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【なろう版】元公務員、現魔王の妹  作者: へのへのもへじ
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第16話

「はい…?」



 質問の意図がわからなくてぽかんと口を開けると、お兄様の滑らかな眉間にくっと皺が寄った。


 ――ヒッ!


 短く息を飲む。反射的に仰け反った瞬間、椅子の角に後頭部を勢いよく打ち付けて、間抜けな音が高らかに鳴った。おかげで椅子には背もたれがあるという事を思い出した私は、少しだけ涙目になった。



「まだか、と聞いたのだ。私は1世紀や2世紀待っていられるほど暇でも、底抜けなお人好しでもない。やるならやるで早くしろ。今日は特別に私が相手をしてやる」

「な、なんの事でしょう、か……?」


 大儀そうに足を組みかえたお兄様は、髪を結えていた紐を解いた。絹のような光沢を放つ黒髪が、黒い長衣の上を滑る。


 本当にお兄様の言っている事がわからなくて首をかしげると、お兄様の顔がますます険しくなった。地雷を踏んだらしい。赤紫色の瞳に剣呑な光が宿る。


「下手な小芝居はいらん」


 鋭い目に射抜かれて、私の体に緊張が走った。


 テーブルランプの灯りが、それに呼応するように大きく点滅した。風もないのにシャンデリアが小刻みに動いて、ギッギッと不吉な音を立てた。部屋の温度が急激に下がった気がして、私は自分の体をギュッと抱きしめる。それが気のせいではないとでもいうような、冷ややかな目をしたお兄様はゆっくりと口を開いた。



「――私を殺しに来たのだろうが」



「……」

「……」

「………」

「………」

「…………………えっ?」



 一瞬私の耳が故障したのかと思った。ころす?ころすってなんだっけ?と頭の中の辞書をめくるが、“殺す”しか出てこない。それならば、からかっているのかと思い顔色を窺うが、お兄様にそんな楽しい雰囲気のかけらもない。むしろその反対で、迂闊に触れれば切られそうな空気を纏っている。


「あ、あの……?」


 真意が読めなくてますます首をかしげる私に、お兄様は淡々と言葉を続けた。


「影の者から、お前が中枢区域に不法侵入をしたとの報告があった。その場で影に始末させてもよかったのだが――」

「始末!?」

「ひとまずは正面から馬鹿正直に侵入した、その勇気だけは買ってやろうと思ってな」


 お兄様の口の端がわずかに歪む。どうやら笑っているらしい。私はゴクリと唾を飲んだ。


「…つまり、その、“お兄様の命を狙って不法侵入をした”私を、お兄様自らの手で始末するためにここに連れて来た、と……?」

「そうだ」

「うそーん」


 私がお兄様の執務室へ連れてこられた訳が、ようやく明らかになった。とんでもない爆弾の投下と共に。



 ――じゃ、じゃあ、下手すりゃいまごろ私の命はすでになかったって事…!?


 なんて、怖くてとてもじゃないが聞けない。多分お兄様なら即答するだろうけど。



 危うく“好奇心は猫をも殺す”の事例のひとつになりかけていたらしい。いや、危うくどころかその危機は未だに脱出できていない訳なんだけど。


 私は今更ながら、体中から血の気が引いていくのを感じた。私は信じられないという顔つきでお兄様を見つめる。するとお兄様もその反応は想定していなかったようで、わずかに戸惑いの色を浮かべた。


 ――そこで戸惑うんだ…。いや、別にいいんだけどさ……普通逆でしょうが…。


 複雑な感情に見舞われた私は、背もたれに体を投げ出した。



 前世の私からしたらお兄様は赤の他人だし、攻略攻略って言っているのも自分の利益のためなんだけれども。でも、ブルーナがお兄様を救いたいと思った気持ちが、少しだけわかった。この人、色々と重症だわ…。


 詰めていた息を全て吐き出すと、やっと現実を実感できた気がした。




 要するに冗談抜きでお兄様は、自分以外は全て敵に見えているらしい。しかもそれが長年忠実に仕えた家臣であろうと、初対面の肉親であろうとお兄様にとっては剣を振りかざし、首を狙う暗殺者と変わりがないというのだ。信頼という言葉を忘却の彼方へ置き忘れた上に、懐疑心の温床になっているかのような思考回路である。


 私は、なんとなく自分が登ろうとしている山の険しさが見えた気がした。


 なんだか色々神経を張り詰めさせていた自分が馬鹿らしくなって、私はやつれた表情のまま手で顔を覆う。お兄様のとは違い、くしゃくしゃに絡まったままの髪が頬をくすぐったが、それを払いのける気力も湧かない。



 そりゃあ多少の下心があってお兄様に近づいた事は認めるけど、それを抜きにしてもお兄様の発言はあんまりじゃないか。どれだけ私を見くびれば気が済むんだ。なんか段々腹が立ってきた。


「初めまして、こんにちは」とにこやかに挨拶する人に向かって、「やだぁ、私の命を取りに来たんですかぁ~?んもぉ~私だって忙しいんだからね~!今日は私が直々に相手してあげるから~ありがたく思って手短に終わらせてよぉ~まったくもぉ~」と言っているのと同じじゃないか。あまつさえ上から目線で“その勇気だけは買ってやる”だと?


 ――冗談じゃない!!売った覚えのないものを買われてたまるか!



「…お兄様」

「なんだ」

「私が好んで人殺しを進んでやるような顔に見えます?」

「は?」

「そんな血気盛んに見えます?目とか血走ってますかね?」

「…なにが言いたい」



 手を下ろして顔を上げると、目を細めるお兄様が視界に映る。私が臨戦態勢に入ったと見たのか、それと同時にいままで大人しくしていたお兄様の魔力が一気に増幅して、私の体に巻き付くのがわかった。


 しかしそれよりも先に、私の体からバチバチと青い火花を散らして放出された魔力が、お兄様の魔力を弾き返していく。お兄様が少し驚いたように目を開いたが、最高にむかむかしていた私にはそんな事などどうでもよかった。下におろした手をきつく握りしめる。先の丸い爪が柔肌に食い込んで、じんわりとした痛みが広がる。



 後から思い返しても、相当命知らずであったと背筋が冷えるのだが、どうもこの時私は怒りの余り変なスイッチが入っていたようだ。恨めし気にお兄様を見上げた私は


「こんな、可愛くて、か弱くて、小さくて、魔獣1匹殺すのも躊躇うような儚げな美少女が!極悪非道で、冷酷で、顔だけはいいけど血も涙もないような実の兄を!!殺せると思うかっ!!!!お兄のアホ――――――!!!!!!!」



 私が叫ぶのと同時に、突風が吹き荒れて窓のガラスというガラスが吹き飛んだ。けたたましい音がなって、部屋全体が揺れる。むろん、執務机の上に置いてあったものというものは、塵芥のごとく吹き飛ばされて空中を舞った。


「―――!」

「お兄様…、被害妄想も大概にしてくださいよ。そりゃあなたから見れば私なんて地中で寛ぐ蟻ンこ並にどうでもいいでしょうし、確かに許可なく建物内に侵入をした怪しい女でしょうけど、よーく思い出してください。私とあなたに、血縁関係以外の接点ってありますか?そもそも私とお兄様が直接会って話をしたのは、いまを含めてたったの2回なんですよ?に!か!い!しかも最初の謁見だってまともに会話を交わした覚えもないし、会話以外の交流を持った覚えもありません。いわばほぼ初対面と言ってもいいでしょう。そんな中で、お兄様を殺したくなるほど恨めると思います??」


 風通しのよくなった窓を一瞥し、部屋の惨状を確認したお兄様は口を開くが、それを遮るように私は言った。


「もしお兄様が私の家族とか友人とか恋人を殺したってんならわかりますけど、普通はあり得ないでしょーが!!」


 私はほとんど息継ぎなしで言い切った後、肩で荒い呼吸を繰り返した。


 一陣の風が2人の間を吹き抜ける。これでわかっただろう、と睨みつけるがお兄様の口から零れた言葉は「それがどうした」であった。


「…誰かを殺すのに恨みは必要ない。ただ誰よりも上に立ちたい、と渇望さえすればな」

「他人から奪ってまで欲しいものなどありません。それにお兄様は私のお兄様です」

「くだらん理屈をこねるな。血は繋がっているからなんだというのだ。血の制約?あんな不完全なものが信用できるとでも?確かに魔王の兄弟は魔王を裏切れないが、それはあくまで本人同士の制約に過ぎん。他の者に手を下させればいいだけの話だ」


 ――こっ…この…分からず屋め……!


 どうしてもこの人は私を暗殺者に仕立て上げたいらしい。



「…わかりました」


 短い沈黙の末、私は長い溜息を吐き出した。


「そこまで言うのなら、私がわからせるまでです。それではごきげんよう、魔王陛下」



 椅子から飛び降りて言い切ると、私は答えも聞かずに部屋を出た。これが私からの宣戦布告であった。





 お兄様と対立して殺されなかったのは、後にも先にも私だけだったと言う。……勢いって怖いよね。










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