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勇者と魔王、温泉に行く。  作者: 芳Hacca
第四話 勇者と魔王、合流。
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第五話 勇者と魔王 バスで草津温泉へ

勇者と魔王は、バスの後方の席に並んで座った。


勇者が譲ると、魔王は当然のように窓際へ座り、すぐにPCを取り出した。


「現地調査するんだろ」


バスが駅前を離れる。


駅近くの建物の並ぶ地域を抜けると、バスは山あいの細い道を進んでいく。道路は川に沿い、次第に勾配を増していく。


魔王はしばらく外を眺め、時折、PCへ何かを入力していた。


勇者は隣から画面をのぞいた。


「何書いてる?」


「主要道路の状態と、車両で移動した場合の所要時間」


どんな状況でも仕事へ変えるつもりらしい。


「そういうの、現地の担当に聞けば分かるだろ」


「資料の数字と、自分で見るのは違う」


魔王は画面から目を離さずに答えた。


「報告では問題なしとなっていても、実際に来ると輸送車両が通りにくい道路だったりする。逆に、改善要求が何年も上がっている区間が、現場ではそれほど問題視されていないこともある」


「それは分かる」


「お前は有休中だろ」


「一般論としてだ。仕事の話はしてない」


「今のは仕事の話だ」


「振ったのはお前だろ」


草津温泉へ着くまで、仕事の話はしない。


駅でそう宣言してから、まだ数分も経っていなかった。


二人はしばらく黙って外を見た。


沈黙は気まずくなかった。


学生時代も、いつも話し続けていたわけではない。同じ部屋にいて、片方が本を読み、もう片方が課題をやっていることも多かった。


違うのは、勇者の膝に仕事はなく、魔王の膝にはあることくらいだ。


バスが大きく曲がる。


窓の外を流れる山間の木々はところどころ色づき始めていた。川面が光を返し、道路沿いの集落が後ろへ流れていく。


勇者は座席へ深く背を預けた。


ここ数年、移動時間は次の予定を確認し、部下からの報告メールに目を通すための時間だった。


報告を読む。担当者へフィードバックする。到着後の会議を頭の中で組み立てる。何もすることがなければ、何か忘れていないかを考える。


ただ窓の外を見るために乗り物へ乗るのは、いつ以来だろう。


ポケットの中でスマートフォンが震えた。


反射的に手を入れ、画面を見る。


通知は、利用している宿泊予約サービスからだった。


現地までお気をつけてお越しください。


それだけだった。


勇者は安堵し、それから、安堵した自分に少し呆れた。


「仕事か?」


魔王が聞いた。


「違う、今日の宿泊の最終確認だった」


「残念そうだな」


「安心してる」


「そうは見えなかった」


勇者は画面を伏せた。


「何も来ないと、それはそれで不安になるんだよ」


「休んでも回るんだろ」


「回るように引き継いできた」


「なら問題ない」


「お前は気にならないの?」


魔王は膝の仕事鞄を見た。


「気になるから、持ってきた」


「それでよく俺に説教できたな」


「俺は出張だ」


やはり便利な言葉だった。


勇者は笑いながら、スマートフォンを鞄へしまった。すぐ取り出せる上着のポケットではなく、着替えの下へ押し込む。


完全休暇には、意志だけでなく物理的な距離も必要だった。


「最近、どうなんだ」


勇者が聞いた。


魔王は外を見たまま答えた。


「仕事の範囲が広がった」


「順調じゃん」


「担当地域も増えた」


「順調じゃないな」


「分かるのが早いな」


「同じだからな」


勇者側は、担当範囲が広がれば、その分だけ新しい人員と拠点が必要になる。


魔王側は少し違う。


各地の魔族勢力が魔王軍の傘下へ入れば、見かけ上の規模はすぐに大きくなる。だが、昔からその土地にいる者たちが、昨日届いた本社の方針へ素直に従うとは限らない。


同じ旗を掲げたからといって、同じ組織として動くわけではないのだ。


「最近、人が足りないんだよ」


勇者が言った。


「うちも」


「そっち、魔物はいっぱいいるだろ」


「使える奴が足りないんだよ」


「ああ……」


魔王が勇者を見る。


「分かるだろ」


「分かる」


人数だけならいる。


名簿の上では、必要数を満たしていることもある。


だが、新しい担当をそのまま任せられる者、問題が起きた時に自分で判断できる者、周囲と調整しながら最後まで仕事を進められる者となると、急に数が減る。


「上は人数しか見ないからな」


魔王が言った。


「そう。十人いるなら十人分できると思ってる」


勇者が続ける。


「実際は、二人が主力。三人は一人で任せられる。四人は指示したことなら動ける」


「残り一人は?」


「今、育成方針を考えてる」


「数には入ってないじゃないか」


「辞められたら困るから、人数には入ってる」


「面倒だな」


魔王は窓の外を見ながら相槌をうつ。


「お前のところは?」


「地方ごとに事情が違いすぎる。経験者を集めても、全員が別のやり方で動く」


「統一すればいいじゃん」


「それを言うのは本社だけだ」


声は穏やかだったが、返事が妙に早かった。


何度も同じことを言われているのだろう。


「共通の手順を送れば、『この地域では昔からこうしている』と返ってくる。研修を開けば責任者だけ来て、戻ったあと部下へ伝えない。報告書の様式を揃えれば、独自の項目を足して別の書類にする」


「魔族って、自由だな」


「組織としては全くよくない」


魔王はため息をついた。


その横顔を見ながら、勇者は少し安心していた。


魔族側組織で異例の昇進を続けた男なのだから、自分とは違うやり方で、もっと器用に仕事を片づけているのだと思っていた。


実際には、抱えている問題の名前が違うだけだった。


「でも、任せるしかないだろ」


勇者が言うと、魔王はうなずいた。


「自分で全部回れる範囲じゃないからな」


「分かってるんだけどさ」


「任せると心配か」


「心配」


「任せないと育たない」


「それも分かってる」


「失敗すると、お前が上へ説明する」


「それなんだよ」


二人の声が重なり、前の座席にいた乗客がわずかに振り返った。


勇者と魔王は、そろって声を落とした。


「結局、自分でやった方が早いんだよな」


勇者が言った。


「短期的にはな」


「でも、それを続けると次も自分でやることになる」


「分かってる」


「分かってるけど、締切がある」


「分かる」


今度は魔王の返事が早かった。


窓の外では、山道がさらに高い場所へ続いていた。


遠くから見れば、バスは順調に坂を上っている。


だが車内では、曲がるたびに身体が左右へ揺れ、前を走る車があれば速度も落ちる。


組織を動かすことも、似たようなものかもしれない。


目的地と予定だけを見ている上層部には、現場が曲がりくねっていることまでは伝わらない。


勇者はそこまで考えて、首を振った。


休暇初日から、何を真面目に考えているのだろう。


「やめよう」


「何を」


「仕事の話」


魔王がPCを持ったまま言った。


「始めたのはお前だぞ」


「近況を聞いただけだよ。まさか人員構成の話になると思わないじゃん」


勇者は黙った。


「今の、機密?」


「担当地区も職種も言ってないから、たぶん大丈夫」


「たぶんで情報管理するな」


「元同級生に管理職として注意されると腹立つな」


勇者は魔王の手元を見た。


「今の話、記録してないよな」


「人類側組織における人材構成上の課題」


「消せ」


「冗談だ」


魔王の画面には、道路の状況と時刻しか表示されていなかった。


学生時代には、もっと分かりやすく笑う男だった。


今は表情を変えずに冗談を言う。


そこだけは少し変わったらしい。


バスの前方で、次の停留所を知らせる案内が流れた。


車内の空気がわずかに動く。眠っていた人が目を開け、観光客たちが荷物を確かめ始めた。


窓の外に建物が増えていく。


道沿いには旅館や土産物店の看板が現れ、その向こうには、山の斜面に沿うように温泉街が広がっていた。


魔王はPCを閉じた。


バスが草津温泉の停留所へ入る。


扉が開く前から、乗客たちは立ち上がり始めた。二人も荷物を持ち、列の最後へ加わる。


外へ出ると、冷えた山の空気の中に、温泉地特有の匂いが混じっていた。


勇者は大きく息を吸った。


「草津だな」


「草津だ」


十年以上前、学生だった二人が何気なく決めた場所。


何度も先送りにし、互いに勇者と魔王になるまで果たせなかった約束の場所へ、ようやく着いた。


魔王が仕事鞄からPCを出す。


「現地到着時刻を――」


「それ、宿に着いてからにしない?」


勇者が言うと、魔王は一度だけ温泉街を見渡した。


それからPCを鞄へ戻す。


「先に、何か食うか」


「賛成」


二人は宿へ向かう道ではなく、湯けむりの上がる温泉街の方へ歩き始めた。


十年以上越しの温泉旅行が、ようやく始まった。


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