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体育祭〈ルート共通イベント?〉⑨


 翠斗と個人的に話したのは、白雪の特別寮への引っ越しを手伝ったあの夜のみだが、どうやら彼は(おそらく白雪を通して)つむぎに一定の親しみを覚えてくれているようだ。つむぎとしても、わざわざ向こうから言ってくれているのに、それを押してまで口調にこだわるつもりはない。


「ありがとう、寿くん。そう言ってくれるなら遠慮なく、普通に話すことにするよ」

「はい、飯母田先輩」


 にっこり笑って頷く翠斗からは、どことなく嬉しそうな、ふわふわした気配が漂っていた。入寮式の壇上挨拶時で見た、随分と強張った表情とは似ても似つかない可愛らしさだ。あの日の彼は本当に、ただ緊張していただけなのだろう。


 ――橙雅と翠斗に休憩スペースを託し、つむぎは再び白雪と共に、厨房までのルートを走り抜けていく。途中にある件の倉庫前で白雪と離れ(ヒキで見てもかなりの迫力がある脚立を、特別寮生たちと亘矢がワイワイ言いながら飾り付けているようだった)、つむぎは単身、厨房へ飛び込んだ。


「何度も申し訳ありません。和菓子の補充に参りました」

「おぉ、飯母田様。お疲れさまです。和菓子、もう残り少ないようでしたので、保冷剤を入れたクーラーボックスへ詰めておきましたよ」

「助かります!!」


 築くべきは、学園関係者とのコネクション――その信条に基づき、定期的にあちこちへ差し入れている菓子折りの効果は、こういうときに発揮する。厨房や購買部への差し入れは、いずれ行事を巻き込んで販促活動できる機会に恵まれた際、学園の〝食〟を担う彼らから下手な敵視をされないよう、あわよくば味方になってもらえるようにと、特別気合いを入れて続けていた。その結果、昼休憩も終わって手が空いた厨房の職員たちが自発的に手を貸してくれたわけだから、商売においていかに先行投資が大切か分かろうというものだ。

 冷蔵庫からクーラーボックスへ和菓子を移し替える時間を大幅に短縮できたつむぎは、改めて職員たちへ礼を述べ、空のボックスと中身の入ったボックスを交換してすぐ、厨房を後にした。クーラーボックスは重く、行きのような軽やかな足取りでは走れないけれど、それでも極力急いで来た道を戻る。


「――亘矢、白雪さん!」


 再び倉庫前へ差し掛かり、つむぎは一旦道を外れ、作業をしている友人たちの元へ足早に近づいた。

 名を呼ばれた二人が振り返り、揃って目を丸くする。


「つむ!」

「つむぎさん、どうされました?」

「差し入れだ。この辺りは日陰だが、木が生い茂っているせいか湿度は高い。熱中症予防に、塩と水分は摂取しておくべきだろうと思ってな」


 クーラーボックスに入っているのは塩餡スイーツだけだが、つむぎが休憩スペースへ戻れば、橙雅と翠斗が動ける。追って水分も届けられるだろう。


「わざわざありがとうございます。わたくしたちにそこまでのお気遣いを……」

「友人を案じるのは気遣いでも何でもないよ。――大天くん! 君たちも良ければ選んでいってくれ」

「おー、助かる!」


 つむぎの声掛けで、脚立を順調に飾り立てていた特別寮の面々――晴緋、黄清、聖蒼、紫貴が集まってくる。全員、午前の休憩スペースで一度は見たし、塩餡スイーツも食べていたから、説明はなくとも〝差し入れ〟の意図は伝わったらしい。それぞれが笑顔でお礼を言ってくる。


「ありがとうございます、飯母田先輩」

「巻き込まれて災難だったな、飯母田」

「どういたしまして、福禄くん。災難と言うならば、私よりも白雪さんでしょう、布袋先輩。以前の女子寮での事件もそうでしたが、白雪さんを狙う何者かは、手段を選ばない過激な思考の持ち主のようです。そのような者から理不尽な悪意を向けられている白雪さんこそ、災難と言うほかありませんよ」

「それは間違いないな。特別寮でなら俺たちも守ってやれるけど、ずっと白雪を閉じ込めとくわけにもいかねぇし」

「嫌だわ紫貴。わたくしが守られるだけの〝姫〟に甘んじて、寮に閉じ籠るような人間に見える?」

「閉じ籠るとか無理だろな。お前なら、自分の身に降りかかった火の粉は、自分の手で堂々と払いに出向くだろうよ」

「ふふっ。ご理解頂けて何よりよ」


 楽しそうな白雪と紫貴のやりとりを聞きながら、特別寮生の中でも一際目立つ眉目秀麗な少年、恵比黄清がふわりと笑った。


「お気遣いに感謝します、飯母田先輩。この〝塩餡スイーツ〟もですが、飯母田製菓さんのお菓子はどれもクオリティが高く、家の者も喜んでいますよ」

「――こちらこそ。まさか、茶道の大家でいらっしゃる恵比家に、当家の和菓子を納品する日が来るとは思いませんでした。それも、父と直弟子たちの作品だけでなく、量販品として一般流通している菓子類までお求め頂けるとは」


 以前、白雪を特別寮へ送った際に挨拶を交わした黄清は、この国を代表する茶道の名家の一つ、恵比家の跡取りだ。彼からつむぎの父、耕平が作る創作和菓子を茶会で使いたいと要請されたつむぎは、その日のうちに会社の営業部と法務部へ連絡し、なるべく前向きに話を進めてほしいと頼んでおいた。恵比家注文の品となれば、耕平が採算度外視で突っ走っても、赤字にはならない。

 その日の茶会は、黄清の腕前もさることながら、見たことのない創作和菓子の数々に参加者は感嘆したという。それ以降、恵比家から飯母田製菓への注文が増え、最近では店頭販売しているような安価な菓子も、恵比家の名で購入されていると報告が上がっていた。

 恵比家ほどの家を販路として開拓できたのは、宝来学園へ進学したからこそだ。慣れない金持ち学園での学校生活の苦労に対し、充分なリターンを得られたことは喜ばしいけれど、身の丈に合わない〝取引相手〟に僅かな警戒心があるのも確か。表面上は笑顔を崩さず、つむぎは黄清との距離を慎重に吟味しつつ発言した。

 そんなつむぎに黄清は、気後れするほど美しい緑眼を優しく細めて微笑む。


「いえいえ。当主である父や幹部クラスが主催する茶会であれば、確かに一般で買えるお菓子を提供することはありませんけれど、恵比が開く茶会はそのように格式張ったものばかりではありませんからね。それこそ、小学生相手に〝はじめてのお茶会体験〟といった催しも頻繁に開きますので」

「しかし、元からご贔屓にしてらしたお店もあったのでは?」

「もちろん、彼らの面子も崩さぬよう、配慮はしていますよ。……ですが、僕としてはいずれ、恵比のお菓子の全てを飯母田さんへお願いできればと考えています。贔屓といえば聞こえは良くとも、結局のところは古くからの腐れ縁であり、スッパリ断ち切った方が双方の為になるような〝悪縁〟もありますので」

「……そういったお話は、またしかるべき場で伺いましょう」


 口調も声も優しげなのに、視線も柔和なままなのに、どこかゾッとする冷たさを黄清に感じる。その冷たさはつむぎや飯母田に向けられたものではないけれど、彼はやはり、見たままの物腰穏やかな貴公子というわけではなさそうだ。見た目だけならそれこそ、マンガやアニメに出てきそうな王子様なのだけれど。


(……宝来会長もそうだが、王子っぽい人が腹に一物抱えているというのはセオリーなのか?)


 ――と、そんなくだらないことを考えたところで、黄清の頭を亘矢が指で軽く小突いた。


「今すぐじゃない話を振ってつむを困らせんな、黄清。どっちにしろ、現段階じゃ恵比家は飯母田の広告塔として〝強すぎる〟。お前の実権掌握にかかる時間も考えりゃ、どのみち話を本格的に動かすのはお前の大卒後くらいだろ」

「えー、やだな亘矢。この俺が、あんな家を手に入れるのに、ここから六年以上もかかるって本気で思ってるの?」

「……お前な。言いたいことは分かるが、その被ってる〝ガワ〟はあくまで十五歳の子どもだってこと忘れんなよ」

「ちぇっ。紫貴とおんなじこと言わないでよね」


 ……なんだろう。なんだか会話が、全体的にとても不穏だ。


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