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体育祭〈ルート共通イベント?〉⑧


 何にせよ、特別寮に壊れた大脚立と同じものがあるというのは朗報だ。

 パンと手を打ち、つむぎは意識して明るい声を上げる。


「――話は分かった。特別寮に大脚立があるのなら、こっそり借りられないか?」

「沙門先輩が好きに使っているくらいですから、おそらく可能とは思いますが……運ぶのにも人手が要りますし、ちょっと聞いて……あ、そういえばスマホ手放してましたね」

「沙門の番号なら分かるが、アイツ確か騎馬戦の出場者だったろ? 今は出られねぇぞ?」

「ですので、ひとまず晴緋……大天先輩にかけようかなと」

「晴緋か」


 亘矢がスマホ――しかも驚いたことにプライベート用――を取り出し、通話操作する。コールが鳴った状態でスピーカーモードにしてすぐ、電話向こうから応答があった。


『亘矢? どうした、何かあったか?』

「晴緋、今大丈夫?」

『白雪? 何で亘矢のスマホから白雪がかけてんだ?』

「別に貸してるわけじゃねぇぞ。ちょっと緊急事態でな、急ぎで特別寮生と連絡取る必要が出てきたんだが、姫川白雪の手元にスマホがなかったもんで、俺が代わりにかけたんだ」

『お前ら二人が手を組むとか……マジで何があったよ?』


 電話向こうから、喧騒が急速に遠ざかっていく。通話の内容からのっぴきならない事態を察し、晴緋が自主的に静かな場所へ移動してくれているようだ。


「済まないな、大天くん。手間を取らせて」

『――っ、飯母田? 飯母田もいたのか?』

「あぁ。話すと長くなるんだが……」


 事は急を要する。つむぎは簡潔に、白雪監禁事件のあらましと、彼女が閉じ込められていた倉庫に〝組み立て演舞〟で使用する大脚立が破壊された状態で隠されていたこと、このままでは白雪が脚立破壊の犯人にされかねないことを伝え。


「大脚立と同じくらいの大きさの脚立が特別寮にもあると、白雪さんから聞いたのだが。それを密かに借りる事は可能か?」

『デカい脚立は、ある。出入り自由の場所に置いてあるから、特別寮生なら持ち出しても問題ないだろうけど……そういうことかよ』

「そういうこと、とは?」

『さっきすれ違った一年が、休憩所のお菓子が無くなってて係の人もいないから、補充しに行ってくれてるんだね、的なこと話してて。飯母田ならお菓子が無くなる前に補充し終えるだろうに、珍しいこともあるもんだと思ってたんだよ』


 商品補充の途中で閉じ込められてた白雪を見つけてくれたんだなー、と話す晴緋に言葉以上の意味は無いだろうけれど、それを聞いて慌てたのが白雪だ。一気に顔色を悪くし、こちらを見てくる。


「もしかしなくても、わたくし、つむぎさんの商品補充の邪魔をしてしまいましたの……? なんてことでしょう。一生どころか、前世も含めて全生涯の不覚……っ」

「いや、そこまで重く取ってもらわなくても。金銭が発生する正式な商品売買の場ならまだしも、今日のこれはあくまでも単なるケータリングだ。無いなら無いで、別に問題もないものだからな」

「そうは言っても、あれだけ評判になっててポップもデカデカ出てるのに、肝心の現物がないとなると、期待値が上がった分の反動で飯母田の評判が相対的に落ちるかもしれねぇ。つむはひとまず、和菓子の補充に回った方が良い」

「しかし、大脚立の件は……」


 何となく離れがたくて逡巡するつむぎの背を押す声が、スマホの向こうから聞こえてくる。


『今、特別寮生のグループレーンに事情を流して、動ける奴らで脚立を運ぶ段取りは組んだ。聖蒼には、騎馬戦後の橙雅と紫貴を捕まえて休憩スペースに和菓子がない件のフォローを頼むように伝えてる。深藍は出番が近いからすぐには動けないけど、他の奴らは手が空いてるみたいだから、こっちは任せて飯母田は自分の仕事をしてくれ』

「わ、分かった。ありがとう、大天くん」

『良いってことよ』

「姫川も手伝え。不覚を取った自覚があんなら、行動で挽回しろ」

「……言われるまでもありません。お手伝いさせてくださいませ、つむぎさん」

「もちろん。よろしく頼むよ、白雪さん」


 ――そこからは大忙しで、白雪と二人、運べるだけの和菓子を休憩スペースへ運び入れ(騎馬戦終わりで気が立ち気味の男子生徒たちを、特別寮の橙雅と紫貴が言葉巧みに宥めてくれていたお陰で、目立った騒ぎにはなっていなかった)。

 白雪にも手伝ってもらいながら和菓子を並べ、次から次へとやって来る〝客〟を捌いて。


「つむぎさん。持ってきた和菓子、もう残り少ないです!」

「喜ばしいことではあるが……!」

「――どうした、白雪、飯母田?」

「橙雅!」


 目が回るような忙しなさの中、声をかけてきたのは特別寮の沙門橙雅、その人であった。


「橙雅、〝あちら〟へは行かないの?」

「俺の美的センスの無さは、白雪も知ってるだろ? 〝あれ〟が使えることは分かったから、後は飾り付けだけだ。ああなったら俺の出る幕はねぇよ」

「……となると、私も役には立たないな」


 客を捌いている間に、特別寮の脚立が使えるかどうかの審議は終わり、飾り付けのフェーズへ移行したらしい。〝組み立て演舞〟の目玉として、美麗で華やかな装飾が求められる作業場に、クリスマスツリーの飾り付けすら「……お母さんがやるわね」とやんわり遠ざけられるつむぎが出張ったところで、足手纏いにしかならない。ここは〝できる人〟に任せるべきだろう。


「白雪さんも行った方が良い。ここまで来たら後は時間との勝負だ。使える手は一人でも多くあるべきだろう」

「しかし、それではつむぎさんが……今だって、商品の補充もままなりませんのに」

「――なら、ここは俺たちが引き受けるよ」


 橙雅の後ろからひょっこり顔を出したのは、確か特別寮一年生の――。


「翠斗。あなたもこちらへ来たの?」

「橙雅ほど美的センスが死んでるわけじゃないけど、俺もああいう作業は戦力外だからね。なら、俺と白雪交代の方が諸々捗るんじゃないか、って話になって」


 科学分野の功績を買われて特別寮入りしたという、寿翠斗であった。

 小柄で華奢な体つきと、少女めいた可愛らしい顔立ちも相俟って、どこか倒錯的な雰囲気を纏う少年である。入寮式のときはメガネをかけており、緊張からか口調も固くなっていたから、そこまで性別迷子な感じはしなかったのだけれど。


「何気に深藍の手がないの厳しいよな」

「それね。深藍も競技終わったら駆けつけるって言ってるけど、交代で黄清と亘矢が出るじゃん?」

「競技って、あと、何が残ってた?」

「借り物競走の後、男女混合二人三脚、男子の棒倒し、女子の大縄跳びと続いて、ラストの四百メートルリレーだよ」

「深藍が借り物競走、黄清と亘矢が棒倒しだったか」

「あ。わたくし、大縄跳びに出るわ」

「そうだったっけ。じゃあやっぱり、全員揃っての作業は無理そうだね」

「翠斗はもう出場競技ないの?」

「俺は玉入れだけ~」

「学術系特別寮生の特権、フル稼働しやがって」

「俺の運動神経壊滅的なの知ってるでしょ。下手に出張らない方がチームのためって判断しただけだよ」


 白雪の雑談で聞いていた通り、どうやら今期の特別寮生たちは、本当に仲が良いようだ。橙雅は三年生、白雪と翠斗は一年生のはずだが、お互いに敬語も敬称もなく、フランクに言葉を交わしている。その空気感は、友人同士というより〝家族〟に近いと、見ていて何となく感じた。

 しかも三人は、言葉を交わしながらも和菓子を並べる手を止めない。白雪がクーラーボックスから和菓子を出し、橙雅と翠斗が受け取っては丁寧に並べていく。ベテラン販売員顔負けの手際を見せる特別寮生たちに、つむぎの出る幕は完全に奪われた。

 和菓子を取りに来る生徒たちも、既に今日一日で〝塩餡和スイーツ〟の概要は理解しているらしく、説明を求めて来る気配もない。これなら、白雪が抜けて、つむぎが商品の補充に走っても、問題はなさそうである。


「お言葉に甘えて、私は和菓子の補充に回ることにします。白雪さん、君は〝あちら〟の方へ行くのだろう?」

「そう、ですね。橙雅と翠斗が居てくれるなら、安心ですし」

「なら、途中まで一緒に行こう。――場所はどちらです?」

「変わらず、(くだん)の倉庫前ですよ。……あの、飯母田先輩」

「はい?」

「白雪と同じように、俺のことも普通の後輩として扱ってもらって大丈夫ですよ。先輩に敬語使われると、却って落ち着きませんし」


 穏やかに申し出てくる翠斗は、完全に特別寮と学園高等部に馴染んだのだろう。入寮式のときのぎこちなさは、もう一切ない。


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