体育祭〈ルート共通イベント?〉⑥
倉庫内で白雪が触ったものを確認した意図も、白雪が解放された後の倉庫内を調べようとしている理由も不明ではあるけれど、こういうときの亘矢は確信を持てないから明言しないだけで、何かとてつもない爆弾を抱えているケースが非常に多い。長い付き合いで重々理解しているつむぎは、まずは亘矢に確信してもらうのが先決だろうと、問い返すことはせず頷いた。
「分かった、一緒に行こう」
「で、でしたらわたくしも!」
「いや、姫川はここに居ろ」
「何故です?」
「白雪さん、私からも頼む。全員で倉庫に入って、また外から扉を閉じられたら、今度こそ詰みだ。解放されたばかりの君に頼みごとをするのも心苦しいが、私たちが倉庫内を調べている間、怪しい者が近づかないように見張っていてくれないか?」
もちろんこれは建前で、どうやら白雪を中へ入れたくないらしい亘矢の意向と、閉じ込められていた場所にわざわざ戻ることもないだろうというつむぎの気遣いを、白雪に受け入れやすく装飾した提言だ。どこまで通じたのかは不明だけれど、一応はつむぎの顔を立ててくれたのか、白雪は不承不承ながら頷いた。
「つむぎさんがそう仰るなら……」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
「――行くぞ、つむ」
「あぁ」
白雪が不安がらないよう笑顔を向けてから、つむぎは体育倉庫へ乗り込んだ亘矢の後へ続く。
奥までズンズン進んだ亘矢は、件のボール籠をチラリと見て、そのまま右へ直角に曲がった。入り口の白雪から死角になった立ち位置で、つむぎは亘矢の服の裾を引く。
「コウ。……どうしたんだ」
「悪いな、つむ。心配かけて」
「悪いと思うなら、説明くらいしてくれ。監禁事件の手掛かり探しか、風紀が対処したトラブル絡みで調べるべきものがあるのか、言ってくれなきゃ分からない」
「……俺にも分からねぇんだよ」
立ち止まった亘矢が取り出したのは、ごく親しい人の連絡先だけが入っている、亘矢の個人スマートフォン。見せてきたのは、とある受信メールのようだが……。
「――っ、このアドレス……!」
「……あぁ。『mirror-of-truth』――〝姫川白雪退寮未遂事件〟で助言を送ってきた、謎の人物からのメールだ」
「……なんだ、これ。『体育祭中、もしも姫川白雪が監禁されるようなことがあったら、監禁場所に体育祭で使う重要用具が破壊された状態で隠されている可能性が高い。調べ、取り返しがつくうちの対処を推奨する』って!」
「言ったろ? 俺にも分からねぇって。けど、少なくとも『mirror-of-truth』には実績がある」
「……あぁ」
白雪の退寮は、『mirror-of-truth』からの助言があったから、事前に動いて阻止することができた。もしもあのとき、いつも通りつむぎが早い時間に入浴し、白雪が本当に大浴場の最後の使用者だったら、白雪の無実をあれほど確かな形で証明できたかは大いに怪しい。無実が証明できないままでも、規定に沿わない退寮処分に物申すことはできただろうけれど、彼女の立場まで守ることは難しかっただろうし、特別寮へ引っ越すこともなく、白雪の身に新たな危険が迫った可能性もある。
(……実際、特別寮に引っ越してさえ、こうして監禁されたわけだしな)
諸々の状況から考えるに、少なくとも『mirror-of-truth』は白雪の味方ではある(つむぎ及び亘矢の味方かどうかはともかく)と信じて良さそうだ。その相手から送られてきた新たな〝助言〟を無視することは、確かに得策ではない。
「状況は理解した。手分けして探すか?」
「いや。一旦は二人で見て回って、異変が見つからなかったら手分けしようぜ。用具破損なんて、一人で見つけようものなら、最悪発見者が犯人にされかねねぇだろ」
「私もコウも、さすがに犯人扱いされないだけの信頼は得ていると思いたいが……」
「あくまで念のため、な?」
「……分かった」
いつになく警戒心の強い亘矢に頷き、彼の後について倉庫を見て回る。壁際を歩きながら、並んでいる棚の隙間を見ていく形で、まずは倉庫の右側を調べて。
「つむぎさん。何かありましたか?」
「いや、今のところは何も。白雪さんの方に異常はなかったか?」
「はい、誰の姿も見ていません」
「もし不審人物を見かけたら、大声を出して知らせるんだぞ?」
「心得ておりますわ」
左側へ行く前に通った入り口扉前で白雪と言葉を交わし、今度は奥へ行かず直進した。この体育倉庫の棚は中央の通路を挟んで向かい合う形で左右に二つずつ設置されているので、壁際を歩けば必然的に、棚の隙間も見ることができるのだ。
さすがはお金持ち学園らしく、あまり使われていない体育倉庫も、綺麗に整頓されている。体育祭で使うような備品が破損している気配はなく、もしかしたら『mirror-of-truth』の杞憂に終わるかもしれないと一縷の希望を抱きながら、亘矢とともに左最奥へ向かう角を曲がった――、
その、先に。
「……なぁ、コウ。あのブルーシートに覆われた先、いかにも怪しくないか?」
「怪しい、な。整理整頓された倉庫内で、いかにも無造作に置かれてブルーシートを雑にかけてある感じが、もうマジで〝いかにも〟だろ」
曲がった瞬間、真正面の倉庫左最奥角にどどんと鎮座している、ブルーシートで覆われた天井近くまでの高さがある〝何か〟。……仮にこれが、『mirror-of-truth』の示す〝体育祭で使う重要備品〟であった場合、このサイズ感と形である程度想定がついてしまうのだが。
(……いや、〝あれ〟が壊されてるとしたら、いくら白雪さんへの悪意高めな嫌がらせだとしても、ちょっとやり過ぎじゃないか?)
同じことを亘矢も思ったらしく、そっと伺った横顔は相当に険しかった。「つむはここで待機な」と言い置いて、彼は一人ブルーシートで覆われた物体へ近づくと、無造作に、それでいて慎重に、シートを剥がしていく。
果たして、ブルーシートの覆いが外された、その中には。
「!! ッチ、マジか、最悪だろコレ……!」
「……体育祭最後の〝組み立て演舞〟で使う予定の、大脚立、だよな?」
「あぁ。特大サイズの脚立を美術班が気合い入れて装飾したやつだ。収納場所はここじゃなかったはずだが」
「装飾は、見るからに引き千切られてるが……脚立自体も、ダメそうか?」
「ダメだな。留め具が完全に折れて、ネジも飛んでる。無理やり使っても、上に乗る人間を支えられねぇよ」
「ダブルで詰んでるな……」
ラストの〝組み立て演舞〟は、昨今危険だ廃止せよと叫ばれている組体操を、見どころはそのまま、より華やかに、かつ安全に演じられるよう改良に改良を重ねた、宝来学園高等部の目玉のような演技種目だ。〝学生たちが自らの力と意思で組体操をリニューアルした〟と、何年か前にテレビの取材を受けたこともあるらしい。学園としても、生徒の力を外部にアピールできる絶好の機会として、〝組み立て演舞〟を全面バックアップしている。
そんな、学園の威信がかかっているような種目で使われる、大技補助に欠かせない大脚立が使えないとなると――。
(マズい、どころの話じゃないな。下手をすれば損害賠償騒動だ)
倉庫に閉じ込められた白雪をたまたま見つけただけでも充分な事件だが、ここに来て事態は最悪の方向へ転がり出している。大脚立は三メートルにも近い高さで、本来ならば安全のため、使用者は大工や工務員といった専門職に限られるところを、演舞用として、特別に一台だけ購入されたものと聞いた。……つまり、壊れたら最後、替えの聞かない〝重要備品〟なのだ。
(どうする――?)
このままでは、監禁事件の被害者だった白雪が、倉庫内で脚立と一緒の時間を過ごした最後の人間という理由で、破損の犯人にされてしまいかねない。というか、『mirror-of-truth』が助言を寄越してきたところからして、白雪に対して悪意を持つ何者かの真の狙いはそれだろう。いくら白雪が「脚立を壊していない」と訴えたところで、監視カメラも設置されていない体育倉庫の中で実際に何があったかなど、誰にも知りようがないことだ。即ち、白雪の無実の証明も、非常に困難なのである。




