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勇者と魔王、温泉に行く。  作者: 芳Hacca
第四話 勇者と魔王、合流。
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第十二話 勇者と魔王 夏のスキー場で遊ぶ

バスを降りると、目の前に斜面が大きく広がっていた。


雪のないスキー場は、勇者が思い描いていた場所よりもずっと明るかった。草の広がる斜面の向こうに山が重なり、山の上へ続くゴンドラが見える。


風が吹くと、上着の襟元から少し冷たい空気が入った。


勇者は肩をすくめ、近くの案内板へ向かった。


魔王も隣へ並ぶ。


「いろいろあるな」


「何も調べずに来たからな」


「お前もだろ」


案内板には、山を滑り降りるカートや、空中を滑走するジップラインの写真が並んでいた。


勇者はカートの写真を指した。


「これ、面白そうじゃん」


「朝飯を食ったばかりだろ」


「もうだいぶ前だろ」


魔王は答えず、別の写真へ目を移した。


「先に景色を見るか」


「上まで行って?」


「ああ」


「そのあと、また下りて来てこれに乗るの?」


「そうなるな」


「じゃあ、先にこっちでよくない?」


最初の写真へ戻った。


勇者は案内板の端まで目を通し、もう一度カートを見る。隣でも魔王が、先ほどと同じ説明を読み直していた。


後ろから来た家族連れが案内を見て、あっという間に歩いていく。


その次の二人組もいなくなった。


「お前、どれがいい?」


「お前がやりたいものでいい」


「それ、決まらない時の返事だぞ」


「では景色だ」


「さっきも聞いた」


「まだ決まんないの?」


横から声がした。


勇者が振り向くと、二人の女性が立っていた。


声をかけてきた方は、明るい色の髪を後ろで束ねている。もう一人は、黒い髪の間から小さな角をのぞかせていた。どちらも自分たちとそう変わらない年頃に見える。


「さっきから、同じとこ指してない?」


明るい髪の女性が、勇者の指先を見て笑った。


勇者は案内板から手を離した。


「まあ、今決めてるところで」


「うん。それ、さっきも聞こえた」


隣で魔王が咳払いをした。


「決められないんだったらさ、これ行こうよ。うちらも乗るから」


「四人の方が絶対楽しいって」


明るい髪の女性はもう、受付の方へ身体を向けていた。


勇者は魔王を見た。


魔王も勇者を見た。


「どうする?」


「お前がやりたかったやつだろ」


「お前も、嫌なわけじゃないよな」


「別に嫌とは言っていない」


「じゃ、決まり」


明るい髪の女性の声で、相談が終わった。


勇者はもう一度カートの写真を見た。


さっきから、これが気になっていた。


なら、乗ればよかったのだ。


「行くか」


「ああ」


二人が歩き出すと、黒髪の女性が笑った。


「やっと動いたね」


「そんなに止まってました?」


「うちら、一回前通ったよ」


どれくらい案内板の前にいたのかは、確認しないことにした。


受付を済ませ、係の人の説明を聞く。


勇者はヘルメットをかぶり、顎の下を確かめた。隣では魔王が、借りたものを一つずつ丁寧に整えている。


明るい髪の女性は先に準備を終え、カートを見下ろしていた。


「これ、乗っただけで楽しいやつじゃん」


「まだ動いてないだろ」


魔王が言うと、明るい髪の女性は顔を上げた。


「動く前から楽しめた方がお得じゃない?」


「……それはそうだな」


「納得するんだ」


勇者が笑う。


魔王は何も言わず、カートへ腰を下ろした。


座ると、思っていたより地面が近かった。


勇者も座り、説明された操作を確かめる。低い位置から見上げた斜面は、案内板の写真よりも広く感じられた。


先に出た明るい髪の女性の声が、風に乗って聞こえてくる。


「やば、これ楽しい!」


黒髪の女性が続く。


魔王の番になり、その背中がゆっくり遠ざかった。


勇者も合図に従って滑り出す。


最初は慎重だった。


手に伝わる振動を確かめながら、曲がる手前で速度を落とす。風が頬を撫で、足元の地面が次々に後ろへ流れていった。


二つ目の曲がり角を抜ける頃には、口元が緩んでいた。


前方に魔王がいる。


少し離れたところで、やけにきっちり速度を落としていた。


勇者は笑った。


あいつらしい。


そう思った途端、前との差が気になり始めた。


追いつく必要などない。


競走でもない。


それでも、曲がり角を抜けた先で魔王の背中を探してしまう。


魔王もこちらの位置に気づいたらしく、一度だけ顔を向けた。


その口元が上がっているのが見えた。


勇者も笑い返し、前へ視線を戻した。


結局、順番は変わらなかった。


滑り終えてカートから立ち上がると、魔王はヘルメットを外しながら言った。


「追いつけなかったな」


「お前が先に出たからだろ」


「結果は結果だ」


「それ言うなら、俺たち二人ともあの二人に負けてるぞ」


先に待っていた明るい髪の女性が、両手を上げた。


「じゃ、うちら優勝」


「はい、お疲れー」


黒髪の女性も片手を上げる。


魔王はそちらを見て、何か言いかけた。


勇者が先に笑うと、魔王も諦めたように息を吐いた。


「競走ではない」


「今それ言う?」


勇者はヘルメットを返し、乱れた髪を手で押さえた。


頬が少し熱い。


朝、布団から出たくなかった時の重さは、もう残っていなかった。


「次、あれね」


明るい髪の女性が山の上を指したのはジップラインだった。


さきほど案内板で見た、空中を滑り降りる乗り物だった。


魔王の手が、髪を整えている途中で止まった。


「次も一緒にやるのか?」


「まだ一個目じゃん」


「休憩という選択肢もある」


「ゴンドラで座れるよ」


黒髪の女性が答えると、魔王は山の上を見た。


勇者も見上げる。


ずいぶん高いところから滑るらしい。


「せっかくだし、行ってみる?」


魔王はすぐに返事をしなかった。


それから、上着の裾を直した。


「まあ、行くだけならな」


ゴンドラへ乗り込むと、四人分の声が急に近くなった。


勇者の向かいに二人の女性が座る。隣へ腰を下ろした魔王は、背中をまっすぐにしたまま膝へ手を置いた。


足元がゆっくり離れていく。


勇者は窓へ顔を向けた。


先ほどいた場所が小さくなり、その向こうから温泉街の建物が見え始めた。


「おお」


思わず声が出た。


「さっき、あの辺にいたんだな」


「そうだな」


魔王の返事は短かった。


顔は窓へ向いているが、視線はずっと遠くの山に固定されている。


「下、見てみろよ」


「ちゃんと見えている」


「お前、ずっと遠くしか見てないだろ」


その時、向かいの黒髪の女性が勇者を指した。


「そういえば、二人の名前は?」


勇者は窓から顔を戻した。


まだ名乗っていなかった。


あれだけ一緒に笑っていたのに、言われるまで気づかなかった。


「私はミサキ、こっちはナナ」


黒髪の女性が自分と、もう一人の女性を指さしながら言った。


「俺は……勇者」


普段なら、それで通じる。


口に出してから、ここでは違うと気づいた。


ナナが少しだけ眉を上げた。


「それ名前?」


「今は、そう呼ばれてる」


「じゃあ、ユウちゃんね」


その隣で、ミサキが魔王へ顔を向ける。


「そっちは?」


「魔王だ」


「じゃ、まー君」


魔王の視線が、ようやく山から外れた。


「なぜ俺だけ原形が残っていない」


「ま、残ってるよ」


「一文字だろ」


「ユウちゃんも二文字じゃん」


ナナが横から言い、勇者は吹き出した。


魔王はこちらを見た。


「何だ」


「いや、意外とまー君っぽいなと思って」


「お前はユウちゃんでいいのか?」


「まあ、いいんじゃないか」


口にしてみると、おかしさが増した。


ミサキも笑っている。


誰も所属を尋ねず、それが本当の名前なのか、役職なのかとも聞かなかった。


その間にも、ゴンドラは上っていく。


建物の屋根が重なり、道が細く見えた。


ナナが窓の外を指す。


「ユウちゃん、あれ湯畑の方じゃない?」


「どれ?」


勇者は身を乗り出しかけた。


隣で魔王が、膝に置いた手へ力を入れる。


「急に動くな」


「そんなに動いてないだろ」


「座っていても見える」


勇者は腰を戻した。


魔王の背中は、乗り込んだ時よりもまっすぐだった。


山頂へ着くと、冷たい風が顔を撫でた。


四人は景色の開けたところへ歩いた。


草津の街が、山の間に収まっている。昨日は建物と湯煙の間を歩いていたのに、今はその全体を遠くから眺めていた。


勇者は足を止めた。


「いいな、ここ」


ナナは端末を取り出し、景色へ向けている。


ミサキは隣から画面をのぞき込み、もう少し右、と言った。


魔王だけが、一歩後ろにいた。


「そっちから見える?」


勇者が聞くと、魔王はうなずいた。


「十分だ」


「もう少し前に来ればいいのに」


「遠くを見るのに、数歩近づく必要はない」


理屈としては正しかった。


足元へ目を落とそうとしないことを除けば。


勇者は魔王の顔を見た。


「お前、もしかして」


「行くぞ」


魔王は先に歩き出した。


向かった先には、ジップラインの案内があった。


その前で立ち止まり、今度は注意事項を読み始める。


勇者は追いつき、隣から同じ案内へ目を向けた。


上から下へ伸びる線をたどる。


途中には、足を置く場所がない。


さっきまで地面に座って滑っていたのとは、ずいぶん違う。


勇者の足が止まった。


「……ここからか」


「今さら気づいたのか」


魔王がこちらを見た。


その返事だけは、普段どおり早かった。


後ろからナナたちが来る。


「ユウちゃん、固まってんじゃん」


「高さを見てただけ」


「まー君と同じこと言ってる」


ミサキに言われ、勇者は魔王を見た。


魔王はまた注意事項へ顔を戻していた。


受付を済ませ、係の人の説明を聞く。


装具を着けてもらう間、勇者は何度か先の景色を見た。


風の音が、ここでは少し大きく聞こえた。


説明が終わると、ナナが魔王へ言った。


「じゃ、一番手はまー君ね」


「なぜ俺が先なんだ」


「さっきから説明ばっか読んでるから」


ミサキが答える。


「一番分かってるでしょ」


「安全確認だ」


「怖い人ほど説明めっちゃ読むよね」


ナナの一言に、魔王は即答した。


「違う」


「じゃ、先いけるじゃん」


魔王が黙った。


勇者は口元を押さえた。


笑うと、自分へ順番が回ってくる気がした。


魔王は勇者を見た。


勇者は視線を外した。


「……分かった」


係の人に呼ばれ、魔王が前へ進む。


あれだけ説明を読んでいたのに、準備が始まると急に口数が減った。


係の人の問いかけへ、短く返事をする。


一度うなずく。


また黙る。


ナナが手を振った。


「まー君、下で待っててね」


魔王は振り返らなかった。


勇者から見える横顔は、妙に真剣だった。


やがて、その身体が滑り出した。


一瞬、声がなかった。


魔王が前へ遠ざかる。


その後ろから、低い声が遅れて響いた。


「おおおおおっ!」


ナナが吹き出した。


ミサキは口を開けて笑っている。


勇者もつられた。


魔王の声は風の音に混じり、だんだん小さくなっていった。


「めっちゃ声出た」


ナナが言う。


「まー君、今日一番元気じゃん」


「朝からあいつは元気でしたよ」


勇者が答えると、ミサキが出発地点を指した。


「じゃあ次、ユウちゃんね」


次は勇者だった。


笑っていた口が閉じる。


魔王はもう、下にいる。


順番を代わってくれと言える相手は、誰も残っていなかった。


係の人に従って準備を整え、前を見る。


遠い。


足元を見ないようにすると、かえって高さが分かる。


それでも、さきほど魔王が滑っていった先は気になった。


あいつは今、どんな顔で待っているのだろう。


滑り出した瞬間、腹のあたりが軽くなった。


「うおっ」


声が出る。


風が顔へ当たり、上着が音を立てた。


勇者は前を見た。


さっきまで眺めていた山が、左右へ広がっている。


地面に足がついていない。


その感覚に慣れるより早く、景色が近づいてくる。


怖いと思う暇はあった。


だが、その次には、もう笑っていた。


下で装具を外してもらい、待っていた魔王のところへ行く。


魔王は腕を組んでいた。


「声が出ていたな」


「お前ほどじゃない」


「距離があるから聞こえ方が違う」


「お前の声、ずっと聞こえてたぞ」


魔王は返事をせず、上を見た。


勇者も隣へ並ぶ。


ナナが滑り降りてくる。


楽しそうな声が、近づくにつれてはっきりした。


そのあとにミサキも続き、四人が揃う頃には、勇者の頬が笑いすぎて痛くなっていた。


ナナは装具を返すと、真っ先に魔王のところへ来た。


「まー君、どうだった?」


「問題なかった」


「楽しかったか聞いてんの」


魔王は少し間を置いた。


「……景色はよかった」


ミサキが横から顔を出す。


「ちゃんと見てた?」


「見ていた」


「目、開いてた?」


「開いていた」


勇者は笑い、魔王に睨まれた。


「お前も似たようなものだっただろ」


「俺は楽しかったって言えるよ」


「俺も楽しくなかったとは言っていない」


「じゃあ、楽しかったんじゃん」


ナナが満足そうにうなずいた。


魔王は一度だけ口を開き、それから閉じた。


風が吹いた。


さっきまでより、地面がずっと頼もしく感じられた。


センターハウスへ戻ると、勇者はようやく腹が減っていることに気づいた。


四人で軽い昼食を買い、空いていた席へ座る。


上着を脱いで背もたれへかけると、身体に残っていた熱が抜けていった。


勇者は飲み物を一口飲んだ。


「うまい」


「さっきまで朝飯が残っていたんじゃないのか」


魔王が向かいから言った。


「それ、お前が言っただけだろ」


ナナが包みを開けながら笑う。


「二人って、ずっとそんな感じ?」


「そんな感じって?」


「何言っても、絶対どっちか返すじゃん」


勇者は魔王を見た。


魔王は食べ物を口へ運んでいる。


「大学から、まあ、こんな感じです」


「長っ。じゃあ今日だけじゃないんだ」


ミサキが納得したように言った。


「カートのあとも、ずっと勝った負けたって」


「あれはこいつが」


勇者と魔王が同時に相手を指した。


ナナが笑いすぎて、食べようとしていた手を止めた。


「ほら、それ」


勇者もつられて笑った。


言い直すほどのことではなかった。


食べ始めると、しばらく会話が減った。


窓の向こうには、先ほど滑り降りた斜面が見える。


あんなところにいたのかと思うと、もう一度笑いそうになった。


「まー君さ」


ミサキが飲み物を置いた。


「飛ぶ直前、返事だけになってたよね」


魔王の手が止まる。


「安全装置を確認していただけだ」


「ユウちゃん、隣で笑いこらえてたよ」


「見えてました?」


勇者が聞くと、ナナが即座にうなずいた。


「めっちゃ見えてた」


「こいつは昔からそうだ」


魔王が言った。


「人の番なら余裕がある」


「お前も下で待ってる時、すごい顔してたぞ」


「普通の顔だ」


「俺が降りてきた瞬間だけ、元気になってた」


今度はミサキが笑った。


勇者も飲み物を置く。


案内板の前で声をかけられた時は、何を話せばいいのか少し迷った。


今は、話の順番が来るのを待つ方が難しかった。


食べ終えても、すぐには立たなかった。


魔王が窓の向こうを眺め、ナナが今日撮った景色を端末で見せる。ミサキが指で画面を送りすぎ、今の写真に戻して、と言われていた。


勇者は背もたれへ身体を預けた。


脚に少し疲れがある。


今夜の風呂は、昨日とは違う気持ちよさがありそうだった。


休憩を終え、四人で帰りのバスへ向かった。


バスに乗ると、行きと同じように魔王が隣へ座った。今度は通路を挟んだ席に、ナナとミサキがいる。


車内が落ち着いてから、ナナがこちらへ顔を向けた。


「二人、どこ泊まってんの?」


勇者が旅館の名前を告げると、ナナは目を丸くした。


「え、うちらも」


「今夜?」


「そう。マジで一緒じゃん」


隣からミサキが身を寄せた。


「じゃあ夕飯も一緒にしよ」


魔王がこちらを向いた。


「まだ宿に確認していないだろ」


「まー君、細かい」


「必要な確認だ」


「じゃ、着いたら聞こうよ。四人で食べられますかって」


ナナは、それで解決したように座り直した。


勇者は魔王へ小声で言った。


「断っても一緒になりそうだな」


「断る理由もないが」


「楽しかったしな」


魔王はうなずいた。


バスが曲がり、窓の外を木々が流れる。


行きには、向こうで何をするかさえ決まっていなかった。


帰りには、夕食を一緒に食べたい相手が二人増えている。


勇者は座席へ深く座り、上着の裾を直した。


眠るほどではないが、このまま揺られていてもよかった。


温泉街へ戻ると、四人は連れ立って旅館へ向かった。


先を歩くナナが、今日のカートの話をまた始める。


ミサキが笑い、勇者も返事をした。


宿の前まで来たところで、魔王が入口へ目を向ける。


「先に、夕食の席を確認するか」


「お願い、まー君」


ナナに言われ、魔王は当たり前のようにうなずいた。


勇者と目が合ってから、その顔が少し険しくなる。


「何だ」


「いや。もう普通に返事するんだなと思って」


「ユウちゃんもね」


ミサキの声が後ろから飛んできた。


勇者は何も言い返せなかった。


四人分の笑い声を連れて、二人は宿へ戻った。

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