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体育祭〈ルート共通イベント?〉⑩


 恵比家が飯母田の広告塔だとか、黄清による恵比家の実権掌握だとか、おそらくあまり聞かない方が良さそうな話だ。加えて、亘矢と話す際の黄清の態度は先ほどまでの貴公子然としたものからかけ離れ、不敵な笑みを浮かべる自信家へとクラスチェンジしている。亘矢も最初から風紀委員長モードを外しており、要するに特別寮の彼らのことを〝素の状態で接しても問題ない相手〟と信頼していると読み取れた。


(まぁ、白雪さんや大天くんへの接し方を見て、八割方そういうことだろうなと思ったからこそ、私も取り繕わなかったわけだが)


 この宝来学園で、亘矢が〝亘矢〟として接している相手は、基本的に信頼できる。昨年入学し、当時二年生だった亘矢が同学年の橙雅、紫貴相手に砕けた物言いをしているところを垣間見てから、後輩として節度こそ保ってはいたが、つむぎは特別寮の先輩二人を信の置ける人と認識し、そう接してきた。見た限り、亘矢は特別寮の七人――白雪を含めれば八人に対しては、風紀委員長の皮を被ることなく、ありのままの姿を見せているようだ。


(二、三年の四人はともかく、今年入学した三人の特別寮生とは、そこまで深く接する時間はなかったはずだが……まぁ、亘矢は沙門先輩や布袋先輩と仲が良いし、彼ら繋がりで個人的に親交があってもおかしくはないのだろう。今期の特別寮生は、本当に関係性が良好なようだから)


 事情はどうあれ、亘矢が彼らを信頼しているのは間違いない。ならば、つむぎはそれだけを理解して動けば良いだけの話である。


「――コウ。脚立の準備は間に合いそうか?」


 黄清との会話にオチをつけた彼へパスを投げると、彼はすぐにこちらを向いて頷いてくれる。


「なんとかな。幸い、っつー言い方もアレだが、脚立はバッキバキに折られてたけど、飾りは結構流用できそうな雰囲気だったから。人手も集まったし、どうにか」

「それなら良かった。――特別寮の皆様には、また改めてお礼させてください」

「あぁ……いや、どっちかっつーと、飯母田はお礼を言われる方じゃねぇ? 話はざっと聞いたが、飯母田こそ、閉じ込められてた白雪を発見して〝風紀委員長〟へ繋いだ、一番の功労者だろ」

「確かにね~」

「間違いないな!」

「俺たちこそ、同じ寮生として、飯母田先輩にお礼を言わなきゃいけない立場ですね!」


 紫貴の言葉に賛同する寮生たちは、こんな事態にも拘らず、どこまでも楽しそうだ。白雪が、つむぎと会うたびに特別寮の彼らについて話すのも頷けるほど、彼らは白雪にとって良い友人であり、寮仲間なのだろう。

 朗らかな彼らに、つむぎもまた、〝接客用〟とはまた違う、つむぎ本来の笑みを浮かべて。


「――では、今日の〝打ち上げ〟については、また後日ということで」

「……っ、はい!!」


 いいお返事を返してくれた白雪と、言葉なく頷いてくれた特別寮生たち、そして亘矢に見送られ、つむぎはクーラーボックスを持ち直し、再び急いで休憩スペースへ舞い戻る。


「――あっ、飯母田先輩!」

「ナイスタイミング! 今ちょうど、菓子が全ハケしたところだ!」

「対応ありがとうございます、沙門先輩、寿くん。最終追加分、持ってきました!」

「うっし、並べるぞ!!」


 休憩スペースではちょうど、借り物競走を終えた選手たちが和菓子を取り終えた頃、だったらしい。手招きする橙雅と翠斗の横では、競技を終えてひとまず休憩スペースを訪れたらしい深藍の姿もある。


「あっちもこっちも、忙しそうだねぇ~」

「分かってんなら、お前もとっとと〝あっち〟を手伝いに行け。何気にお前の芸術センスが求められてるぞ」

「求められるほど大層なモノでもないけどぉ。――飯母田さん、なんか巻き込んじゃったみたいでゴメンね?」


 軽く小首を傾げて謝罪してくる深藍は、常と変わらぬ安定の緩さだ。顔の造形だけならどことなく色っぽく、実際舞台の上で音楽を奏でる際は色気と凄みを振り撒いているのに、生来のド天然さと性格の緩さがそれらを薙ぎ倒していくのが、弁財深藍のスタイルである。

 品物を並べる手は止めずに、つむぎは軽く首を横に振った。


「白雪さんは、私にとっても可愛い後輩だ。巻き込まれたとは思ってないよ。弁財くんこそ、たまに参加した行事でこんなことになるとは、なかなかに波瀾万丈だな」

「ん~。波瀾万丈なのは今更だし、それは全然良いんだけど。……〝こんなこと〟しでかしたヤツには、ちょっと物申したいかも。白雪も、俺たちも、そう多くを望んじゃいないのにさ」

「……珍しいな。弁財くんが怒るところ、初めて見たぞ」

「あ~……深藍は、なぁ」

「今回の件は、深藍の地雷をピンポイントでぶち抜いてるというか……」


 つむぎと同じように和菓子を並べてくれていた橙雅と翠斗が苦笑い、二人で視線を交わしてから、橙雅が深藍の頭にぽんと手を置く。


「気持ちは分かるけど、〝それ〟を考えるのは後だ、深藍。今はまず、体育祭を滞りなく終えることを第一に、な。それが結果的に、白雪のためにもなる」

「……そーだね。ごめん、橙雅、翠斗」

「謝るな。気持ちはみんな一緒だ。落とし前はつけようぜ、いずれ絶対」

「うん」


 大きく頷き、深藍は再びゆるっとした、いつもの笑みを浮かべて。


「驚かせちゃってごめんね、飯母田さん。俺もみんなを手伝ってくるよ」

「あ、あぁ。よろしく頼む、弁財くん」

「……ふふっ。飯母田さんから白雪のこと頼まれるの、ちょっと嬉しいかも」


 何が彼の琴線に触れたのかは不明だが、深藍はにこにこ笑ってそう言い残し、弾むような足取りで休憩スペースを出て行った。あの分なら、件の倉庫前まで寄り道せず向かってくれるだろう。


「あ、そうだ、沙門先輩。落ち着いた頃合いで、倉庫前の皆へ水分のデリバリーをお願いできますか? 先ほど帰り際に、和菓子は渡してきたので」

「熱中症対策か。確かに必要だな。紫貴と亘矢がいるから無茶はさせないだろうけど、夢中になると自己管理できない奴もチラホラいるし」

「……同学年の二人がお世話になってます」

「いいっていいって。――これ並べ終わったら行ってくるわ」

「よろしくー、橙雅」


 そんな和気藹々した空気のまま、休憩スペースでの業務は滞りなく進み――、




 そして。


《いよいよ、体育祭の最終競技。有志生徒による、組み立て演舞です!!》

《生徒の衣装と、華やかに装飾された大脚立にもご注目! どうぞお楽しみください!》


 アナウンスが終わると同時に、少し前に流行した軽やかなポップス曲が吹奏楽部の生演奏で奏でられる。そのメロディーに合わせ、気合の入った衣装で有志生徒たちが一糸乱れぬ動きで入場してきて。

 彼らの中心にあり、大柄な男子生徒たちが数名がかりで担いでいる〝大脚立〟こそ――!


「間に合った、ようだな」

「やったな、飯母田!」

「飯母田先輩のおかげです!!」


 まるで花畑の如く、若草色の蔓と種類も色もさまざまな花々で彩られた大脚立は、数十分前までただの無骨な脚立だったとは信じられないほど、見事に〝組み立て演舞の大道具〟と化していた。橙雅と翠斗はつむぎを労ってくれたけれど、今回、つむぎはひたすら和菓子を運び続けていただけで、特に何もしていない。全ては白雪と、白雪の友人である特別寮生(かれら)、加えて亘矢の功績であろう。


「……〝壊れた方〟は、特別寮へ運び込んだ。白雪の居ないところで俺らが壊したことにしとくから、何がどうなっても、責任がアイツへ行くことはない。白雪を嵌めようとした輩の思惑は、これで完全に潰せるだろ」


 組み立て演舞の音楽に紛れるように、隣にいた橙雅がそっと囁いてくる。まさかそこまでフォローしてくれるとは思わず、驚きのままに彼を見上げると、高身長の彼はどこか面映そうにつむぎを見下ろしていた。


「俺たちにとっても、白雪は大事な〝末っ子〟だ。護るためならできる限りのことはするさ」

「しかし……寮の備品を壊したとなると、お咎めなしとはいかないでしょう」

「飯母田は変なところで庶民的だな? ここは天下の宝来学園で、俺たちはそこの特別寮生だぞ。脚立壊した程度じゃ、怒られすらしない。怪我がなかったか確認されて終わりだろうな」

「うわぁ……」

「そこで引くか?」

「仰るとおり、根は庶民なもので」


 橙雅と交わす何でもない平和な雑談こそ、体育祭を〝何事もなく〟乗り切れた、紛れもない証。

 持ち込んだ和菓子は〝完売〟し、ショップカードも残り少なくなり、大事な後輩も笑顔で終われる――間は色々あったけれど、最終着地点は〝終わり良ければ全て良し〟な、つむぎにとって言うことなしの、体育祭となった。


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