守るべき存在に至るまで広く行使される物であるから、余計に魔王様のことが心配になる。






 たまには自分の感情を優先しても、誰も文句なんて言わないと思うのだけど…皆、魔王様が大好きだから。





 勿論、それは俺もパーティーの皆も含めての話だ。







「で、あるからして?お前は安心してヴェルグに嫁ぐが良いぞ、我は喜んで後見人になる。よもや勇者に仕上げた飼い犬を嫁として送り出すことになろうとは」

「魔王様、いくら何でも気が早いです…それに俺は」

「男に戻りたい?だが、間違いなく女人のお前に惚れておるヴェルグは悲しむぞ?それでも戻ると申すか」

「そ、そんなこと急に言われても!俺は可哀想じゃないんですか!?俺の男としての19年はどうなると…え、今すぐに綺麗さっぱり忘れろ?無理ですよ!!」




 たまに無茶苦茶な提案をされることのある魔王様は、やはりそれすら俺の反応を楽しんでおられる茶目っ気たっぷりの笑顔で、時折この御方が魔界の最高支配者であることを忘れさせる。





 魔王様はあやとり下手で大人の男性ではあるが、かくれんぼ大好きで今の側近のグレアムも前側近のヴェルグの時と同じく、執務を放棄しては困らせている子供じみた所もある。






 ああ、忘れていたけどクレア様のカモでもあるな…ゲームに興じるって意味で。






 ついでに色々隠し持っているらしい特技も気になる…いつの間に練習していたのか楽器演奏も得意だし、同じ顔の魔物達も全て見分けられるとかどんだけ凄い?





 さすが魔界の最高支配者、すなわち魔王様だな…










 


 そうやって俺が魔王様と謁見していた頃、フレア様とクレア様の天空界兄妹を千年ぶりに再会させるべく、ヴェルグはフレア様と大分姿の変わったロベリオを連れて聖域を訪れていた。

 




 ちなみに客人扱いのオレインさんやキグルスも同行しているのは、魔王城の聖域と呼ばれる場所やクレア様の顔を見ておきたかったからだと思われる。





 リリエルはロベリオの複雑な心情を察してか、それともクレア様とは顔を合わせ辛いのか自ら別行動を取っている。





 何て言うか…リリエルは普段の気の強さから誤解され易いけど本当は凄く優しい良い奴なんだ、自分の想いよりも義兄の想いを優先するなんて、なかなか出来ることじゃない。









 だけどそうやってリリエルに気を使われたにも関わらず、ロベリオは遠くからこっそり見守るだけでクレア様の姿が見えても傍には近寄らず、ヴェルグの隣で静かにしている。







 本当は、きっと誰よりも一番クレア様の傍に行きたいと思っていた筈なのにな…






 だって今の姿になるよりも前から、ずっとクレア様のことを想って身を呈して魔界と彼女、ひいてはリリエルや他の仲間の全てを守り抜いたのだから。






 ふざけた言動やおちゃらけた印象の強いロベリオだけど、色々と恵まれた俺よりも苦労は多かった筈だ。





 その証に導き手の制度は千年前を最後に廃止されたと、噂好きの精霊達から情報を仕入れていたロベリオは表情こそ見えない物の、何だか寂しげにも見えた。












「わぁ…久しぶりだね、クレアチス。千年ぶりかな?」





 千年ぶりの兄妹の再会って、一体どんな気持ちだろう?普通の人間の俺には想像もできない。






 いや、正確に言えば俺は普通の人間じゃなくなったけど!まだ普通の人間の感覚しか持ち合わせていないから、永遠にも近い程の長い時を生きるフレア様やクレア様のことを全て理解出来ているとは言い難い。





 ましてフレア様は天空界の勇者として、クレア様は導き手として天空界から旅立たれ、故郷に帰らぬ時間も長い。






 そんな二人の兄妹の胸に去来する思いとは、如何程か。





 遠くからその様子を見守っていたヴェルグは、二人の再会を自分のことの様に嬉しく思い、自然と瞳には涙が浮かんだ。









「お、お兄様!?ご無事だったのですね、良かった…」

「うん、色々あったけど僕は元気だよ。心配かけてごめんね?所でお前はまだその姿のままなんだね……う~ん」

「フレア兄様は、どなたかに恋をされたのですね?羨ましいです」




 成人したフレア様をまるで眩しい物を見つめる様に、少女の姿のままでいるクレア様が目を細めていると、フレア様は逆に少しだけ痛ましい物を見る様に目を伏せた。





 自らの姿と変わらないままの妹の姿を重ね合わせて、兄として色々と思う所があった様だ。










「ねぇクレア……お前にとって、ロベリオはどんな存在?」




 普段はロベリオのことも俺達同様にちゃん付けするフレア様だけど、この時ばかりは少し違って真面目な表情でクレア様に問い掛けていた。

 

 



 俺達の仲間になられてからは、ずっとふわふわとした表情や優しげな笑顔ばかりが印象的なフレア様の別の一面を垣間見た気がする。







「え、っと?お兄様、それはあの…どういった意味で?」

「意味はお前自身が導き出す物だ。よく考えてごらん?」

「ロベリオは私にとって……」




 聖域と呼ばれる枯れることの無い花畑の真ん中で、時折この地に吹き上げるエメルが起こす風で揺れる花を見つめながら、クレア様は過去の遠い記憶を辿っていた。




 白い花はクレア様の揺れる心情を表す様に、ゆらゆらと風に揺られて頼りなげに頭をもたれている。







「特別…ずっと一緒に、傍にいたかった人。守りたかったのに守れなかった大切な人。あぁ…そうです、きっと私はロベリオに恋をしていたのですね?お兄様…」




 傍で過ごした時間は短かったけど、それでも忘れることができないのは、今でもその時の記憶を大切に思っているからだとクレア様が涙目になりながら語る。




 すると、まばゆい程の光に包まれたクレア様がフレア様の時と同じ様に変体し、そこには成人した本来あるべき姿を手に入れたクレア様がいた。






 遠くから一部始終をヴェルグと一緒に見守っていたロベリオは、クレア様の姿に涙が止まらず鼻声でヴェルグに話し掛けた。





 剣の姿をしたロベリオの涙は、夜露に濡れた程度にしか見えない物だったけど…ヴェルグは静かにロベリオの柄を撫でて慰めた。







「クレア……ぐすっ、何で俺様はこんな姿なんだ?これじゃ抱き締めることもできねぇ、名乗ることも」

「名乗ることくらいはしておけロベリオ」

「ヴェルグ……でもよ」

「クレア様のお心を、本当の意味で慰めることができるのはお前だけだ。いつかまた、人間としてクレア様を迎えてやれ。その方法は必ず見つける、お前の親友としてな」




 遠く柱の影から遠慮がちにクレア様の姿を見守っていたロベリオは、そこで少し勇気を振り絞るとふよふよいつも以上にゆっくりとした浮遊でクレア様の傍へ近寄っていく。





 その途中、何度も止まってはヴェルグの方を振り返る行動を繰り返しながら、ようやくロベリオはクレア様の前までやって来た。





 満開の花畑に埋もれる様に、ロベリオは花の影に隠れながら声をかけるか否かを迷い続けている。






 いつもの傍若無人ぶりが嘘の様に、自らの姿をクレア様に晒すことを怖がっている今のロベリオはとても小さく見えた。










「あ、の……く、クレア?」

「はい?どなた様ですか」

「俺様は、あ、いや…俺は」

「ロベリオ?その声はロベリオですか?あぁ…その姿は」




 花と花の隙間から、ひょっこりと剣の頭だけのぞかせたロベリオの姿を目に止めたクレア様は、そこで恐らくはロベリオを驚かせない為なのか静かに両手を差し出す。




 

 しばらくは差し出された両手を見つめて悩んでいたロベリオは、だけど観念したのかクレア様の手の中に自ら歩み出るとすっぽりとおさまる。





 クレア様はそれを確認すると、ゆっくりとした動作でロベリオを掴んで自らの顔前まで持ち上げ、今にも零れ落ちそうな涙を堪えながら彼からの言葉を待った。








「クレア…ずっと待たせてごめんな?だけど今の俺はこんな姿だから、お前を抱き締めてやれない。だからお前に誓う」

「ロベリオ?」

「いつの日か人間の姿を取り戻して、必ずお前を迎えに来るって約束する。好きだよクレア…こんな姿で本当にごめん、ずっとお前にこの言葉を伝えたかったんだ。だけど千年前も今も、俺は勇気が無かったから」





 成長したクレア様の胸の中で、今は軟化しているロベリオはふるふる震えながら抱きしめてもらえる奇跡に涙した。





 だけどクレア様もいつも以上に優しい表情を浮かべて涙していたから、やっぱりロベリオこそがクレア様にとって本当の勇者なのだと見ていた皆は納得した。







「ロベリオ…たとえどの様な姿でも、貴方は素敵な私の勇者です。私も貴方が大好きです…いつまでも待っています、貴方と私の思い出が詰まったこの場所で」





 人間界から旅立ち、最後に辿り着いたこの地でいつまでも待ち続ける…クレア様とロベリオの物語は、きっとまだ終わっていないのだろう。





 二人の幸せそうな千年ぶりの邂逅を、兄であるフレア様と二人の友人であるヴェルグは遠目に並んで見つめていた。

 









「これで良かった?ヴェルグちゃん」

「フレア様…ありがとうございました。少なくとも俺は、ロベリオとクレア様の想いを尊重してやりたいと思いますので」

「ふーん?ズルい逃げ口上だね…これは僕の勘だけど。もしかして男の子のレミリオちゃんも、実はクレアのことが好きだったんじゃないの?たとえ本人は無自覚でもね…そもそも我々天使の生態は、絶対神ディオンの支配下にあり謎が多いと言われている。まして彼、いや彼女は恐らくこの世界で唯一の人間と天使のハーフだ。変体に時間差があってもおかしくはない。今のヴェルグちゃんには、それに気付かれたくない理由でもあるのかな」

「それは……」




 いつものふわふわと優しい笑顔で、含みのある意地悪な質問を投げ掛けるフレア様とどこかばつの悪そうな表情で視線を逸らすヴェルグ。




 百戦錬磨の黒騎士でも手玉に取る歴戦の勇者にはとても見えないフレア様は、白い翼をパタパタ羽ばたかせながら困ったヴェルグの様子にますます楽しげな笑みを深めた。






「ふふっ…成る程ね?クレアの兄である僕をだしにして、レミリオちゃんがいない間に肝心の二人をくっつけちゃうとか結構ヴェルグちゃんも酷いね。でも…そのちょっぴり歪んだ独占欲、僕は嫌いじゃないよ?」




 綺麗な仕草で口元に手をやり小さく吹き出すと、思わず目を伏せたヴェルグの横顔をまるで愛しい者を見る様な視線でフレア様は見つめた。




 それは本来の天使が持ち得る慈悲なのか、それとも歪んだ独占欲をひた隠しにしようとする黒騎士を哀れむ思いからか。





 フレア様は気まずそうに俯くヴェルグの背に手を添えると、優しく撫でて決して責めている訳ではないことを伝えた。







「恋は人を変える、天使を成長させる、様々な力だから」

「人を変える?」

「そう。きっとヴェルグちゃんも、変わった筈だよね?」

「どうでしょう…自分ではよく分かりません」




 眉間に皺を寄せて悩んでいるヴェルグと、それを微笑ましく見つめるフレア様は大して年の違いは無い筈なのに余裕の差がある様子で面白い。





 俺もヴェルグも、仲間であることは抜きにしてフレア様のことは尊敬している部分がある。





 それはロベリオ同様、千年前の悲劇を体験した勇者の一人としての彼の置かれた境遇と、圧倒的とも言える実力を認めているからだ。





 ではロベリオもフレア様と同じ世代の勇者なのに、尊敬できないのは何故か?明らかに性格と素行の違いだろう…悪い奴では無いけどな。








「千年の時間を越えて、奇跡的な愛が実った瞬間に立ち会えるとは実に光栄だ。ここにいないレミリオ君にも、是非この光景を見せてあげたかったね」

「あら、キグルスさん…貴方、分かっていないわね」

「えっ、レイ君?それは一体、どういう意味かね?」




 そこで不思議そうな表情を浮かべたキグルスを見つめるオレインさんは、やれやれと首を横に振ると小さく肩をすくめた。


 



 人の心の機敏に鋭く、特に恋愛方面にはとてつもなく理解の深いオレインさんは、元々の俺がクレア様のことを特別に想っていたことや、ロベリオとリリエルの複雑な関係など全てお見通し。





 ついでに言えば、女の子勇者になったばかりの俺とヴェルグの奇妙な関係にも当然の様に気付いている。





 彼女に隠し事は出来ない、何故ならオレインさんは賢者グリュエを師に持つ唯一の本物の魔女だからだ。








「何やら複雑そうな顔ね、ヴェルグさん…もしかしてまだ不安なの?恋敵になっていたかもしれないクレアさんの憂いも取り除いて、これで実質共にあの子の想い人になれたのに…男としての余裕が無いのね?」

「レイか…いや、俺は別に」

「レミリオ君、いえレミリオちゃん?どちらが本当のあの子なのかしら…貴方的には後者?だって、大人のキスもできるしね?」

「うぶっ!?」




 からかう様な口調で問い掛けられたヴェルグは、驚きのあまり吹き出すと自然と赤くなる顔を隠すことも忘れて隣に立つオレインさんを困惑気味に見つめた。





 何でそんなことまで知っているんだとばかりにヴェルグが訝しげな視線を投げ掛けると、オレインさんはそれこそ当然だとばかりに余裕の笑みで答える。





 ヴェルグですら本心を読めない魔女オレインさんは、年齢こそヴェルグより年下であるものの色々なことにおいて達観している。

 



 

 俺との奇妙な関係を知られたくないヴェルグにとってそれは、尊敬の領域を遥かに越えて畏怖すら覚える領域と言えた。

 







「隠さなくたっていいじゃない?情熱的な告白で私までときめいちゃったわ、うふふ…」

「なっ、何故…」

「知っているのかって?私は黒猫を使い魔に持つ魔女よ?精霊ケット・シーは、映像と音を運ぶこともできる万能な子なの。つまり私に隠し事は無意味ってこと…お分かり?」

「お前は恐ろしい女だな…改めて尊敬するよレイ」




 全てお見通しだから隠すことも無駄だ、と告げるオレインさんはヴェルグに俺との事の顛末を尋ねた。




 俺と普通の女の子は何が違うの?何で女嫌いのくせに俺は平気なの?まさか男の子の時から俺に妙な感情持っていなかったでしょうね?




 こんな感じでオレインさんは、聞きたいこと全てを聞き出すとやっぱりよく分からないのか首を傾げた。





 それはそうだろう、何故ならヴェルグ本人すら何で俺は平気なのかも、特別なのかもまだよく分かっていないのだから答えようがない。

 










「聞くが良いレミリオよ。我はお前以外に魔界の勇者を任せるつもりはない。ロベリオの意志を継ぐに相応しい人間、それがお前であると信じておる!たとえお前が人間と天使の間の子であれ、我のお前を信じる心に変わりはないぞ!」




 見た目も種族も、およそ全てが予定していたロベリオの代役とは似ても似つかない今の俺でも魔王様のお気持ちに変わりはなかった。






 だけどそれは信頼からのお言葉なのか、それともここまで育てた俺に対する同情心からかけて下された物か。





 どちらにしても仲間の皆と離れたくない今の俺にとって、ありがたいことは言うまでもない。





 ロベリオの代役、なんて本人を目の前に偉そうなことはもう言えやしないけど…だけど、ロベリオの望んだ魔界の安寧も魔王様の望まれる世界平和もとても大きな望み。








 その為にまずは第一歩、ここから始めよう。







 クレア様の居る聖域から、俺を迎えに一人で戻って来たヴェルグも一緒に魔王様のお言葉に耳を傾ける。












「これから我がお前達を名も無き村へ送り出す。そこでお前の出生の秘密を調べ、それからお前自身が今後の道を決めよ」

「俺の出生にまつわること、ですか?」 

「そうだ。お前の育ての親、村長にでも聞いてみるが良い。ヴェルグ、お前はレミリオをしっかりと守るのだぞ?」

「御意に。魔王様も、グレアムにあまり手を掛けさせない様に願います」



 

 既に後輩のグレアムから魔王様を何とかして欲しい、と相談されていたらしいヴェルグは僅かながら苦言を呈する。





 自由人だから仕方ない、なんて言葉はヴェルグに輪をかけて真面目な眼鏡の黒騎士グレアムに通用する訳がない。





 ちなみにグランドール家のメイド長ハミルさんは、グレアムの幼馴染みで学院も一緒だったとか…ハミルさんは経済学課、グレアムは騎士課だったらしい。






 ただし、騎士課は王族や貴族に人気がある上に超エリート精鋭組の数人のみ入れる超絶難関の学課なので、毎年倍率は上がる一方。





 二人はフレミア総合学院出身、ヴェルグとキグルスはヴェロニア魔導騎士学院出身、前者は出自に関係なく能力重視で後者は加えて出自も判断基準になるから、より入学すら難しいことが窺える。






 キグルスを見てるとちょっと信じられないけどな…









 

「いっ、たぁ…!魔王様、もうちょい丁寧に送り出して欲しかったなぁ…」

「転移魔法は便利な反面、リスクも高い……大丈夫か?」

「大丈夫、ヴェルグは?」

「俺は鍛えているからな」




 魔王様の転移魔法であっという間に俺の故郷、名も無き村の近くまで跳んだ俺とヴェルグは、受け身を取れたヴェルグはともかく俺は転移魔法に慣れておらず派手に尻餅をついて痛い目に遭った。





 幸い、下が生い茂った草でクッション代わりになってくれたお陰で尻に青アザは出来なかったけど…何て言うか、便利だけど慣れないと痛い目に必ず遭う魔法だと思う。





 そう言えば今更だけど、どうして他の仲間を連れずに二人きりで出掛けるのかと問い掛けたら「たまには二人きりも良いだろう?」と子供みたいな笑顔で返された俺が目を丸くしたのは言うまでもない。







 ヴェルグは無自覚なんだろうけど、何て言うか…たまに見せる笑顔が反則的なんだ。






 しかも俺が女の子になってからはやたらと手を繋いだり、触れたがるから何だか妙に照れてしまう。





 







「おんやぁ?お前さん達、こんな名も無き村へようおいでなすったのう…どちらさんですかな?」




 魔王様に勧誘と言う名の拉致同然に、魔王城へ連れられ故郷を離れた三年前からずっと、俺はこの声と姿を忘れた日はない。





 何故なら絶対に言ってやらねばと、思い続けていた文句がたっぷりとあったからだ。






 俺は今の俺が女の子であることも忘れ、のほほんと俺とヴェルグを見ていたクソジジイもとい村長の元へ物凄い速さで駆け寄ると、両手で思いっきり首を締め上げて抗議の意を示した。








「ここで会ったが百年目!!クソジジイ、あの時はテメーよくも俺を売りやがったなあぁ!?あれからどんだけ苦労したと思ってんだコラァ!!」

「ぐふっ!!ギブギブ!ワシの知り合いに可愛いお嬢ちゃんはおらんが、そんな口の聞き方をするもんじゃないぞ」

「うるせぇ!!こちとら死にかけたんだぞ!ついでにファーストキスが男相手とか痛すぎる!!マジで泣きたい!」




 何度死にかけたか分からない鬼畜な日々に加えて、今はこんな姿でしかも何が悲しくて野郎とキスとかしてるんだと改めて今更だけど我ながら泣けてきた。





 ヴェルグは俺の抗議に何やらショックを受けたのか、少し青ざめた顔で自然と泣き顔になっていた俺を見ている。





 だけどその時の俺はヴェルグのことまで気が回らなかったから、仕方ないことと流して欲しい。








「レミリオ……俺とのキスは、そんなに嫌だったのか?」

「嫌じゃない!でも!心の準備がまだなの!!俺はお前と違って童て…じゃない、処女なの!未経験の新品なの!」

「み、未経験の新品……」

「ヴェルグ?何を嬉しそうな顔してんだよ…気持ち悪い」





 じとっとした俺の視線に気付くと、ヴェルグは慌ててにやけ顔を隠す様に俺から顔をそらす。

 




 ヴェルグのにやけ顔とか…実に珍しい物を見てしまった俺は、何と声を掛ければ良いのか分からず困り果てた。





 ちなみにキグルスのにやけ顔なら街中でナンパしてる時とか、他にも何度も見てるから今更珍しくも何ともない。






 どんなイケメンでもやっぱりにやけ顔は、総じて残念なことに気付かされた俺は呆れて沈黙した。






 そこで俺とヴェルグの微妙な空気に気付いたのか否か、村長は少し気遣いの目でヴェルグに声をかけてきた。








「そちらさんは、確か魔王様の側近のエルトリア様でしたかのう?あの子を世話して頂いて感謝しております」

「あぁ…いや、俺は別に大したことはしていない」

「キスはするけどな?」

「ごほんっ!今日は魔王様の使いとしてやって来た、故に隠し事は一切無しで正直にお教え願いたい」





 俺が意地悪な顔で意地悪な横槍を入れれば、ヴェルグは顔を赤くして咳払いでその場を誤魔化した。





 村長はそれに気付いているのかいないのか、あえて突っ込むことはなくヴェルグから俺の近況を黙って静かに聞いている。





 俺が勇者に認められて魔王様から名前を頂いたことや、ロベリオを引き抜いて今まさに魔界から人間界へ旅立ちの日を迎えようとしていること等。





 これまでの流れを大まかな説明ではあるが、ヴェルグは魔王様の許可を得た上で村長に説明した。






 ただし、俺が女の子になったことは内緒のままで。







「何と!あの子は魔王様より勇者として名を賜ったのですか?それはそれは…ほんに良かったなぁ、これでワシも思い残すことはない」

「村長…?」

「あの子はワシの本当の孫ではないのです」

「そんな…」




 村で暮らしていた頃、俺の唯一の拠り所だった村長。




 気付けばいつも傍にいてくれて、両親に会いたいと泣いていた子供の俺を慰めてくれたり、細やかながら催される村の祭りに一緒に行ったりと思い出は数えきれない程にある。





 村長には実は娘が一人いたらしいけれど、何もない村の生活に嫌気が差してある日出て行ったきり戻らず仕舞い。






 そんなある日のことだ。









「今から二十年前…この村は帝国の襲撃を受けて、壊滅状態にまで追い詰められましての。その後、派遣された軍人があの子の父親…マーカス将軍。ワシ等の監視役と言う訳です」





 ロベリオの封印は完璧とまでは行かず、千年もの長い間に綻びの生じた次元の扉をこじ開ける技術を開発していたらしい帝国は、扉を一時的とはいえ征すると境界から程近いこの村を隠れ蓑にすべく拠点にした。





 魔王様の抹殺を諦めていない帝国は、中でも一番とされる帝国の聖騎士団を村へ送り込んだ。

 




 その後、派遣された帝国のマーカス将軍…俺の父親が、村を監視する為にやって来た招かれざる客か。







「将軍は清廉潔白なお人柄で、皇帝の命令に疑問を抱くようになると、ワシ等の味方になって親身に接してくれましてなぁ…それはもう嬉しかった物です」

「そうですか、ご立派な方だったのですね」

「そうなのです。それ故に、ワシは今でも後悔しています…将軍とあの天使を引き合わせてしまった愚かさを。まさか二人が結ばれて、子供まで授かるとは思わず浅はかでした」

「じゃあ…もしかして、その二人の間に出来た子供が?」




 たとえこの先を聞かずとも、察しの良いヴェルグは何となく村長の言わんとすることを先読みして問い返す。





 俺は知りたいと思っていた両親のこととはいえ、それよりもクソジジイ…村長と血の繋がりが無いことの方が、ずっと胸に堪えた。





 だから今まで何度問いかけても、両親の生死や所在については曖昧な返事で誤魔化していた訳か…それが名も無き村の村長、マグワイズ爺の俺に対しての優しさなのだと思うと、何だか今更になって涙が出た。








「当時は千年前の大戦の折、天空界へ戻れずにいた天使の一人がこの村の近くに住み着いておりましてな?名前はソフィア。元は大天使だったと笑い話として聞かせてくれました」




 千年前の大戦がきっかけで故郷へ戻れなくなった母は、生来の性格からか悲観することもなくこの地での生活を楽しんでいたとか。





 大天使だからと高飛車になることもなく、村人とも誰とでも気さくに話をする母は当然、帝国からの監視者だろうが余所者だろうが気にすることなく父とも交流を深めた。





 そのうちに父の清廉な人柄や天使にはない魅力に、どうやら母の方が先に惚れてしまったらしい。





 当時はまだ魔王様の抹殺を完遂出来るほどの腕前のある騎士がおらず、諦めた帝国は父の部隊に帰還命令を出すも母は断固として父に付いて行くと言って譲らずそのまま人間界まで共に旅立った。

 





 とある理由から俺を血の繋がりの無い村長に預けて。









「元は大天使…同じ境遇のフレア様なら何か知っているかもしれんな」

「うん…何か、嘘みたいだ」

「何がだ?」

「俺にちゃんとした両親が存在して、しかも立派な人物とか信じられないな。ずっと、名前もなく淡々とした日常の中で誰にも気にもされずに死んでいく。ずっとそれが俺の当然だと…」





 今まで両親が生きていたことも、どのような存在であるのかも何も知らなかった俺は、普通の村人として生活していられることが村長や皆の優しさであるとは知らずに当たり前だと思っていた。





 本当に俺は、魔王様に見出だされる前も後も周囲の皆に守られていたのだと分かり、改めて感謝したい気持ちになる。





 今はまさかの女の子勇者に成り果てるも魔王様は俺を見捨てることもなく、今まで通りヴェルグにも守って貰えているし、出生の秘密も知ることができた。





 これでようやく俺がこの姿になった謎に、一歩近付くことが出来たような気がする。








「名無しの村人Aとしたのは、あの子の存在を隠し帝国の目を欺く為です。あの子は名前もなく、そのまま何も知らず平穏無事に過ごせればワシはそれで幸せだと思っておりましたが…魔王様が現れて、あの子を指名なされた時にこれも運命と受け入れました。勇者になれば、堂々と両親に会えると」





 村長は俺を見ると、どこか寂しげな表情を浮かべて小さなため息をついた。





 もしかしたら俺に会いたいと、少しでも思ってくれているのかと勘違いしそうになりながら俺は言葉にできないもどかしさに俯く。






 目の前にいる俺は姿は違うけど確かに俺で、本当はまたクソジジイに会えて嬉しいんだと伝えたいのに伝えられないジレンマ。






 …俺はまた男の姿に戻ることができるのだろうか? 







 魔王様の言う通り、男の俺に戻るとヴェルグは悲しむのかもしれないけど…だけどこの村で過ごしてきた時間も村人の俺も捨てたくないし、捨てられない。


 

 






「マーカス将軍とソフィア様は、今でも囚われておるのです帝国に。そしてルシーズ皇帝は何かを探していたらしいのですが…恐らくあの子でしょう。ワシにはよく分かりませんが、将来的に必ず邪魔になると占い師が予言したとか?」

「予言とは?」

「皇帝陛下の望みを妨げる存在に、なるとかどうとか?ソフィア様はえらく気にしておられた様ですな」





 村の祭りで偶然、訪れていた占い師の不吉な預言を気にするも、俺と言う子の存在をこの村に残してまで母は父と共に在ることを望んだ。






 別にそれに対して酷いとか、俺も一緒に連れて行って欲しかったとか、そう言う気持ちは全く無い。





 何故なら村長も皆も俺にとても良くしてくれたし、いつだって優しかったから。





 


 それに、好きな人とずっと一緒にいたいと思うのは当たり前のことだ。






 俺を危険に晒すことが嫌だから、村長にお願いして俺の身の安全を選択し、母は別れを選んだ。






 一見すると身勝手とも取れる行動だけど…きっと、そうしてまでも母は父と共に在ることを望んだのだろうと思えば腹も立たない。






 俺だって、ヴェルグと一緒にいたいと思うから同じ気持ちなのだろう。










「エルトリア様、あの子のことを宜しくお願いしますの」

「はい…必ず守ります」

「そっちのお嬢ちゃんも、あの子の友達になっておくれ」

「う、ん…分かった」





 最後まで自分が村人A、マグワイズ爺の孫なのだと伝えられないまま、俺はヴェルグに背中を押される様にしてその場を立ち去る。





 後ろ髪を引かれる思いで村の入り口へ振り返れば、クソジジイ…俺の大切な爺さんは、のほほんとした笑みを浮かべながらいつまでも手を振って見送ってくれていた。




 

 

 血の繋がりの無い仮初めの関係とはいえ、俺の中で村長はずっと変わらずクソジジイで俺の身内だ。






 だから勇者としてちゃんと責務を果たしたら、必ずここに戻ってクソジジイに育てて貰った恩返しをしたいと強く思った。


















「なぁヴェルグ…アストレイル帝国って、人間界の中でも一番大きい国なんだよな?それから怖い軍事国家だって、オレインさんが教えてくれた。きっと、ルシーズ皇帝も怖い奴なんだろうな…俺の両親、無事だといいけど」




 村から少し離れた崖道を並んで歩く俺とヴェルグは、村への帰り道なのか荷車で野菜や村の特産品の高山薬物などを運ぶ村人達とすれ違う。





 今の俺の姿では誰も村人Aのロベ、皆が知る俺では無い為か、村人の皆は他人行儀な笑顔で頭を下げて通り過ぎて行くのみだけど。







 当たり前のことだと分かっているけど、どうしても寂しげな表情を浮かべてしまう俺に気付いたヴェルグは小さく一言「すまない」と謝罪した。






 何を謝る必要があるのだろうか?女の子になってしまった挙げ句、天使にまで転換した正体不明な存在の

俺に、変わらず以前と同様に優しく接してくれるヴェルグや魔王様に非はない。






 ただ、俺が皆に久しぶりに顔を合わせたのに挨拶もできないことが寂しいだけだ。






 それくらいの寂しさや辛さは、魔王様に連れられて魔王軍の一員に組み込まれた時から覚悟するべきこと。





 当時は故郷に戻ることもできず、たった一人の義兄も失ったリリエルに比べれば今の俺の寂しさなんてまだ手緩い。







 俺の抱える寂しさに気付いているのか、ヴェルグはいつもより気遣っていると分かる優しい声色で、俺の問いかけに丁寧に答えてくれた。









「いずれ障害になると言われたお前に対する人質、二人は無事な可能性が極めて高い。大丈夫だ。準備を万端にして、なるべく早めに助けに行こう…俺も学生時代、留学生として滞在したことがあるがあそこは騎士の練度が高く、質も高い。それから皇帝のカリスマ性も…まぁ、我々の主たる魔王様には劣るがな」





 魔王様を誰よりも尊敬しているヴェルグにとって、人間界の皇帝は認めざるべき存在なのかもしれない。





 少しだけ不機嫌な表情を浮かべると、眉間にシワを寄せて当時の自分に何やら思いを馳せている様子。





 当然のことながら、今や正式な騎士になっているヴェルグやキグルスにも学生時代はあった訳で。





 学の無い俺にとっては、どうにも二人の学生時代や学生姿は想像できなくて、首を傾げるばかりだった。








「ヴェルグ、ありがとう…でもお前ってやっぱり凄いな!俺、学院とか通ったことないけど留学生って頭良くないとダメなんだろ?素直に尊敬するよ」

「たまたま成績順で選ばれただけだ…ヴェロニア魔導騎士学院の代表として、俺はアストレイル帝国に。リーズは魔法都市ヴェロニアに交換留学生として派遣された」

「リーズって、誰?」




 突然ヴェルグの口から聞いたことの無い名前が紡がれると、俺は妙に落ち着かない気分に陥る。





 ヴェルグのことを全て知り尽くしている、なんて思い上がっているつもりはないけど、知らないことがあるのはやっぱり何だか面白くない。






 

 自惚れかもしれないけれど、ヴェルグにとって俺は恐らく魔王様や遠征中の父親の次くらいには大切な存在になれている筈、だと思う。






 女嫌いのくせにフェミニストなヴェルグは、女の子姿の俺にはいつもより一層甘いからそう思うのかも。






 ちょっと面白くなさそうな顔の俺の問い掛けに、ヴェルグは気付いているのか苦笑しながら答えた。










「リーズは…帝国の代表として魔界にやって来た皇族だ。つまり皇位継承権を持つ一人と言う訳だな。しかし、カリスマ性のあるルシーズが既に皇帝として即位していたからアレは単なる遊び気分の留学だろうな」

「ヴェルグ…?」

「あぁ…いや、すまん。俺は当時、リーズにはあまり良い印象を受けなかった物でな…ストーカー化されたと言うか」

「それって女?」




 名前からして女だとは思っていたけど、それを肯定されるのも面白くはない。





 ぷくっと頬を膨らませて睨む俺に、ヴェルグは何だか嬉しそうな顔で頬を緩ませると頭を撫でてきた。






 …完全に子供扱いされている、そんな気がした。








「だがレミリオ…お前の方が、ずっと素直で愛らしいぞ?」

「むー…単純で悪かったな!どうせ俺は世間知らずの田舎者だ」

「むくれるな、これでも誉めているつもりだぞ?だからこうして触れたくなる」




 そこでふわりと鼻孔をかすめるヴェルグのまとう香りに、俺は抱きしめられているのだと遅れて気付く。





 額に何か柔らかい物が触れて、それがヴェルグの唇だと理解した俺は恥ずかしさに耳まで赤くなる。






 まだ大人になりかけの俺はふと思った…大人は不思議だと。






 オレインさんは魅惑的な甘い大人の女の香り、キグルスはどちらかと言えば性格は面白い物のすっきりと爽やかな香り、ヴェルグは…落ち着いた優しい香り、かな?





 リリエルは甘酸っぱい青林檎風味の香り、フレア様はまるでメイプルシロップみたいな香りをまとってる…大人はやっぱり不思議だ。






 じゃあ今の俺の姿だと、どんな香りがしているのかとても気になった。








「ヴェルグ、お前って実は情熱的なんだな。大人は不思議だ…何で皆、それぞれまとう香りが違うのかな?」

「俺がこの様な真似をするのはお前にだけだ。そうだな…よくは知らんが、香りが合う者同士は結ばれ易いと言われているらしい。今のお前がまとう香りは花の香りだな、とても好ましいと思う」

「じゃあ好きか?その…リーズより?」

「好きだ。俺は女に対して自分自身がもっと淡白であると思い込んでいたが、お前の前でだけはそうでもなかったらしい。まさか自分がこんな風になるとは思わなかったぞ、もうロベリオを俗物扱いできんな」


  

 

 自嘲気味に抱きしめていた俺を見つめると、珍しく紅潮した頬を隠さずにヴェルグは微笑んだ。





 ちょっとその表情にドキッとさせられた俺は、あぁきっとヴェルグのことだから、無自覚に惚れさせては断りまくっていたのだろうなと何となくキグルスが以前言っていた事実を理解した。






 罪な奴だな、全く…だけどそんなモテまくりの奴を惚れさせるって、ちょっと凄くないか?いや、それでも男に戻りたくない訳じゃないけどね!?






 だけどその時の俺は、女の俺に対するヴェルグの無条件の好意って言うか、優しさが心地良いから今はまだこのままでも良いかなって勝手なことを思っていた。















 一方、その頃のロベリオは…









「ふえぇ…クレア、そ、そこはっ!あふんっ!もういいって、磨かなくても大丈夫だから」

「まぁロベリオ、面白い声を出すのですね?ふふっ…可愛い」

「かっ、可愛い!?それはお前だ!クレアが一番可愛い」

「ありがとうロベリオ、嬉しいです」




 千年ぶりに愛しのクレア様との邂逅を果たしたロベリオは、彼女の優しいお手入れに喜びつつも照れまくっていた。





 クレア様はくすぐったがるロベリオを膝の上に乗せながら、剣先まで丁寧に拭いては面白い声を出すロベリオの様子にくすくすと笑う。





 ふとお互いに見つめ合うと、二人は何だか幸せそうな空気を醸し出していた。

 







「恋人同士の幸せな語らい、の筈なんだけど…」

「何だろうね、実にシュールな見た目だなぁ…」

「天使が剣を磨いてニコニコ笑顔で独り言…?」

「そんな感じに見えてしまうよね、あの二人は」




 クレア様とロベリオの不思議な関係に、遠くから二人の様子を静かに見守っていたキグルスとオレインさんは、何だか面白い物を見たと言った感じでお互いに顔を見合わせる。




 

 二人は仲間として互いに認め合う物を持っているのか、ヴェルグと語り合うことの多いオレインさんはキグルスとも分け隔てなく語り合っていた。






 俺が何かするまでもなく、他の仲間達は上手にそれぞれと付き合ってくれているからとてもありがたい。





 魔界代表パーティーは種族混合の異端だと、あまり本部にはよく思われていないらしいとルルイから聞いたけど、俺はそう思わない。





 全ての人々を幸せにする、それが魔王様の願いなのだから種族の垣根を越えて何が悪いんだ。














 そしてロベリオがクレア様といちゃついていた頃、体育座りで泣き崩れるリリエルをフレア様は魔王城の屋上で慰めていたとか。





 そりゃそうか…たとえどんな姿になっても、リリエルにとってロベリオはいつまでも待ち続けていた義兄の婚約者だ。





 それに、人間界に置いてきた元々の家族は恐らく寿命を迎えている筈だから、今や彼女に残された最後の身内とも言える。









 結果は言わずとも目に見えていたとはいえ、ロベリオのクレア様への告白を聞いてしまえば彼の想いを否定できなくなる、つまり彼女の失恋が確定する。





 千年も待ち続けた挙げ句に何も言わせて貰えず、一方的に振られるのは辛いだろう…俺だって同じ立場だったら間違いなく泣いてしまうだろうな。







「ねぇリリエルちゃん…いい加減に機嫌直したら?嘆いてばかりいると、せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」




 フレア様は普段のふわふわした空気の中にも悲哀を込めて、いつもより一層優しさが滲み出た声色でリリエルに話し掛ける。





 体育座りで顔を隠したまま泣き続けるリリエルの隣に静かに座ると、彼女の頭を撫でながら彼は言葉を待った。







「泣きたくもなるわよ、千年の片想いが一瞬にして泡と消えて…それだけでもショックなのに、レミリオまであんなになっちゃっていつの間にかヴェルグに出し抜かれるとか!アタシの存在って一体、何なの?」

「僕がいるよ?君のこと、ずっと大好きだから元気を出して」

「フレアは、何でアタシなの?がさつだし、全然可愛くなんて無いのに…」





 ぐすぐすと赤くなった鼻を鳴らしながら、情けない泣き顔を見られることも忘れてリリエルは隣に座っていたフレア様を見る。




 その間にも絶えず涙はぽろぽろと彼女の大きな瞳から零れ落ち、彼女の腕の上を伝って滴り落ちた。






「そんなこと言わないで?君はとっても素敵な女の子だよ、それに僕の目覚めは君がいたからこその奇跡と呼べる物なんだからね?」

「うー…じゃあ何で失恋したの?」

「タイミングと相性の問題かな?リリエルちゃんは何も悪くないよ、だから自分を卑下しないで。僕はいつまでも優しくて可愛い君が大好きだから、ずっとね」

「絶対ね?今更、取り消すとか言わないでよ?本当の本当に立ち直れなくなるから……ねぇ、フレア?アンタだけは、ずっと変わらずにアタシの傍にいてね?」




 よしよしと優しく頭を撫でるフレア様の肩にもたれながら、リリエルはしばらくずっと泣き続けた。





 誰かに弱さを見せること、それは彼女が一番嫌うことだ。





 だけど今この時ばかりは、泣いてもいいと思う。





 それでまた、ちょっと気が強くて力も強い頼れる竜の娘に戻ってくれれば良いな…ロベリオもヴェルグに負けず劣らず罪な奴だ。
















「なぁヴェルグ…俺、決めたよ」

「レミリオ?」

「男でも女でも俺は俺、だから魔王様の信頼に応えたい」

「そうか…お前がそう決めたなら俺はそれに従うだけだ」




 村から少し離れた丘の上で、俺は眼下に広がる魔界の景色をヴェルグと一緒に眺めていた。




 時折、吹いてくる風が森の香りや草原の香りを運んで俺の鼻を優しくくすぐる。





 気持ちも新たに勇者としての覚悟を決めれば、ヴェルグは驚くこともなく受け入れてくれたから妙に安心した。

 






「これから大変だと思うけど改めて宜しくお願いします」

「他人行儀な言い回しは好かん」

「え?」




 俺が礼儀正しくヴェルグに向けて一礼すれば、何故かヴェルグは少し面白くなさそうな表情で俺を見た。




 その理由が分からずに首を傾げた俺を見つめると、ヴェルグは俺の頬に手を添えて目を細めた。







「もっと俺を束縛して、我が儘を言っていいんだぞ?」

「いいの?じゃあ、俺のこと守って欲しい!それから」

「それから?」




 何となく分かってきたのは、ヴェルグは女の俺にはやたらと甘やかしたがりだってこと。




 男の俺には結構スパルタ式なんだけど…何だか納得行かないが、もしや惚れた弱味って奴か?成る程、好きな女には尽くすタイプなのかもしれない。




 

 だったら遠慮するのは逆に失礼だろう、と自分に都合の良い解釈をした俺はとりあえず甘える努力と言うか、抱き付いて上目遣いにお願いしてみることにした。






「俺のことだけ好きでいて?リーズとか、他の女に優しくしちゃやだ!メイドもダメだぞ?」

「了解した。お前だけ見ている」

「うん…約束だからな?俺も、お前だけ見てる。ずっと」




 ヴェルグにぎゅっと強く抱きしめられると、何だか心まで一緒に抱きしめられているみたいに苦しくなって息ができない。




 顔は火照って赤くなるし、密着した大きな胸からドキドキうるさい鼓動が伝わってしまうんじゃないかって、恥ずかしさに死にそうになるし。





 何て言うか…女の体も結構大変なんだなと思った。









「ヴェルグ=エルトリア…貴方は近い将来、絶対に私の下へ来る!そして平伏すの。これは避けられない未来の予言よ?」




 だけど俺を抱き締めながら、ヴェルグの瞳には過去の別の景色が映っていた。





 忘れたくても忘れられない、学生時代のリーズとの記憶。






「お前…まだいたのか?いい加減、帝国へ帰れよリーズ」

「ふふっ…必ずだからね?貴方は私の物。今も、昔も…」

「人の話を聞け!洗脳のつもりならやめておけ…俺は誰の物にもならん。たとえそれが、皇族だろうと従う気はない」




 魔法都市ヴェロニアで交わしたリーズとの最後の会話。




 もう千年以上も前の話なのに、どうしても忘れることができないのは心が囚われているからなのか。

 



 単なる戯言だと一蹴してしまえば良いのに、出来ないのは嫌な予感が消えないからかもしれない。





 そもそも人間が魔族を従える等と無茶苦茶な話だ、寿命的にもあの女は既に死んでいる筈、だから。








「ヴェルグ?どうかしたのか、ぼーっとして」

「あ、いや…何でもない。俺もまだまだだと思ってな…」

「大丈夫か?ちょっと休んでいこうか」





 子供の頃から遊び場にしていた俺だけの秘密の花園に、初めて連れて来た招待客がヴェルグだとは不思議な感じがする。




 

 鬱蒼と繁って絡み合ったツルの輪を上手にくぐらないと辿り着けない場所に、それは存在する。





 忘れられない過去に囚われたヴェルグの瞳には、何も映らず俺から見ればぼんやりして疲れている様に見えたから。


 



 俺は先導する為にヴェルグの手を引いて、数年ぶりの花園へ足を踏み入れた。







「なぁ…ヴェルグは、親にも甘えたこと無いだろ?」

「何故分かる?」

「分かるよ、だっていつも張り詰めた顔してたから」




 ヴェルグは両親のことをあまり話したがらない。




 長くエルトリア家に仕える老執事に聞いた話では、決して家族仲は悪くなかったそうだ。





 ただし、母親が病で亡くなってからは考え方の相違で父親とすれ違ってそのまま疎遠になってしまった。





 父親は仕事続きで家には戻らず、当主の座をヴェルグに任せて魔界の果てと呼ばれる場所で、侵入する機会を窺っている他種族の牽制に当たっているとか。







「俺は両親の顔も知らない村人だったけど、それでも村の皆や育ての親の村長がいてくれた。子供の頃は甘えまくった」

「ふ…そんな感じだな」

「何だよヴェルグ…何で笑うんだ?」

「お前は甘え上手な子供だっただろうと思ってな…その様子が目に見えるようで微笑ましい」




 まるで眩しい者を見つめる様に、細めたヴェルグの瞳には少し切なげな表情を浮かべた俺が映っている。




 きっとヴェルグは今もまだ心のどこかで、分かり合えないまま遠くにいる父親のことを心配している筈。





 だからせめて傍にいる俺だけでもヴェルグの癒しになってあげたいと考えた末、俺は彼に向けて両手を広げて差し出した。

 






「だからヴェルグも俺に甘えていいぞ?」

「馬鹿を言うな、俺はこれでも魔王様の」

「魔王様の側近だろうが、エルトリアの当主だろうが関係ない!俺は、甘え下手のお前に甘えさせてあげたいだけ」

「お前は…実に羨ましい思考回路の持ち主だな。お前と話していると、建前を必要とすることが馬鹿らしくなる…」




 こめかみに手を当てたヴェルグは、膝枕をしてあげるとばかりに花畑で正座し両手を広げて待っている俺をちらりと横目で見ると、何故か赤くなる。

 




 だけどその表情は、困惑と喜びが混ざり合った複雑ではあるものの嫌がっている様には見えない顔だったので、俺は少し強引に立ち尽くすヴェルグの手を引いて座らせた。







「俺はお前がいれば、それだけでいい。気持ちだけ受け取っておく」

「むー…俺の前でくらい、羽目外せよ?ほら、おいでおいで」

「お前な…俺は犬じゃないんだぞ?」




 そうやって言葉では呆れつつも、ヴェルグは珍しく俺の思いつきに付き合うつもりなのか膝枕に頭を乗せると俺の顔を見上げる。





 何だか普段は見下ろされているのに、膝枕で見上げられるとまるでヴェルグが子供みたいに見えて、俺はつい衝動的な愛しさから彼の頭を撫でた。







「わー…お前の髪、つやつやで気持ちいい。三年一緒に暮らして初めて触らせて貰った気がする。女の子も悪くないな。膝枕もしてあげられるし…だけど女の子って、何か色々と許されてずるいな?」




 男の俺がやったら単に気持ち悪いと言われそうなことも、女の子の俺がやると許されるとか何だかずるい。





 それを証拠にヴェルグは目を細めて気持ち良さそうにしているから、俺は何かに負けた様な心持ちになる。

 




 三年間も一緒に暮らしていたのに、俺はヴェルグのこんな表情は一度も見たことが無い。






 だからやっぱり、今の姿がヴェルグにとっては特別な意味を持つってことなのだと改めて思った。









「でもなぁ…女の子になると魔物達の言葉が分からなくなる上に召喚できなくなるし、ロベリオは急に重くなって使えなくなるし散々なんだよ」

「その代わり、魔法が使える。天使化はメリットが多い」

「そうは言っても、俺は今まで人間の男だったからなぁ」





 名も無き村人生活に始まり、魔王城からエルトリアの屋敷、そして旅立ちまで。






 俺は人間でありながら天使でもあり、男でありながら女でもあると言う不思議な体質。







 今後の先行きを思えば、不安はどうしても付きまとうけれど。

 








「でもヴェルグが望むなら、ずっと女の子のままでもいいや。魔物達と話せなくなるのは寂しいけど、それ以上に俺はお前が望む俺でいたいって思うから」

「レミリオ……」

「うーん、女の子でも勇者ってイケるかな?とりあえず頑張る!だから、これからも宜しく頼むな?俺の御主人様」





 きっとこの時の俺は、良い笑顔でヴェルグの望む女の子のレミリオでいられたと思う。





 だってヴェルグはとても良い笑顔で俺に応えたから、それが彼の答えなのだと思えば自ずと知れること。








 そりゃあ本音を言えば、いつまでこの姿でいるのだろうかとか、女の子ってどんな風にしていれば正解なのだろうかとか…ヴェルグにはとても問いかけられない悩みも抱えているけれど。







 それでも誰かが、今はヴェルグが女の子の俺を望んでくれる限り。






 この姿にも誇りと希望を持って、魔界の勇者を名乗ろうと思う。








 ロベリオやフレア様、過去の勇者達に加えてリリエルやオレインさん等、ちゃんとパーティーを彩る強い女性達も揃っているし。







 イケメン騎士枠にはヴェルグとキグルス、犬猿の仲の黒騎士と白騎士だけど頼れる二人であることは間違いないから。






 

 さぁ、個性豊かな仲間達と共に人間界へ旅立とう!






 



 

 魔王様の優しい望みを叶える……尊いその日の為に。

 










ここまでの長いお付き合い、誠にお疲れ様でした。まとまりのないまま謎だらけで終了です(えええ)特にレミリオの性転換は今後どうなるか?ヴェルグの過去に出てくるリーズや剣になったロベリオ等、まだ終わらない要素だらけですね。


四世界の旅がテーマ、なので今後ともお付き合いできる方はどうぞ宜しくお願い致します。ありがとうございました!


※気まぐれ更新なのであらかじめご了承下さい。

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